自ら起こしても想定外はある
「………………」
言葉を返すことはできない。
口を開けば空気が漏れるからだ。
しかし、態度で示すことはできる。
負けるつもりはないと、中指を立てて見せた。
通じるかはわからないが、ラビンさんやカーくんから直伝された挑発方法である。
『……そこはかとなくイラつく』
どうやら効果があったようだ。
だからだろうか……ドレアの速度が上がり、振るわれる海神の槍の威力がさらに上がると、より苛烈になった。
しまった。怒らせるのはマズかった。
竜杖で防ぐことはまだできるが、それでもその威力に伴った大きな衝撃によって、俺の体が吹き飛ぶ。
ついでとばかりにぐるぐると回って、口の中に溜まった空気が漏れそう……いや、吐きそう。
『イラつかせた罰だ』
そんな声が聞こえた瞬間、背中に強打を受けて空気が少し漏れる。
ただ、強打を起こしたモノは見えない……から、多分海水を操って強打したのだろう。
それよりも空気が漏れた方がマズい。
まずは海中から出ないと――。
「『ガボ(赤燃) ボガガゴゴイ(赤く熱い輝き) ガガボボガガア(集いて力となる) ボガボガアゴゴ(基礎にして原点) ボァイガーゴーブ(火炎球)』」
残り少ない空気で魔法を発動。
海中に特大の火炎球を出現させる。
これで海水を蒸発させてなくすつもりなので、呼吸確保のために俺の近場であり、魔力をガンガン注――ん? あれ? なんか妙に膨らんで……。
――ボッ……シューン!
何やら爆発して吹き飛ばされる。
気が付けば陽光の下に晒されていた。
他に見えるのは、海面から大きな水柱のような飛沫が上がっているということだろうか。
爆発の影響で痛む体に鞭打って、決して手放さなかった竜杖に跨って空を飛ぶ。
状況から判断すれば、多分……蒸発する量が増えて勢いが増し、それが強過ぎて爆発したのかもしれない。
で、その爆発に巻き込まれて海中から放り出された、と。
状況を理解していると、ドレアが海中からゆっくりと出てくる――。
「あははははは……」
俺を指差して笑いながら。
「……何が可笑しい? これで空気の問題はなくなった」
「いや、確かにそうだが……ぶふっ。いくらなんでも、海中から脱出するために自分の近くで爆発を起こすとは……あはは! すげえ! すげえ!」
「『赤燃 天より降り注がれ 空を焼き 大地を焦がす 火雨』」
火の雨を降らす。
といっても、一つ一つが特大なので、雨というよりは大雨……豪雨……超……いや、弩雨とでも言うべき状態なのは、それだけ俺の気持ちを表し、魔力が注がれた結果だろう。
「ちょっ! お前! 笑われたからって、これはやり過ぎだぞ!」
そう言って、ドレアが海中に避難する。
火の弩雨が海面を蒸発させて白い煙がもうもうと立ち昇っていく。
……白い煙でドレアの姿が見えない。
困ったな、と思っていると、白い煙の中から水牙がいくつも飛び出して空へと伸びていく。
そのいくつかは俺、あるいはその近くを通るために回避行動を取るが、水牙はそのまま空中に残って空を蹂躙するように動く。
白い煙で、向こうからも俺が見えていないのだろう。
それは好都合。
大きく魔力を使った魔法で、一気に勝利を決めてやる。
ドレアが居る位置はなんとなくわかるというか、そう遠くに行っていないだろう。
なら、その範囲を大きく覆うだけの広範囲にすればいいだけ。
魔力を体内で練り上げ――解放。
「『緑吹 荒れ狂う暴風は あらゆるモノを引き込み 渦巻く風はすべてを蹂躙する 大嵐』」
俺の頭上で円を描くように風が吹き荒れ、暴風へと変わり、嵐を――竜巻を巻き起こす。
ただ、普通の竜巻では範囲が足りない。
ガンガン魔力を注いで、風力を上げるのと同時にその大きさも変えていく。
島一つくらいは飲み込みそうなほどの超巨大竜巻で大きくなった時、海に向けて落とす。
超巨大竜巻が海面に接するのと同時に、外に向かって巻き上げる風が海水を放出していき、そのまま下っていく。
ほどなくして、海の中に海底が露わになるぽっかりとした空間が出来上がった。
砂や岩、びちびちと跳ねる大小様々な魚に、ぽかんと口を開けているドレアが、超巨大竜巻の上から降り注ぐ陽光に照らされる。
「……これでもまだ笑えるか?」
ドレアがなんとなく苦笑いを浮かべているように見える。
状況を理解したからだ。
これでドレアの周囲から操れる海水はなくなった。
暴風の壁の外にはあるが、まず海水が入ってくることはないし、ドレア自身が暴風の壁を超えようとしても弾かれるだけだろう。
それがわかっているからこその苦笑いだ。
対して俺の魔力はまだ余裕がある。
合成魔法の使用に比べたら、そこまで大きな消費ではなかった。
それに、これで海神の槍はただの槍だ。
ただ、超巨大竜巻を維持しないと、今は暴風の壁で入ってこない海水が入ってくることになるので、維持自体はキツイ。
なので――。
「早々にケリを付ける」
魔法による物量攻撃を行う。
火炎球、火の雨、炎の槍、光線、風刃……と思いつく限りの物量できる魔法を連続で放っていく。
露わになった海底に爆発音や破壊音などの怒号が響き、黒煙が巻き起こるが暴風の壁に吸い込まれて直ぐに消える。
それをしばらくの間続け――様子見でやめると……。
「……」
海底で倒れているドレアが居た。
戦意は失っていないと海神の槍を握ったままだが、ピクリとも動かない。
……ん? あれ? もしかしてやり過ぎた?




