何が居るかわからない
飛び上がって直ぐに気付く。
そういえば、どっちの方角から海賊船が三隻来ているのかわからない。
ぐるっと周囲を見渡して船を確認するが……パッと見は見えない。
いや、あれは……駄目だ。一隻だけだから、きっと違う。
無様を思われるかもしれないが、ここは一度戻って方向を聞いてくるべきかもしれない。
恥を掻くだけでここの港町の人たちが守れるのなら、迷うまでもないだろう。
そうしようとする前に、空まで上がったことでアブさんが俺に気付いて来る。
「どうした? アルムよ。そんな血相を変えて」
「ああ、どうやら敵の海賊は既に動いているようで、略奪のための海賊船が三隻こちらに向かっているそうだ。それを撃破して王都・ポートアンカーに戻り、警告でもして準備を速めてもらおうと思ったんだが……肝心の海賊船三隻というのがどこかから来るのか聞くのを忘れていた。だから、恥ずかしいが戻って聞いてこようかと」
一気に状況を説明してアブさんを見ると、俺の真後ろを指し示していた。
「………………」
「………………」
「えっと、アブさん。どうして俺の真後ろを指しているんだ?」
「うん? 探しているのは海賊船三隻だろ?」
「ああ、その通りだ」
「それなら丁度三隻揃っているのがあちらから来ている」
「いやいや、それがまだ海賊船とは限らないだろ? 普通に商船と護衛船が揃っているだけかもしれないし」
「いや、しかし今、海賊旗をすべて引っ込めて普通の物に変えているぞ。三隻とも」
「え? 見えているの?」
「いや、見えてはいない。ただ、感じることはできる。まあ、ダンジョンマスターだからな。すべての階層の状況を把握するよりよっぽど楽なことだ」
ダンジョンマスターってすごい。
……いや、この場合はアブさんか。
ダンジョンマスターについてはラビンさんとアブさんしか知らないから、比較対象が居ないけれど。
それでも――。
「助かった。ありがとう。それで、先ほど言っていたように行動をする」
「わかった。まずは海賊船三隻まで案内しよう。こちらだ」
アブさんの案内で海賊船三隻は直ぐに見つかった。
上空から攻めてくるとは露ほども思っていないのか、向こうは俺にまったく気付いていない。
何故それがわかるかと言えば――。
「船長! 奪うのは食料だけですかい? 女は?」
「上からの指示は食料だ。それ以外は要らん……と言いたいところだが、お前らにも頑張ってもらうからな。働きに対する労いは必要だ。だから、好きにしろ」
「ありがとうございます! さすが船長! 話しがわかっている!」
「ふっ。だが、わかっているとは思うが、そこまでの人数は無理だから、多くても十人くらいにしておけ。ただし」
「へへ。わかっていますよ。一番いいのはまず先に船長に回しますので」
「ならいい」
「ちゃんとあとで回してくださいよ」
なんて会話が俺に聞かれているとは、少しも思ってもいないようだからだ。
今も下品な笑い声を上げながら、女性を捕まえたあとにどうするのかを楽しそうに話している。
……どうやら、気兼ねなくやれそうである。
「それで、どうするのだ? アルム」
「もったいない気もするが、船を沈める。あの港町の人たちは見たくもないだろうし、鹵獲しても使いたいと思わないだろうからな」
「それはそうだな。手伝おうか?」
「いや、問題ない。別に捕らえる必要はないし、不愉快な会話が聞こえてきた分、魔力増し増しの魔法で一気に片付けるから」
手のひらを海賊船三隻に向ける。
「『赤燃 天より降り注がれ 空を焼き 大地を焦がす 火雨』」
火の雨を降らせた。
いや、魔力増し増しの分、それはもう雨ではなく豪雨で、降り注ぐのは火炎弾となっている。
意表を突いた形ではあるが、元々広範囲であるため、気付いたところで避けることはできない。
火炎弾の豪雨が降り注ぐ、それなりの数が海賊船三隻に着弾して破壊、あるいは延焼を起こす。
海賊たちは突然の事態に驚き、慌てる。
「意味がわかんねえ! いや、とりあえず消せ!」
「いや、無理ですって! 消せませんよ! 火の威力が……ひゃあ! また振ってきた! 帆があー!」
「逃げろ逃げろ! このままだと焼け死ぬぞ! 海に飛び込め!」
誰がそう言うのと同時に、海賊たちは燃えて崩れ落ち始めている海賊船から次々と海に飛び込んでいく。
もちろん、俺は逃がすつもりはない。
港町がある島までそれなりに近いため、泳いで辿り着く可能性もあるからだ。
だから、さらなる追撃を行おうとした――のだが、突如、海に飛び込んだ海賊たちを含む海賊船三隻付近の海がゆらりと暗くなる。
「アルム!」
アブさんも感じたのか、危険だと判断して即座に離れる。
瞬間――暗くなった部分から何かが飛び出したかのように巨大な水柱が上がった。
水柱の中に、まるで山のように巨大な黒い魚の影が垣間見える。
その黒い魚が、大きな口を開いていて、海賊船三隻ごと海賊たちをまるっと飲み込み、再び巨大な水柱を上げながら海に着水した。
巨大な黒い影は直ぐに海から消えていき、元の青さに戻る。
「あれ……どうにかできると思うか?」
「海の中でなければ、どうとでもできるな。まあ、海の中に居ても、多少手こずるかもしれない程度だが」
アブさん、本当にすごいな。
今の俺なら……まともな魔法ではどうにもできない。
水の中でも使える魔法がない。
水……水か……次は水属性魔法を受け継がないといけないかもしれない。
ただ、今は元々海賊たちの狙っていたのか、それとも俺の火炎弾の豪雨に招き寄せられたのかわからないが、とりあえずこれであの港町への脅威は去ったと思っていいだろう。
一時的に、だが。
その根本的な解決のため、俺はアブさんと共にこの場を去り、王都・ポートアンカーに戻る。




