巻き込まれてからの協力なんてよくある
大きな建物に入ったあとも先導する男性のあとを付いていくと、辿り着いたのは大きな建物内の一室。
高級そうではあるが品位を損なわない程度に置かれている調度品に、奥には大きな机と椅子。
その前にはテーブルとソファーがセットで置かれている。
執務室に応接室を兼ね備えたような部屋だった。
テーブルの上には紅茶と軽食が置かれ、ソファーには年配の男性が一人座っている。
白髪を後ろに流し、どこか人の良さそうな印象を受ける顔立ちの、六十代くらいの男性。
ここまで俺を連れてきた男性よりも仕立てのいい服を着ている。
「お連れしました」
「ああ、ありがとう」
俺をここまで連れてきた男性が一礼し、そのまま俺をソファーへと誘導。
当然というか、やっぱりというか、年配の男性と対面するような位置だった。
俺は大きく息を吐いて、対面に座る。
男性は年配の男性の後方に控えた。
そこでアブさんが天井から通り抜けてきて――控えた男性に当たりそうになって急いでずれ、そのまま通り抜けてホッと安堵している。
アブさんを見ていると緊張感がなくなるな。
「どうかされましたか?」
年配の男性がそう声をかけてくる。
俺が一点ばかり見ていて不思議に思ったのだろう。
馬鹿正直にアブさんを見ていたとも言えないので――。
「いや、ここはどこかと思ってな。何しろ、なんの説明もないまま来た訳だし」
そう口にすると、年配の男性は後方に控えている男性に視線を向ける。
「思いのほか相手側の手回しが良く、辿り着いた時には既に直ぐそこまで迫っていましたので、まずは安全を確保するためにここまでお連れすることを優先しました。なので、まだ何もお伝えしていません」
「そうですか。良い判断です。付けられてはいませんね?」
「はい。問題ありません」
「よろしい。では、落ち着いて話ができるということで、ご説明させていただきます」
年配の男性が真剣な表情と雰囲気になったので、俺も同じように真剣に聞く。
まず、ここがどこかだが、ここは王都・ポートアンカーで一、二を争う商会。
――「ハーフェーン商会」。その本部というか本店。
本当に? と一度疑うが、これだけ大きな建物だと考えると、一、二というのも納得できる。
そして、対峙しているのが、その商会の会長である「オセアン・ハーフェーン」。
控えているのが、その孫の「ヴェレ」。
そして、その一、二を争うということは、対抗する商会があるということ。
それが「イレート商会」。
どこかで聞いた名だと思ったが、直ぐに思い出す。
海賊の被害において、一度に大きな損失を起こした憶えがない、とおばさまが名を出した商会だ。
そのイレート商会が、食堂に現れた者たちを差し向けた……らしい。
二つ、気になる。
「どうして俺が狙われる? それに、どうしてその商会だとわかるんだ? あんたたちの自作自演の可能性もあると思うが?」
まあ、言っておいてなんだが、さすがに自作自演はないと思う。
あの時のおばさまの俺を心配する表情と雰囲気は本物だった。
さすがにアレを嘘とは思えない。
演技だったのなら……まあ、俺の見る目がなかったということだろう。
「確かにその通りです。もちろん、可能な限りお答えしますよ」
対峙している年配の男性――オセアン・ハーフェーンが続きを話す。
まず、俺が狙われている理由は、空を飛ぶことができるからだった。
海洋国・シートピアに入ってから王都・ポートアンカーに着くまでの間の俺が行った海賊退治は、ギルドを通じて知る人は知っているという感じで伝わっているそうで、その情報を得たイレート商会がある目的のために俺を使おうとしているらしい。
何故それがイレート商会だとわかるかは、ハーフェーン商会も同じ目的で俺に接触しようとしていたからだ。
「同じ目的、ね。つまり、ハーフェーン商会もなんらかの目的があるから、俺を助けたという訳か」
「打算的な部分があったのは否定しません」
「まあ、それは裏表なく助けられてもな……それで、その目的というのは教えてくれるのか?」
「さすがにそれは、今の段階では言えません。協力していただけるのであれば、その内わかることだと思いますが、おいそれと口にする訳にはいかない類のモノですので」
「面倒そうだが……まあ、どのみち、あの食堂に現れたのが自作自演だったのか、それとも本当にイレート商会の手の者かはわからない以上、協力するというのは難しいな」
「それに関してはさすがに証拠の類を用意するのは難しいので、信じていただくしかありませんが」
まあ、そうなるよな。
ただ、狙われた理由はわかった。
あとは、オセアン・ハーフェーンが言ったように、俺が信じるかどうかである。
俺が必要だという目的も気になるが……。
「もし、俺が協力を断ったらどうする?」
「私共は何も致しません。無理強いするのは好みではありませんので。残念だとは思いますが。イレート商会の方はこちらで抑えますので、手出しは起きないかと。ただ、断ったとしてもできればイレート商会の方に協力していただけるのは勘弁して欲しいところです」
まあ、どちらが怪しいかと言えば、イレート商会の方が怪しいので、向こうに協力することはないと思う。
………………。
………………。
でも、これは好機かもしれない。
ハーフェーン商会が本当に一、二を争う商会であるなら――。
「協力してもいい。だが、そちらにも協力して欲しいことがある」
「なんでしょうか? 協力していただけるのでしたら、可能な限りの協力をいたしますが」
「王家と会いたい。できれば、現王がいいな。もちろん、手は出さない。少し、聞きたいことがあるだけだ」
そう言うとオセアン・ハーフェーンは笑みを浮かべる。
「いいでしょう。陛下と会えるように、ハーフェーン商会が取り計らいましょう」
随分と軽く言ってくれるが……それだけの力を持つ商会、ということなのかもしれない。
王家に関しては情報を集めるだけではなく、どうにか会いたいと思っていたのだ。
そのためなら、と俺は協力することにした。




