勘だけで当ててくるのは気が抜けない
アブさんがこちらに来るのが見える。
半透明なので、きちんと姿は隠しているようだ。
しかし、位置が悪かったのか、それともタイミングが悪かったのか――丁度船が向かっている方向から来ていて。
「ふんっ!」
船首で速度と水飛沫を肌で感じて楽しんでいたドレアが、突然海神の槍を投擲。
アブさんが咄嗟に回避して、海神の槍は海に落ちてからドレアの手元に戻る。
叫ばないようにアブさんは手で口元を押さえていた。
心臓があればバクバクいっていそうだ。
ドレアの突然の行動に、船員の一人が声をかける。
「突然どうしたんですか? ドレア船長。何か居ましたか?」
「いや、なんか邪な気配を感じたような……いや、手応えは何もなかったし、気のせいだな、きっと」
本能で嗅ぎ取ったのか、あるいは先ほど寄った島では戦闘行為になったため、その昂りがまだ残っていて、感覚が鋭敏になっていたのかもしれない。
ああいう、特に理由もなく察するのは怖い。
それはアブさんも同様なのか、「某は空気」と言わんばかりにその場から動かなくなり、船が通過してから追ってきた。
――俺を盾にするようにして。
「いや、アブさん」
「気持ちはわかるだろ」
否定は――いや、肯定しかない。
とりあえず、船後方から風を送り出しているという状況は良かった。
周囲に誰も居ないし、風の音で大声でもなければ声は届かないだろうから、気にせず会話ができる。
「それで、アブさん。どうだった?」
俺がアブさんに頼んだのは、国軍と「ドゥラーク海賊団」の戦いの様子だ。
具体的には、国軍が勝っているのなら良し。負けそうなら手助けに行った方がいいかもしれないと思ったのである。
まあ、大丈夫だと思うが、念のため、というヤツだ。
「今のところ問題はなかった。善戦していたし、これから援軍が来るのであれば、そのまま押し切って圧勝という形で終わるだろう」
「そうか。それなら別に……圧勝、なのか?」
「うむ。某が見た限りでは間違いなくそうなるだろう」
……何か引っかかる気がした。
いや、国軍がそれだけ強いと言ってしまえば、それで終わりの話なのだが……変な気がする。
う~む………………仮にも……そう。仮にも相手は近海最大勢力なのに、圧勝できてしまう、というのが引っかかるようだ。
そもそも、圧勝できるのであれば、もっと早くに片を付けるのが普通ではないだろうか?
いつでも討伐できるからこれまで放置していた……ということもないだろうし。
相手は正真正銘の海賊なのだ。
野放しはそのまま国にとって不利益なだけのはず。
まあ、国軍からすれば、援軍も含めて相当な数が動員されているし、それだけ纏まった数を一度に動かすのは難しい、時間がかかるから厳しい、ということもあるだろうが……やっぱり、気分は晴れない。
納得できないというか……。
「アブさん。アブさんから見て、海賊団側に変なことはなかった?」
「変なことか? ある」
「そうだよな。普通ない。そこらに転がっているような……あるのか!」
「ああ、ある」
そういうのは先に言っておいて欲しい――と思いつつ、先を促す。
「それで、それはどういうことなんだ?」
「うむ。当初、某が着いた時には既に海戦が始まっていたのだが、海賊団の方が妙に混乱していたのだ」
……混乱?
「国軍の数が予想以上に多かった? あるいは想定していたよりも早く多くやられたとかか?」
「某も最初はそう思ったのだが、そういう雰囲気ではなさそうだったので、そのまま海賊団の方に近寄って調べてみた」
それはまた随分と危険なことを。
アブさんの姿が見えなくとも、そこに居るのは確かなのだ。
しかも戦場となると、狙った訳でもない攻撃が届くことだってある。
まあ、ここにこうして居るし、大丈夫だったのは間違いないが。
……そもそも中途半端な攻撃でアブさんはやられないだろうけど。
「調べてわかったのか?」
「うむ。わかった。指揮を執る者が居なかったのだ」
「……は? 何それ。上の方――船長が居なかったってこと?」
「いや、居たぞ、船長は。どの船にも」
意味がわからないのだが。
謎過ぎて、思わず首を傾げる。
「アルムよ。敵となる海賊団は最大勢力なのだろう?」
「ああ、近海な。そう聞いているし、そうはずだ」
「確かに、船は数多くあった。どの船にも船長が乗っている。ただし、最大勢力であるならば、当然その船長を束ねる存在が居るはずだ」
……なるほど。
部隊ごとに隊長は居るが、その隊長たちを束ねる大隊長、あるいは将軍といった存在が居なかったってことか。
「言いたいことは分かった。でもそれは戦場に出るのが怖くて後方に引っ込んでいる可能性があるな」
「そう思うだろう? しかし、そうではない」
え? 違うの?
少し胸を張っていってしまったんだけど、引っ込めた方が良さそうだ。
「某もそう考えて海賊団側の後方にある島をいくつか調べ、拠点らしき場所を見つけたのだが……誰も居なかった」
「居ない? 臆して逃げたのか?」
「いや、違うと思う。可能性でしかないが、妙に内部が綺麗だったのだ。それこそ、慌てて逃げ出したような跡がないほどに」
「つまり、アブサンは意図的に居なくなった――上の連中は戦場から姿を消した、と?」
「某はそう考えている。目的はわからないが、まずは報告をしておこうと思ってな」
「そうか。ありがとう。でもまあ、これで最大勢力が潰れるのは確実だな。指揮官が居ない上に、国軍の大半が投入されている訳だし。逃げ出したか何かした連中も、いずれ………………」
いや、待てよ。
可能性としてあるか……あるな。
馬鹿なと言いたいが、最大勢力であってもまともにやり合っては国軍に勝てないのだ。
なら、一発逆転の目として――それに可能性を感じてもおかしくはない。
しかし、確証はない。
……だが、もしこれが当たっていれば……マズい。
俺は風を起こすのをやめ、ドレアの下へ。
可能性の話を伝え、確認のために俺だけ――正確にはアブさんも居るが――で向かおうとするが、ドレアも共に行くと言う。
船員たちはドレアをとめなかった。
もし俺の話が事実なら大変なことであり、そこには戦力が必要だからである。
俺が真面目な雰囲気だったからか、からかうようなことはせず、船と各島巡りはこのまま船員たちに任せることになった。
ドレアを竜杖に乗せ、直ぐに飛び立つ。
アブさんに先導されつつ向かった先――王都・ポートアンカーから黒煙が立ち昇っていた。




