やってやろうかと思った時がやる時
「なんだ、あれ?」
ダグから立ち昇る黒い霧について、思わず口に出てしまう。
こっちは遊撃でそれなりに忙しいというのに、手助けしないといけないような展開が起こるのは困るのだが。
眉間に皺を寄せると、アブさんが答えてくれる。
「あれは魔力だな。可視化できるだけの濃密な……それも、邪悪と言えそうなほどの性質を感じる」
魔力? あれが?
確かに、あの見えている黒い靄からは、良くないモノの塊のような気がする。
それが邪悪と言われれば、納得できた。
「魔力ね。しかし、どうやって、それだけの魔力を……」
元々それだけの魔力があったのなら、既に行動を起こしていただろう。
しかし、行動を起こしたのは今。
何かがあったはずだ、と思った時、なんとなくだがわかった気がする。
こう――断片的な部分が繋がる感覚……気持ちいい。
「アブさん。確か、あいつを見かけた時に祈っているように見えたって言っていたよな」
「ああ。それが?」
「可能性の話だが、その時、呪樹が世界樹から吸収した魔力を、さらに自分に取り込んでいたということはあるか?」
「ふむ……可能性なら、あるな。呪樹を見つけた時、大きく成長している割には手応えというモノが相応になかったのは確かだ。それが吸収した魔力を抜いていたというのであれば、手応えがなかったのも納得できる。魔力の邪悪さも、元は呪樹によって変質したモノであったということか」
これが正しいのであれば、ダグは世界樹の巨大な魔力をその身に取り込んでいるということになる。
だから、今、行動を始めた、ということか。
世界樹から直接魔力を奪えば直ぐバレる可能性がある……いや、そもそもできなかった可能性の方が高い。
だから、呪樹を使って、魔力が別のところに溜まるのを待ってから、ということか。
いや、確か呪樹は魔力だけではなく生命力もだったはず……。
アブさんも同じ結論に至ったのか、思わず顔を見合わせる。
「……見た目以上に強化されているかもしれないな」
「世界樹の魔力と生命力が変質したモノを宿す、か。……下手をすると、アレだけでこちら側が半壊……全滅するかもしれないな」
そんな危険な存在に、衝撃波で吹き飛ばされたロアさんが立ちあがって攻めようとするのが見える。
思わず、待て! と言いたくなったが、その前にロアさんをとめる人が居た。
ルウさんである。
ダグに向かって厳しい目を向けている。
「ダグ……あなたから感じる魔力には世界樹の魔力も同時に感じることができます」
「さすがは世界樹の巫女。答えが必要か?」
「いいえ、結構です。それだけではなく、既にここまでのことを仕出かしたのですから、あなたにどのような事情があろうとも許されません」
「慈悲は乞うていない。だが、私としても気になることがある。……何故、私だとわかった? これでも偽装にはそれなりに力を入れていたのでな。現に、呪樹を世界樹に仕掛けてからこれまで、欠片も疑う素振りはなかった。それこそ、呪樹という存在すら認知していなかったように」
実際、世界樹が黙っていたので、それは正解。
「なのに、何故それで私を見張り始めた? これでまだ複数を見張るならまだ理解できる。しかし、私だけとなると、いくら考えてもそこだけは答えが出ない。私は何も失敗していないはずだが、それでも……」
ダグが俺を見る。
「世界樹に魔力を注いでいたそいつが、私だと露見したことにも関係しているのか? 寧ろ、そうだと思っている。何しろ、ここ最近の変化といえば、そいつが訪れたことくらいしかないからな。……呪樹も、お前が撤去したのか?」
ダグが俺に向けて殺意を飛ばしてくる。
しかし残念、
物理的な距離によって、ここまでは届いていない。
届かなければ怖くない。
べー、と舌を出して挑発してやろうか?
魔法は……アブさんの即死魔法のように弾くかもしれない。
何かしらの茶々を入れてやろうと思うが、その前にルウさんが口を開く。
「どこを見ているのですか? それに、それこそ答えが必要ですか? 口にはしつつも、気にしている様子はないようですし」
「ああ、その通りだ。どのみち、ここの居る者たちは皆殺しだ。だから、今となっては私という存在が露見したことは既に問題ではない」
「……あなたが、これ以上何かをできると思っているのなら、それは勘違いです」
ルウさんが杖を身構える。
合わせて、ロアさんが並び立って剣を身構えた。
「策はあるの? ルウ姉」
「ありますよ。ですが、そのためには少しばかり時間がかかります。それまでは」
「私の出番ね! 任せて!」
ロアさんが飛び出すのと同時に、ルウさんが詠唱を始める。
何かしらの策があるようだが、詳細はいいのだろうか?
まあ、ダグに聞かれるだろうし、迂闊に口にしない方がいいのは確か。
それにロアさんの動きには迷いが感じられない。
ルウさんならどうにかしてくれると、本気で思っているようである。
「無謀な。来るというのなら、まずはお前を姉の前で殺して絶望を与えてやろう! ロア!」
「だから、名を呼ぶな! それに先ほどまでは様子見! ここから先は本番で本気だから、絶望するのはあんたの方よ!」
ロアさんとダグのやり合いは、先ほどまでとは違い、互いに殺気を乗せた斬撃による攻防へと移り変わる。




