なんとなく、そういう予感ってあるよね?
海神の槍を持つ女性から何故か強く見られているということで、こちらも見返す。
海の魔物たちは大体倒し終わったということもあって、もう脅威ではない。
寧ろ、今も生きている海の魔物たちは急いでこの場から離れるように逃げ出している。
陸地と違って海に潜っていくような形なので、後追いは難しい。
それに、今は海神の槍を持っている女性の方を気にするべきだ。
海神の槍を持つ女性が乗る戦闘船がこちらに近付いてきたので、その容姿がよく見える。
青が交じった緑色の短髪に、吊り目だが非常に整った顔立ちの、二十代前半くらいの女性。
動きやすくか、活発であるというように軽装であるために、均整の取れた体付きなのが見てわかる。
あと、何故かこのまま見られるのは良くない気がした。
それと、どこかで見たことがあるような気が……いや、初対面。初対面。
女性を誘うのにそういう手口もあると聞いたことがあるが、完全に初対面である。
だから、気のせいだ。
「なんだあ、てめえは? 私の――私たち『青緑の海』の邪魔をして、無事に済むと思ってんのか?」
声が聞こえる位置まで来ると、その女性がそう言ってきた。
殺気……ではない。
おそらく、怒気を向けられている。
しかし、それは寧ろこちらの方だろう。
島に居た人たちが、火炎弾で危うく殺されかけるところだったのだ。
もちろん、俺が防ぐために放った風の刃で逆に危険だったことは、とりあえず横に置いておく。
「そっちこそ、もっと状況を見てから攻撃しろ」
「あ? なんだと?」
海神の槍を持つ女性の怒気が強まった瞬間――。
「邪魔だ! どけどけ! 魔物が現れるような島なんかに居られるか!」
そんな声を上げながら、島に居た者たちの中から武装した者たちが飛び出すように現れて、目に見えてわかる逃走手段――船に向かって一直線に駆け出す。
海の魔物が居なくなったからこそできる行動だが、それは暴挙だろう。
何しろ、向かっている船というのが、ここに現れた戦闘船なのだから。
「ああん? なんだてめえらは?」
海神の槍を持つ女性の注意が、武装した者たちに向けられる。
ついでに、そのまま飛び出してきた方向に居る、非武装の人たちに向けられて――ガシガシと頭をかく。
「ああ~……なるほど、なるほど。こりゃ、私の落ち度だな。……まっ、結果的に助けられた訳だが、念のために聞く。てめえは海賊か?」
「いや、奥に居る非武装の人たちを救出しに来ただけの通りすがりの凄腕魔法使いだ。言ってわかるかどうか知らないが、ハーフェーン商会から依頼されて、あの人たちを探していた」
「そういうことか。そういうことなら最初に……まあ、いい。面倒をかけたようで悪かったな」
ふんっ! と顔を逸らす女性。
そこに、武装した者たちが戦闘船に近付いて来ていて――。
「てめえら! 死にたくなけりゃ、その船を寄越せ!」
「そうだそうだ! ……ていうか、なんだ? 女しか居ねえのか? なら、俺らがたっぷりと可愛がってやるよ!」
「うひょー! 楽しい航海になり……い、いや、待て! こいつらの船……船首の戦女神って、『青緑の海』だ! まずい! 逃げろ!」
ここは島だし、どこに逃げるというのだろうか?
ついでに言えば、小船の残骸のようなモノなら港部分に浮かんでいる。
海の魔物が壊したんだろうな。
逃げる手段はないが、また非武装の人たちを人質にするような真似は困るので、空から先回りして防ごうとしたが――その必要はなかった。
「私を前にして、どこに行こうってんだよ!」
海神の槍が投擲され、この場から逃げようとしていた武装した者たちの前の大地に突き刺さり、その衝撃による衝撃波で武装した者たちは吹き飛び――。
「おら! そいつらをやっちまいな!」
女性の合図をきっかけに、戦闘船から次々と船員たちが下りてきて、武装した者たちをボッコボコにしていく。
中には恨みでもあるかのような、容赦のなさを示す者も居た。
それに、遠目でそのように見えていたが、戦闘船から出て来る人たちは皆女性だ。
女性だけの海賊団のようである。
海神の槍が女性の手に戻り、再び俺に視線を向けてきた。
「さて、敵ではないとわかったが、こちとら海賊だ。海の魔物とやり合うのもタダじゃないし、このまま帰るのは海賊の名折れ。といっても、別に人の命になんて興味はない。ここは海賊の拠点だろ? なら、ここに宝があるだろ? それを寄越してもらおうか」
「……わざわざそれを口にするのか?」
「非戦闘員に多少なりとも迷惑をかけた――かもしれないからね。その礼さ」
普段なら問答無用、と。
しかし――。
「そう言われてもな。先ほども言ったが、俺は人探しを依頼された結果でここまで来ただけだ。そこにあるそれ以外のことに関してまでの裁量はない」
誰に聞けばいいのやら――と思っていると、下から声がかけられる。
「問題ございません。こうして助かった命を大事にしたいと思います。ですので、ここにある物はどうぞお好きなように」
非武装の人たちの中に居た人だと思う。
海神の槍を持つ女性に対してそう言って、俺に対しても一礼をしてくる。
その顔は、どこかとなく俺に依頼した人物――オセアン・ハーフェーンに似ているので、多分探し求めていた人物だろう。
生きていることに内心でホッと安堵。
「わかっているじゃねえか」
海神の槍を持つ女性がニヤリと笑う。
そのあとは、俺は貨物船まで戻り、壊れた港は使えないがそれでもどうにか非武装の人たちを乗せて出発する。
マジックバッグの中にある補給物資を全部振る舞い、非武装の人たちは漸く落ち着くことができたようだった。
途中で捜索船と合流し、そのまま王都・ポートアンカーに向けて戻っていく。
海賊の拠点があった島は別の海賊に乗っ取られたようなモノだが、俺が思い起こすのは一つ。
それはあの島から出発する前、海神の槍を持つ女性が俺に話しかけてきたのだ。
「よお。そういえば、名を聞いていなかったな。私は『ドレア』。女性だけの海賊団『青緑の海』の船長だ」
「……通りすがりの凄腕魔法使い。アルムだ」
「はっ! 自分で凄腕と名乗るとか正気か? ……と言いたいが、実際にあんな魔法を見せられたらな。凄腕だと思わなくもない」
「……それで、何か用か?」
「なあに。ちょっとした挨拶さ。あんたとは、また直ぐにでも会いそうな予感がするからな」
「そうか。俺もだ」
海神の槍を持っているのなら、用がある。
ただ、あの時は依頼を優先したので貨物船に乗ったままだったが、本当にいずれ会う必要があるのは間違いない。
そんな風に思っている間に、貨物船と捜索船は王都・ポートアンカーの港に辿り着いた。




