やっぱり初めて見ると感動すると思う
竜杖に乗って空を飛ぶ。
まずはフォーマンス王国を越えて、さらに南下する。
そうして見えてくるのは――。
「海だ」
思わずそう言ってしまう。
でも、言わせるだけの何かが、海にはあると思う。
山で叫ぶのと同じような理屈だろうか?
「おお、これが……」
アブさんがどこか感動しているかのような声を漏らす。
「いや、これがって、アブさんのダンジョンにもあるだろ。同じのが」
「確かにそうだが、所詮は造り物。言ってしまえば紛い物だ。こうして本物を直に見るのは初めてなのだ……本当に、海の向こうに何があるのか見えないくらいに広大だな」
海を前にして、ほわあ……わああ……と子供のような喜びの反応をするアブさん。
まあ、ダンジョンから出て初めてなのは間違いないし、もう少し時間を潰すことにした。
丁度海岸があったので、そこに下りる。
他には誰も居ないことを確認して、アブさんは半透明を解除して、波打ち際で手のひらに海水をすくったりし出す。
「……アルムよ」
「なんだ?」
「海水というのはなんというか水の密度が違うというか……本当にしょっぱいのか?」
「ああ、まずそのまま飲めないくらいにな」
「そうなのか。スケルトンな身が悔やまれる……」
そう言って、本当にがっかりするアブさん。
試してみたいが、味覚がないためわからないのだろう。
まあ、その前に骨だけだから、飲んでもそのまま流れて落ちるだけだけど。
そのまま少しだけアブさんと一緒に波打ち際で戯れ、靴の中に入った砂がいい感じに気持ち悪くなった頃、再び移動を始める。
南下し切ったため、次は西へ。
港町のようなところが見えたので、海洋国・シートピアに入ったかどうかを確認するために寄ることにする。
ついでに、もし入っていれば、海洋国・シートピアの現状なんかがわかるといいのだが。
風のウィンヴィさんの記憶から年月は経っているし、どのように動いているのかを知りたい。
港町から少し離れた位置に下りて、きちんと港町に入るための列に並んで中に入る。
アブさんは……やはり初見は難しいのか、空中に避難した。
まあ、ゆっくりやっていこう。
この町は他の町とそう大差はないが、やはり港町ということで海産物が豊富にある。
屋台の方も魚と貝を扱うのが基本で、屋台によって焼き加減や使っている調味料が違い、扱っている魚の種類も違うので、味がどれも全然違う。
まあ、どれも新鮮であるため、基本美味いことに変わりはない。
ただ、その中で他のところよりも割高な屋台があった。
大通りに屋台を構えているそこは、焼き魚や焼き貝だけではなく、魚の身を生で出しているのである。
「……これは、食べて大丈夫なのか?」
丁度列が切れて話しかける時間があったので、思わず尋ねた。
俺の問いに、屋台の筋骨隆々な店主がニカッと笑みを浮かべる。
「おう、兄ちゃん。もちろん食べれるぜ! 魔道具を使ってきちんと処理したモノだからな! といっても、人によりけり。駄目なヤツは駄目だが、俺は美味いと思っているぜ! 酒の肴の中でも上等な部類に入る美味さだな!」
「魔道具。だから、他のより高いのか」
「まあな。といっても、ウチの屋台はこれだけでなく、普通に他のも美味いぜ! 他の屋台とは使っている調味料が違うからな!」
筋骨隆々な店主の言葉は、別に間違っていない。
先ほどまで行列ができていたのだ。
今は偶々という感じで、あと少しすれば人が来そうである。
何しろこの屋台から流れてくる匂いが非常に香ばしく、食欲が刺激されるのだ。
「確かに、匂いからして違うな」
「おう! その通りよ! これのおかげさ!」
そう言って、筋骨隆々な店主が見せてきたのは、壺の中に並々と入っている黒い液体。
「これが?」
「そうよ! 遠い異国の地で精製されているソイソースってやつで、ウチが独自の販路で入手しているモノだ! これが非常に魚介類に合うんだよ! 焼きも、生も、な!」
「なるほど。確かにそのままでも悪くない匂いだ」
試しに買って食べてみる。
ソイソース自体の味と風味が非常に強いが、魚介類と非常に合っていた。
焦げた香りが胃を刺激してくるし、かけるだけでいくらでも食べることができる。
生にも挑戦してみたが、身がしっかりとしていて歯ごたえがあるし、ソイソースにも非常に合う。
「普通に美味いな」
「だろ! 実際、ウチの店で生の良さに目覚める人も居るんだぜ! だが、生はきちんと下処理をしないと危ないから、自分でするのはオススメしないぜ!」
「代わりに、ウチで食べろって言いたいんだろ?」
「その通り! わかっているね! お客さん!」
話しやすい人だったので、そのまま話す。
人が来たら脇にずれて、という感じで色々話した。
海洋国・シートピアは、現在――というよりは昔から海賊に悩まされている。
どれだけ退治しても次から次へと新しい海賊が現れるそうだ。
もちろん、海に出る船は護衛を雇っているが、中には強い海賊も居るため、完全という訳ではない。
まあ、それは陸地にも盗賊が居るため、それと似たようなモノだ。
似ているのは盗賊と海賊だけではなく、海にも陸地ほどではないが時折魔物が現れるため、どのみち危険なことに変わりはない。
そんな海賊の中で特に今有名なのが「緋色の情熱」と呼ばれる海賊団らしい。
女性だけで構成されていて、船長はかなり美しい女性だという噂が流れている。
ただ、海賊だと言う割には、筋骨隆々な店主から悪感情のようなモノが感じられない。
寧ろ、どれだけ美人なんだと想像だけで筋骨隆々な店主は鼻の下を伸ばしていた。
噂は噂だと思うが……。
あと、できれば王都――現王家についても知りたかったが、それはさすがに無理だと思ってやめた。
美味しい魚と貝を堪能して、そろそろ別のところに――と思ったところで、大通りに駆け込んできた男性が力一杯に叫ぶ。
「か、海賊だあ~! 海賊が現れたぞお~!」
この国の悩みの種が現れたようだ。




