特別な肩書きにはそれ相応の理由がある
「邪魔をするな!」
ダグが襲いかかってくる。
咄嗟に反応ができず、ダグが俺を両断しようと横薙ぎに振るうのに対して、どうにか竜杖を割り込ませることしかできなかった。
踏ん張りも効かず、今度は俺が飛ばされる。
飛ばされた先で既に倒されたあとのオークにぶつかるが、それだけ。
上手く着地することができたので、倒れることはない。
咄嗟に自分の体を確認するがまったく斬れておらず、思わず竜杖を見るが傷一つ付いていなかった。
「なんだ、その杖は」
俺だけではなくダグも驚いていた。
多分、竜杖ごと俺を両断するつもりだったのだろう。
「教えるとでも!」
再度、光属性魔法の光輝雨を放つ。
防がれるのはわかっているが、それでも衝撃は伝わるので、ルウさんには近付けさせない。
そのまま魔法を維持しながらルウさんの前へ移動を始める。
けれど、それほどの効果はなかった。
ダグが黒い靄を一気に噴出させ、光輝雨を大きく遮り、ルウさんの下へ向かう。
吹き飛ばされた分、俺の方がまだ遠い。
「くっ!」
「ハハハハハッ! 何をやったのか知らないが、貴様が死んでしまえば同じことだ!」
ダグが勢いそのままにルウさんに向けて剣を振るう――ギィン! と甲高い音と共にダグの振るった剣がとめられる。
「な、何っ!」
驚くダグ。
それもそうだろう。
何しろ、とめたのは、ルウさんを守るように前に出たロアさん。
しかも、ダグが斬り付けた裂傷はまるでなかったかのように消えていた。
「あんたなんかにルウ姉は傷付けさせない!」
ダグの剣を受けとめた剣を、ロアさんが思いっ切り振るう。
強い衝撃を受けて、ダグは後方に少し下がった。
その間にロアさんの横に並んで声をかける。
「どういうことだ?」
「さあ? 私にもさっぱりよ。気が付けば治っていたわ」
俺とロアさんは、揃ってチラリとルウさんを見る。
ニッコリとした笑みが返ってきた。
ただ、口を開かない――何も言わないのは、口にしていい状況ではない、とも取れる。
たとえば、話せば不利になる、とか?
「変わらず、時間を稼げばいいんだな?」
ルウさんの笑みがより深くなる。
間違っていなかったようだ。
「それなら、どうにかできそうね!」
ロアさんがダグに向けて突っ込む。
受け身ではいけないという判断かもしれないが、いくらなんでも――と思っていると、ロアさんがチラリと俺を見る。
……はいはい。俺の援護を期待しているってことね。
そして、ロアさんが前衛、俺が後衛という形で、ダグとやり合う。
ロアさんが剣で斬り合い、完全に援護という形で俺が魔法で牽制を行うのだが、ダグの強さは異常だ。
それでも仕留めきれないというか、押されるのはこちら側。
ダグの狙いは何かをしていると思われるルウさんだが、俺とロアさんが行かせない。
特にすさまじいのがロアさん。
多少斬られても直ぐに傷が治っている。
「どうなっているんだ、それ?」
「さあね。でも、今は好都合よ」
それで戦える精神力がすごい。
まあ、ルウさんが何かしているのは間違いないので、この状況というよりはルウさんを信じている、といったところだろうか。
そうして時間を稼いでいると……ふと気付く。
ダグから立ち昇っている黒い靄が……どことなく小さくなっているということに。
少し前はもっと立ち昇っていたような……。
疑問に思っていると――。
「もうそろそろ実感しているのではないですか? ダグ」
ルウさんがそう口にした。
「………………」
問いかけに、ダグは忌々し気にルウさんを睨む。
睨むだけで人を殺せそうなくらいで、殺意も隠す気が一切ないと表に出ている。
「……なるほど。世界樹の巫女とは肩書きだけではないということか」
「その通りです。これは世界樹の巫女だけが継承して使える秘術。だから、誰も知らなかったことです。世界樹の巫女は、ただの特別な敬称や世界樹と意思を通わせることができるだけではありません」
ルウさんがニッコリと笑みを浮かべる。
「世界樹の巫女は、世界樹の魔力を扱うことができるのです。たとえそれが変質したモノであろうとも、元が世界樹の魔力であるのなら元に戻すことも、それを他者に――世界樹の加護持ちに分け与えることもできます」
ルウさんとダグの中で会話が成立している。
えーと、つまり、どういうことだ?
ルウさんは世界樹の魔力を扱うことができて、それは変質したモノでも元に戻すことができる上に、世界樹の加護を得ている者にはその魔力を与えることができる。
それで、ダグが今の強さを得ているのは、その背景に呪樹を間に挟んでの変質した世界樹の魔力が関係しているから……なるほど。
ルウさんが時間をかけて発動した魔法陣がその効果を及ぼしていて、ダグが取り込んだ変質した世界樹の魔力を元に戻して取り戻している。
それを、ロアさんに注いでいる、ということか。
それなら、ロアさんにも魔法陣を発動した理由になる。
………………いや、少しおかしくないか?
魔力だけで傷は治らないだろ?
思わずルウさんを見ると――。
「世界樹は生命の象徴。本来、魔力よりも生命力に溢れているのです。当然、世界樹の巫女であれば扱うことはできます」
笑みは笑みだが、どことなく怖い笑みだった。
逆らったらマズい、みたいな。
けれど、これで逆転の目は見えた。
ロアさんが確認するように口を開く。
「ルウ姉! つまり、時間をかければかけるだけ、ダグは弱る――元の強さに戻っていくってことね!」
「そうです。ただ、あなたにかけられているのは強化ではなく回復ですから、無理は禁物ですよ」
「それだけわかれば充分!」
ロアさんがダグに斬りかかる。
時間を稼ぐことに変わりはないので、守るだけでは駄目だとわかっているのだ。
何しろ、ルウさんがやられたら、こちらは打つ手なしになるかもしれないのだから。




