需要はある……かもしれない
母さんを劣悪な環境から救い出すため、フォーマンス王国へと向かう。
本心としては急ぎたかったが、救出失敗は最悪母さんの死を意味するため、慎重に行動する必要がある。
正直なところ、母さん以外は何がどうなろうとも知ったことではないが、下手にというか中途半端だと間違いなくやり返しにくるのがわかりきっているからだ。
やるなら徹底的に……なので、まずは受け継いだモノをしっかりと受け継ぐことが重要だと思う。
フォーマンス王国に着くまでの間に、何ができるのかを確認しなければいけない。
時折地上に下りて魔法の練習をしながらの、竜杖に乗っての空の移動は……思いのほか快適だった。
というのも、いくつか検証した結果、竜杖に触れている状態であれば繋がりのようなモノが感じられ、それによってしっかりと支えられていて、余程のことがない限り、落ちることはなさそうである。
それと、竜杖に魔力を注げば注ぐだけ加速し、注いだ分を消費し終われば元の速度に戻ることがわかった。
最高速の確認は……途中でやめる。
なんか際限なさそうというか、到達する前に魔力が尽きそうな気がしたのだ。
まっ、またいつか、そういう時がきたら、でいいだろう。
そうして進んでいる時、少し先に森に囲まれた湖が見えた。
竜杖に乗って体がガッチガチなので、ほぐす意味も込めて一旦休憩しようと下りる。
「……うん。悪くない」
森と湖の影響か、澄んだ空気が流れているので休憩を取るには充分だ――。
「はあ~、誰か助けてくんないかなあ……まあ、こんなところ誰も来ないだろうし……来ても凶悪な魔物だろうし……ここで終わりかあ……」
なんて声が聞こえた。
周囲を見るが、誰の姿もない。
けれど、愚痴のような声はまだ聞こえている。
今度は自らの死を詩で詠い始め、次は嘆き出す。
声がする方に行ってみると、落とし穴があって、その中に水色のスライムが居た。
「……あ~あ、こんなところで俺の命も終わりか。こんなことになるんだったら、夢なんか追わずにスラネと一緒になって……」
他に生物らしい生物が居ないし、水色のスライムが喋っているのだろうか。
「やっべ! なんか人が居る! めっちゃ見られている! 退治される流れ? これ。い、いや、待てよ。こういう時は無害アピールして……人に害を成すスライムじゃないから! ……余計怪しいわっ! そもそも魔物が喋っていること自体が異常事態だし! やっぱり退治の流れかあ……それか、世にも珍しいベリーキュートな喋るスライムとして見世物小屋に売られてしまうんだ! だって、このぷにぷにもちもちすべすべひやひやボディには誰も抗えない! ……いや、待てよ。ワンチャン……アリじゃね? 俺なら大人気街道まっしぐらだし、モテモテウハウハで過ごせるようになるんじゃ……」
なんかぶつぶつ言っているが、スライムが喋っているのは間違いないようだ。
それと、そんなに甘くないと言いたいが、今かけるべき言葉は違う。
「穴から出られないのか?」
「お人よしか! 脱出のチャンス! はい! その通りなんです!どうかこのベリーキュートなスライムを助けてください! 喋れるだけで、他はそこらのスライムと大差ないんです!」
……助ける気が失せそうだが、声をかけてしまったので仕方ない。
ただ、竜杖を使うのは嫌だし、竜杖自体も嫌がってそうな気がするので、そこらにあった丁度いい枝を使い、落とし穴の縁にかけてスライムを這い上がらせて脱出させる。
「いやあ、ほんと助かりました! ありがとうございます!」
やはり、本当にスライムが喋っているようだ。
近くで見たことで、喋っている時は震えているのがわかる。
「それにしても、驚かないんですね」
「驚く? 何が?」
「いや、自分スライムですよ。普通、魔物は喋らないから、喋れば驚くもんだと」
「ああ、それは似たようなのを知っているから」
無のグラノさんたちで慣れていた、というのは失礼かもしれない。
何しろ、元人間だし。
「なるほど! まだ若いのに顔が広いとは! でも、そのおかげで助かったのは事実。これで夢を追うことができます」
「夢?」
「ええ。この世のどこかにあるという魔物の村を見つけて、そこに居るというパネェ神官さまに会うことです」
「魔物の村? パ、パネェ?」
「そうです。なんでも、そこに居るパネェ神官さまは、魔物を転職させることができる、と」
……転職?
そもそも、魔物に職業があるのか?
「自分、今はなんでも溶かしちゃうただのスライムですけど、将来は服だけを溶かすスライムになりたいんです!」
「なるほど」
意味はわかないし、言っていることも理解できないが、とりあえず頷いておく。
喋るスライムは夢を語るからか饒舌だ。
「やっぱ、いつまでもただのスライムじゃ駄目だと思うんですよ。普通のスライムで終わりたくないんです」
いや、こうして喋れている時点で普通のスライムとは違うと思うんだが……。
「その点、服だけを溶かすスライムは、それこそ触れているモノをすべて溶かしてしまいたいという最大欲求を抑え、最初から最後まで緻密な操作によって服だけを溶かす。それ以外は一切溶かさず、傷すら付けない。くぅ~、カッコいい! 憧れるなあ~」
駄目だ。わからん。
でも、アレだな。
傷付くのは服だけで、人体にはなんの影響もないということは、ある意味で無害な存在と言えなくもないのでは?
なんてことを考えている間に、スライムは出発しようとしていた。
「それじゃあ、このご恩は一生忘れません。本当にありがとうございました。それでは」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら去っていくスライムを見て……まあ、せっかく助けた訳だし、それにスライムじゃあ、放っておいてもやられるだろうと思い、俺も出発するかと竜杖に――。
「ふぎゃっ!」
そんな叫び声が聞こえ、視線を向ければスライムの姿がなかった。
「……すみませ~ん! なんか今度は溝に挟まってしまって身動きが……」
丁度いい枝で掻き出して、今度は俺の方が先に出発した。
これが、のちに「服喰い」と呼ばれるスライムとの出会い……にはならないか。
夢見過ぎだな、これ。




