思ったよりも頑丈
ドレアの髪色が海のような蒼色へと変化した。
それは海神の槍の能力を使用し始めたことを証明している。
海神の槍の能力は、何も投擲して戻ってくることだけではない。
海の神の名が付いているのは、ただの拍付けの名称ではないのだ。
風のウィンヴィさんの記憶が教えてくれる海神の槍の最大の能力は、触れている海水、いや水全般を操ることができるということである。
だから、ドレアは海の上で立てているのだ。
「……私の姿が変わっても驚かないところを見ると、本当にこの槍がどういうモノかを知っているようだな。なら、これからどうなるかわかるよな? ここが海である以上、私の負けはないぞ」
「そういうのは、勝ってから言えよ」
「それもそうだ……なあ!」
ドレアが海神の槍を振るう。
その動きに呼応するように海面がうねり出し、脈動し始める。
各所で上へと伸びるように渦巻き始め、その先端が容易に突き刺せそうなほどに鋭利なモノへと変わっていき、俺に向かって飛び出す。
水槍……いや、寧ろその形状は牙に近いので、水牙とでも言えるモノが十数……間違いなく、当たったら貫かれるな、アレ。
竜杖を動かして回避行動を始める。
追って迫る水牙を避けつつ――。
「『赤燃 赤く熱い輝き 集いて力となる 基礎にして原点 火炎球』」
先ほどよりも魔力を込めて、強い火炎球を連続で放つ。
狙いはドレアと水牙。
水牙の方は火炎球に当たると同時に蒸発するが、直ぐになんでもないように戻る――あるいは別の水牙が襲いかかってくる。
ドレアの方は海水の壁をいくつも展開して、火炎球が貫いても消失するまで防いでいた。
海神の槍の能力は厄介だ――なんて思っていると、ドレアの立っている場所の海面が大きく盛り上がって俺が飛んでいる高さまで上がり、水牙と共にドレアが迫ってきた。
「直接攻撃してくるのかよ!」
「当たり前だ! 遠距離だけではつまらないだろ!」
直情的な行動だが、水牙も加わっているので攻撃密度が異常に高く、いくつもの水牙を背負うドレアが視界を埋め尽くしそうなほどだ。
だが、近付いてくれるのなら好都合。
「『赤燃 灼熱が作られ 猛火が漂い 焼き斬る一筋の光 炎熱剣』」
直接攻撃を仕掛けてくるドレアに向けて、炎の剣を突き出す。
足元の海水だけで作り出す壁では防ぎ切れないだけの魔力を注ぐ。
「甘いぞ!」
水牙がすべて折り重なって壁となる。
炎の剣がその壁を突くのと同時にその切っ先が蒸発していった。
白い煙が大量に発生して――ドレアの姿を見失う。
炎の剣も、海水の壁から先に突っ込んだ部分は消えている。
「どこに?」
と周囲を窺った瞬間、白い煙の中からドレアが飛び出してくる。
「また熱そうなことをする!」
「この程度の熱さで根を上げるような鍛え方はしていない!」
ドレアが海神の槍を振り下ろしてくる。
避けては間に合わないと判断して、炎の剣――では耐えられないだろうと、咄嗟に竜杖で受けとめた。
「はっ! ただの杖ではないと思ったが、まさかこの槍を受けとめるのかよ!」
「そうだな! 俺も驚いている!」
咄嗟のこととはいえ、斬られなくて良かった。
この槍程度問題ないと、飾りの竜がニヒルに笑っているように見える。
だが、状況はそれで終わらない。
確かに海神の槍を受けとめはしたが、それでも――押し切られる。
「おらあっ! そんまま落ちな!」
どこにそんな力が、と言いたくなるような強さで押し切られ、ドレアが海神の槍を振り抜く。
俺はその衝撃で吹き飛び、海面にぶつかる衝撃を感じると共に海中へと落ちる。
海中は……ドレアの独壇場だ。マズい。
竜杖に魔力を注いで浮上しようとするが、一定距離を進むと拘束されているかのように体が動かなくなる。
海中にドレアの姿が見え、笑みを浮かべていた。
操作した海水で拘束されたようだ。
無理矢理動こうと思えば動けるが、非常に重い。
『悪いな。元々私にとって有利な場所での戦いだからな。もう勝ちは見えた』
何故かドレアの声が聞こえてきて驚く。
『その様子だとこれは知らなかったようだな。この槍を持っていると、水中で呼吸ができるし、声も出せる。もちろん、動きも自由自在だ』
動きの方は知っているが、呼吸と声の方は知らない。と言いたくなったが、さすがに言えない。
口を開けば海水が入ってくるからだ。
『どうする? 抵抗してもいいが、負けを認めれば解放してやるぞ?』
冗談言うな――と強い視線を向ける。
『まっ、そうでなくてはな。後悔するなよ』
海中なら海水操作でどうにでも俺を料理できるだろうが、それでもドレアは直接攻撃を行ってきた。
そっちの方が性に合っているとかだろう。
海中とは思えないような速度で縦横無尽に迫るドレアに対して、こちらは重い動きの体をどうにか動かし、振るわれる海神の槍を竜杖で防いでいく。
確かに防ぐことはできるが――。
「……ぐっ」
吹き出しそうになる空気を、口と鼻を手で塞いで無理矢理我慢する。
もう海中で活動できる限界が近い。
『苦しいなら、もう終わらせてやろうか?』
俺の負けを認めるその提案が、なんとも蠱惑的聞こえた。




