夢じゃなかったこともある?
「……これ、生きているのか?」
「死んではいない。上手く流れ落ちたからの」
「でも、目を覚まさないわよ?」
「そうね。そろそろ起きてもおかしくないと思うんだけど」
「自分が死んだと思い込んで、意識が目覚めないという可能性は?」
「夢でも見ているってこと?」
「自らの生を認識していない状態ってことの方じゃないか?」
……。
「しかし、どうする? さすがにこのままという訳にはいかないだろ?」
「そうね。食事もしないと衰弱していく一方だし」
「時でもとめるか?」
「それだと起きようとしても起きれないでしょ」
「むう」
……なんだろう。
夢なのに聞き慣れない声が聞こえているような気がする。
「ならば、お主が何か案を出してくれんか。案を拒否したのだから、別の案があるのだろう?」
「ええ? う~ん……要は、生きていることを認識していなくて、夢の中に居るってことでしょ……つまり、内に籠っている……内的要因だから、外的要因で起こせばいいんじゃないかな」
「外的要因? たとえば?」
「う~ん……頬をつねる、とか?」
「ぶはっ! なんだその生易しいのは! そんな可愛らしい方法を取るヤツじゃないだろ!」
「……は? 砕いて殺すよ?」
「こらこら。ケンカしない」
「だってこいつが!」
「そうね。今のはあいつが悪い。でも、よく考えてみて。あいつが、これまでそういう優しい起こし方をされたことがあると思う? ないわよ、きっと。だから、羨ましかったのよ」
「何を!」
「はいはい。やめとけ。口喧嘩で勝てる相手じゃない」
「くそお……あるからな! 俺だって優しく起こされたことくらい!」
『それは嘘』
「なんで信じねえんだよ!」
……聞き慣れない声は一人じゃない。
複数人……七人くらいの男女のようだ。
俺の記憶にない声……どういうことだろう。
「それより、私の案を否定したんだから」
「わかってるよ。代案だろ。……普通に殴って起こせばいいじゃねえか」
……何故だろう。
夢なのに、身の危険を覚える。
「殴ってどうする、殴って」
「だよな……う~ん。あっ、そうだ!」
「その様子……ロクな提案じゃない気がする」
「よくあるだろ、こういうの! 物語の中で!」
「もう駄目な予感しかしない」
「キスだよ、キス! 目覚めのキスだ!」
「……馬鹿だ」
「……馬鹿ね」
「……馬鹿よ」
「あれ? 女性陣から呆れた雰囲気が……」
「いや、あのな……よく考えればわかるだろ。そもそもあれは物語であって現実ではない。効果の証明もされていないモノを行ってどうする」
「それに、大前提として誰が行うんだ、それ」
「そこは提案者だろうよ」
「提案者ね」
「提案者しかいない」
「提案した責任を取ってもらわないと」
「提案者だな」
「提案した訳だしね」
……どうしてだろう。
先ほどよりも、より危険な感じがする。
身の危険というよりは、何か大事なモノを失ってしまうような……そんな気が……夢なのに……。
「はあ? 馬鹿野郎! なんで俺なんだよ! 相手は男だぞ!」
「別にいいじゃない。男同士でも。喜ぶ人は居るわよ」
「誰が喜ぶ。誰が」
その通りだ。
……なんで夢に返事しているんだろう。
「……いや、やめろ! 催促するな! やらないからな! 俺は絶対やらないからな!」
「まあまあ、許してあげてよ。悪気がないことは、みんなわかっているでしょ。それに、やっぱりキスで目覚めるのなら、相手は異性の方がいいと思うね。もちろん、これは俺の意見であって、別に同性を否定する訳じゃないよ」
「気を遣った発言はいいから。でもまあ、頬にぐらいだったら、私がやってあげてもいいわよ。挨拶みたいなモノだし」
なんか声から、エロい感じのお姉さんの雰囲気が感じられた。
……胸の鼓動が速くなった気がする。
「おや? もしかしてタイプとか?」
「いえ、まったく。私はもっとガチムチの方がタイプよ」
急速に胸の鼓動が落ち着いていくのを感じる。
いや、でも、これまでの人生の中でこんな出来事は一切なかったから、神さまから最後のご褒美として……と、待った。
これ……もしかしてだけど……夢、じゃない?
……現実? 生きている?
いや、それ以前に、こうして思考しているってことは――。
「それじゃ、さっさと済ませちゃいましょうか」
誰かが近付く気配がして、胸の鼓動がまた速まる。
どういう状況かはわからないが、重大な場面だということはわかる。
夢か現実かなんてどうでもいい。
今一番重要なのは、初めての相手がどんな人なのか知りたいということだ。
こっそりと目を開けて確認する。
白い表面に、目の部分は大きく黒く、鼻の形はわからないが、歯並びは綺麗だということはわかった。
……うん。というか、骸骨だった。
「あら? 意識を取り戻したみたいよ。大きく目を見開いて私を見ているわ」
どこに目があるのかわからないが、見えているようである。
起きたとバレるのは不味いかもしれない。
「……すやぁ」
目を閉じて頭を傾け、寝る真似を取る。
「いや、言葉にしちゃ駄目だろ」
誰かから突っ込まれた気がするが、答えてはいけない。
「……これはどちらかしら? 寝た真似をして逃れようとしただけなのか、それとも、キスして欲しいという催促を遠回しに伝えているのか」
「起きます」
立ち上がって周囲を見たことで気付く。
骸骨なのは一人だけではなかった……というか、俺以外、骸骨しかいないということを。