……あっ
ゆっくりと降下していくと、追っている方の一団――フォーマンス王国の騎士団だと思われる一団の方から、「ゲヒヒ」「ゲハハ」「ヒャハハ」と下品としか言えないような笑い声が聞こえてきた。
正直なところ、統一された鎧姿ならまだしも、あの笑い声であの一団を盗賊ではなく騎士団だと思うのは、この国に住む者たちだけだろう。
下品な笑い声に辟易しつつ、追われている方に向けてゆっくりと近付いていくと、馬車二台の内、後方の馬車の御者台に座る斥候職だと思われる男性と、並走している馬に乗っている戦士職だと思われる男性が、声を飛ばし合っていた。
「くそっ! まだ追ってくるとか、本当にしつこい!」
「それだけ向こうも本気ってことだ! 対象が対象だけに、絶対逃がす訳にはいかないってことだろ!」
「それはそうだが、だからって人を寄越し過ぎだろ! せめて同数程度であれば、まだどうにかなるんだがな」
「『スキル至上主義』の影響で、確かに強くなっているからな。その分、最低最悪なのが増えてもいるが」
そこに後方のフォーマンス王国の騎士団だと思われる一団から矢と魔法の雨が降り注ぐ。
「速度を上げろ!」
馬に乗る戦士職だと思われる男性がそう叫びつつ、迫る矢の群れを背負っていた盾を手に取って、馬にも当たらないように上手く手綱で誘導しつつ払い落とす。
馬車の方には矢ではなく魔法も迫っていたのだが、速度を上げたことで魔法は当たらずに地面に着弾し、矢は馬車本体に数本当たるが少し刺さった程度で問題はない。
すると、馬車後方の扉が開き、そこからフォーマンス王国の騎士団だと思われる一団に向けて、矢と魔法が次々と発射される。
牽制にはなっているようだが、ダメージらしいダメージは与えられていない。
「矢の在庫はまだあるか! 魔力は!」
御者台の斥候職だと思われる男性が、馬車内部に向けてそう声をかける。
「辺境都市までもつかどうかはギリね!」
「魔法も、あと数発撃てればいい方よ!」
「くそっ! 馬ももう限界近いってのに」
状況的に追われている方は追い詰められているようだ。
しかし、先入観はよくない。
何も確定していないし、追われている方が、実は悪い方なのかもしれないのだから。
相手がフォーマンス王国の騎士団だと思われる一団が相手である以上、それはないと言い切ってもいいが。
いやいや、先ほど先入観はよくないと思ったばかりだ。
まずは確認するべきだと、追われている方に接触を試みる。
馬に乗っている戦士職だと思われる男性に飛んだまま声をかける。
「大変そうだな」
「見ればわかるだろ!」
後方に集中しているからか、戦士職だと思われる男性はこちらを見ずに答える。
「追われているのか?」
「だから、見ればわかるだろ!」
「追ってきているのは、フォーマンス王国の騎士団か?」
「だから、見ればわか――はあっ! なっ! え? 飛ん……はあ?」
イライラしながら振り返った戦士職だと思われる男性が、こちらを見て驚きの表情を浮かべる。
杖に乗って飛んでいるのは、確かに驚いても仕方ないが、見慣れるまでのことなので、害はないから気にしなくてもいいんじゃないかな。
「だ、誰だ! お前!」
「通りすがりの、凄腕魔法使い? です」
正直に言っても信じないだろうし、そもそも長々とした説明になってしまう。
ただ、自分でもそう名乗っていいのかわからなかったため、少し疑問のようになってしまったのは仕方ない。
安心させるため、もう一言付け足す。
「間違いなく、怪しい人物ではない」
「それはこっちが判断することだ!」
確かに。
でも――。
「こちらばかり見ていると危ないぞ」
「あ? ――うおおおおっ!」
後方から放たれ続けている矢が数本迫っていたので教えると、戦士職だと思われる男性が慌てながら防ぐ。
ただ、その矢のいくつかは俺の方にも放たれていたので、一度距離を取るように離れる。
どうやら、俺も狙いに入ったようで、こちらに向けて矢と魔法が次々と放たれ始めた。
後方のフォーマンス王国の騎士団の一団を見ると、俺が杖で飛んでいるとかを気にした様子がないというか、新たな獲物が現れたことを喜んでいるようにしか見えない。
……あの感じだと。
確認するため、矢と魔法を避けつつ、再び戦士職だと思われる男性に近付く。
「あれは、『ゴブリン』か?」
「……その隠語を知っていて、嫌そうに口にするってことは、少なくとも敵ではねえか。まっ、敵なら既に手を出しているだろうしな。ああ、その通りだ」
戦士職だと思われる男性が、俺と同じく嫌そうに口にする。
どうやら、やはり「ゴブリン」で間違いないようだ。
この隠語は、フォーマンス王国の住民が、騎士団にある三つの特殊部隊に付けられたモノの一つ。
殺しを好む「ウルフ」。
暴力を好む「オーガ」。
狩りを好む「ゴブリン」。
スキル優先の性格度外視でそれぞれ集めら、それこそ好き勝手振る舞っている最低最悪の部隊だ。
その内の一つとはな……と思い出している間も矢や魔法が飛んできて……いい加減鬱陶しい。
「今話している最中だから、少し大人しくしてろ! 『赤燃 道先を遮り 留め囲いて 此処に縫い付け閉ざす 炎檻』」
……あっ。
放ってから思う。
今の俺は魔法の操作が甘く、今回は感情のままに魔力を過剰にガンガン注ぎ込んでしまった。
――結果。
俺の想像だと、横一直線に炎の檻が出現して行く手を遮る予定だったのだが、豊富な魔力によって炎の密度が高まって炎と炎の隙間がなくなり、檻というよりは壁のようになってしまった。
というのはこちらから見た光景で、奥がどうなっているのかは……考えないことにした。
さすが、火属性魔法を極めたというヒストさんの魔力と記憶である。
良しとしよう。




