勘違いしそうになる時ってある
海賊団「青緑の海」の船長――ドレアと会うため、海図に印が記された場所に向かう。
これから近海最大勢力の海賊団との戦いが起こるため、その協力を願い出るためだ。
もちろん、ハーフェーン商会も既に動いている。
行って戻る間に、準備は整っているかもしれない。
そうして、印の記された場所に向かうのだが、その案内は当然アブさんだ。
助かってます。ありがとう。
一応、アブさんから海図の見方も教わったのだが……結果をわざわざ口にすることはないだろう。
いや、もう少し習えば……きっと。
諦めないことが大事だ。
道に迷っても人生に迷っている訳ではない。
前に一歩進んでいるのは間違いないのだから。
「そろそろ着くぞ。……む? アレか?」
アブさんの声で我に返る。
視線を下へと向ければ、そこはそこそこ大きな島にある港だった。
既に港町と言っていい規模で、ここだけで自給自足……はさすがに難しいと思うが、それでも充分発展しているように見える。
ドレアと会うということで海賊の拠点だと思っていたのだが……どういうことだろうか?
ここには居ない? あるいは、ここからさらにどう向かえばいいか教えてくれる人物は居る、とかだろうか?
けれど、ここで誰かに会えばいいと教えられた訳ではないし……。
まあ、このまま眺めていても仕方ないので、島の港町へ向かうことにした。
「空から下りて来るとは面妖な! 何者だ! ここに何をしに来た!」
島側からの出入り口はなくて入れないようになっていたため、仕方なく港側から入るしかなく、港に下りた瞬間、港町の衛兵たちに取り囲まれた。
いや、衛兵たちだけではなく、港町の人たちも訝しんでいる。
……確かに怪しい。
俺が向こうの立場なら、いきなり空から現れた者を怪しんで当然だ。
商業ギルドのギルドカードを提示する。
「偽造だ!」
冒険者ギルドのギルドカードを提示する。
「偽造だ! いや、どちらにも登録しているとか、そんなのある訳がない! 改ざんしているに違いない!」
より一層疑われることになった。
まあ、普通はどちらかだよな、と自分でもどちらも提示するのは胡散臭いと思う。
ただ、それにしたって、妙にピリピリしているというか、取り囲んでいる全員が敵意の視線を向けてくる。
誰も信じられないとか、そんな感じだ。
アブさんも、ええ~……なんか悪いことした? と俺を盾にして隠れている。
いや、アブさんは俺以外に見えていないんだし、隠れる必要はないと思うのだが……気分の問題だろうか。
しかし、これは困った。
そんないきなり敵対心を見せるような、そんな閉塞的な環境には見えなかったんだが……どうしたものかと思っていると――。
「ほら、どいた、どいた。そいつは私の客だよ」
人垣を割って、ドレアが現れた。
海神の槍を肩にかけ、海賊団「青緑の海」の船員だと思われる女性たちを従えている。
ドレアは俺と対峙するように立ち、勝気な笑みを浮かべた。
「確か、アルムだったな。まさか、こんなに早くまた会えるとはな」
「そうだな。それは俺も思っていることだ」
心の中で、出て来てくれてありがとう、と思っておく。
でなければ、どうしようもなかったところだ。
だが、気になることが一つ。
「俺が来ても現れても驚かないんだな」
「こっちにも色々と伝手があるからな。だから、あんたが現れた理由もわかっている」
「それなら話が早い。協力」
「しないよ。私らは海賊なんだ。狙うなら、潰し合ったあとに好き勝手させてもらう」
まあ、わかっているのなら、そうするよな。
そこで、ドレアはニヤリと笑みを浮かべる。
「普通ならな」
「……なら、今回は普通ではないと?」
「『ドゥラーク海賊団』は邪魔だったからな。我が物顔でこの海を闊歩するのが、いい加減気に食わない。自分の海だとでも思っているんだ。ドゥラークは」
「気に食わないから、協力してくれるのか?」
「ああ。といっても、タダで協力する気はない。条件がある」
……なんだろうな。どうにも上手く丸め込まれているというか、嵌め込まれているような気がする。
まるで、こうなるように仕向けられたような……。
「私と戦え。あんたが勝てば、あんたの下に付いて言う通りに協力してやる」
「俺が負ければ?」
「もちろん、私のモノになってもらう」
決闘のようなモノか――と思ったが、「青緑の海」の船員たちの反応は違った。
「きゃー! 船長、私のモノになれって、直球過ぎますよ!」
「まさか、そんな意図があっただなんて、一目惚れってヤツですか?」
「いい歳だってのに男っ気がなさ過ぎて、このままだと嫁に貰ってくれる人が現れないと、実は皆で心配していたんですよ! でも、これで漸く船長にも春が訪れますね!」
「ちょっと手段は強引かもしれませんけど、大丈夫! 強引なのも船長の魅力の一つですよ!」
……え? そういう意味だったの、これ?
え? いや、それは……そう考えると、なんか胸がドキドキして……。
「だあああああ! んな訳ねえだろ! 決闘だ! 決闘! ただの決闘だ!」
顔を真っ赤にしたドレアが船員たちに怒鳴る。
そうだよな。やっぱりそうだよな。
俺の勘違いというか、勘違いしなくて良かった。
ただ、船員たちの方は、「またまた~」とか「照れ隠しですか?」とか「そんなだと婚期逃しますよ?」とか好き放題言っている。
姦しいというか、執事見習い時代に見聞きした、休憩室で行われるメイドさんたちの会話のように思えた。




