その場に居ても状況の外側に居る時もある
ドレアがグラスと呼んだ女性を見る。
海を思わせるような蒼い長髪に、キレ長の目である美人女性。
多分、二十代後半くらい。
魅惑的な体型がよくわかる軽装に、薄手のローブを羽織っている。
その両手には戦闘中であることを示すように、刺突用の剣――レイピアと、手斧がそれぞれ握られていた。
……手斧?
ドレアと気が合いそうだな、と思わなくもない。
ただ、話の流れから察するに、そんな人物がこの海洋国・シートピアの現女王――グラス。
「状況は?」
「芳しくないな。避難を始めるのが遅かった――いや、海賊襲来に気付くのが遅れたのだ。『ドゥラーク海賊団』が、まさかこのような手を打ってくるとは思わなかった。私の非だ」
「そんな訳あるか。グラスが女王だから、この国はいい国なんだ。それに、今落ち込んでいる場合か?」
「はっ。誰が落ち込んでいると言った。非を認めただけで、それは覆せばいいだけだ。だが、戦力として数えられない者を多く抱えているため、今は数が足りない。後ろの扉の先は既に回り込まれているから出られず、前の扉はドレアがいくらかやったようだが、まだ主力が残っていて油断はできない」
ドレアに状況を伝える女王さま。
確かに、今言った通りの状況だ。
ダンスホールの先の扉は締められているが無理矢理開けようという衝撃が走っていて、騎士数人がどうにか押さえている。
入ってきた方は、通路側に居たのは俺が魔法で倒したが、ダンスホール内にそれなりの数が入っていたようで、騎士たちが苦戦しているのが見えた。
だが、女王さまの状況説明には重要な部分が抜け落ちている。
……俺の存在が抜け落ちていませんか?
あれ? 見えなかった感じ?
ドレアの存在感を前にして、俺の存在感は霞んでしまったとか?
……自分で考えておいてなんだが、否定できない。
実際、誰も俺の方に注意を向けていない。
上を見ようともしないのだ。
今、俺、完全に状況の外側に居る。
いや、違う。
きっと、アレだ……そう。この天井から吊るされている大きな灯具で見えなくなっているだけに違いない。
バッ! と灯具から顔を出せば、誰しもが……気付いていない。
誰もがドレアと女王、あるいは戦っている相手に目を向けている。
無視。良くない。
ここまでくると、少し悲しくなってきた。
そんな俺の様子に気付いたアブさんが、仲間を見るような感じで見ている。
……普段、こんな感じなんだ。
うんうん。と頷くアブさんが優しく見えた。
「おいおい! 随分と派手な登場をするじゃねぇか! ええ、ドレアよ!」
ドレアに向かってそう声をかけたのは、海賊側に居た三十代後半くらいの男性。
細見だが鍛えられているとわかる体付きで、海賊という割には色彩豊かな派手な衣服を着崩すように見に纏っている。
ただ、そんな衣服よりも目立つのは、眼帯をしているということだろう。
宝飾が施された剣を持ち、その切っ先をドレアに向ける。
「まさかお前がここに現れるとは予想外だが、これはこれで好都合だ! 女王だけだとつまらなかったからな! 何しろ、疼くんだよ……お前に斬られたこの目が……お前を殺せってなあ! ひゃははははは!」
派手な衣服の男性がドレアに襲いかかった。
ドレアは直ぐに対応して身構える。
直ぐ倒すと思ったのだが、そうはならなかった。
派手な衣服の男性は、いくら海の中でないため本領発揮できないとはいえ、海神の槍を持つドレアと互角に渡り合う。
只者ではないようだ。
それに、ドレアと互角に渡り合えるだけの腕前だけではなく、あの宝飾の剣も相当な業物のようである。
でなければ、海神の槍とまともに打ち合えるはずがない。
まあ、海の中であれば別だろうが。
「ちっ。相変わらず面倒なヤツだな!」
「ひゃははははは! 殺す! 殺す! ドレア! お前も同じ目に遭わせてやる! まずはその目からだ!」
とりあえず、危ない人なのは間違いない。
それも近寄っちゃいけない類の。
ドレアに任せようと思う。
そんなドレアと派手な衣服の男性の戦いは、まるで暴風のように激しく、中途半端な戦力では邪魔にしかならない。
だから海賊側も手出ししない――のだが、女王さまは違ったようだ。
ドレアの助太刀に入ろうとする。
しかし、そこにも邪魔が入った。
「おっと、いかせないよ、女王陛下」
駆け寄ろうとした女王さまの前に、二十代後半くらいの男性が割って入ってくる。
割と整っている顔立ちだが、どこかキザったらしい雰囲気を醸し出していた。
海賊だとは思うが、どこか仕立てのいい服を身に纏い、その上から手甲と脚甲を付けているので格闘を得意としていると思われる。
「邪魔だ! どけ!」
「だから、いかせないと言っているよ! 女王陛下!」
女王さまがキザっぽい男性とやり合い始める。
キザっぽい男性も相当な実力者のようで、レイピアと手斧を上手くいなして反撃も行っていた。
騎士の人数が少ないため、誰もが手一杯で援護ができない。
俺を除けば。
さて、問題はどちらから? となるが、ドレアがチラリと俺に視線を向けてきた。
ドレアだけは俺の存在を認識しているようだ。嬉しい。
それと、視線の意味は、俺が読み間違えてなければ、自分と女王さまが戦っている間に、他のところから援護をして欲しい、というモノ。
なので、お願いされた通り、まずは他のところへの援護を行うために下へと下りていく。




