結果、助かったということもある
「ダァグゥ!」
強い怒りのこもった声と共に、ロアさんがダグに斬りかかる。
ロアさんは速い攻撃による連撃を得意としているようで、身軽さはエルフ一かもしれない。
双方の距離はあっという間に詰まり、ロアさんは勢いそのままに剣を振るう。
対するダグは頬を上げて嘲笑を浮かべた。
ギィン! と甲高い音が響き、ダグが自らも剣を取り出して、ロアさんの剣を受けとめたのが見えた。
「弱いな。こんなモノだったか? ロア」
「馴れ馴れしいぞ! 貴様に名を呼ばれるだけで気分が悪い!」
ロアさんとダグはそのまま斬り合いを始める。
連撃を浴びせるロアさんだが、ダグは余裕の笑みと態度で防いでいた。
また、時折ダグの方から斬撃を放っているが、ロアさんはそれを身のこなしだけで回避している。
一見すると、互角の戦いを繰り広げているように見えるが――。
「ふむ」
ロアさんの戦いを見つつ、上空から魔物に向けて魔法を放っていると、アブさんがロアさんの戦いをジッと見ていた。
「何か気になるのか?」
「いや、あのお嬢さんが相手をしているのに見覚えがあってな。様相は変わっているが」
「どういうことだ? どこであった?」
「つい少しの前のことだ。ほら、アルムが世界樹に魔力を注ぐ時のこと。某が呪樹死滅のために上昇していた時に見かけたのだ」
「それは本当に? 世界樹に居たのか?」
「間違いない。あいつだ」
なるほど。
王都・ツリーフの中を探して見つからない訳だ。
世界樹の方に居た、ということか。
「その時、何をしていたんだ? 世界樹に登っていたのか?」
「いや、太い枝のところで祈るように座っていたぞ」
……座って? どういうことだ?
「特に何かをしているようには見えなかった、ということか」
「まあ、表面的にはな。しかし、今の姿――何かエルフとは違っていることから推測はできる」
「エルフと違う? いや、確かに目とか肌は違うが、エルフだろ?」
「いや、感じる魔力がエルフという種族と違っている。何より、先ほど地上の乱戦に紛れて即死魔法を撃ったが弾かれてしまった」
……いや、いやいや、何やってんの? アブさん。
気持ちはわかるというか、あんなあからさまに出てこられると狙いたくなるというか、間抜けな終わりと笑ってやりたくなるというか……。
それに、それで終わればこれ以上の被害を出さずに済む訳だったし、いいことだ。
ただ、弾かれたというのなら話は別。
「耐性があるのか?」
「……どうだろうな。耐性と違うと思う。もっと何か、別の強力なモノで弾かれたという感じだった」
「そうか……ちなみに聞くが、弾かれた即死魔法の行く先は?」
「安心しろ。魔物に当たった。ついでに言えば、下がろうとして転んだエルフに襲いかかろうとしていた魔物に当たったので、実質的に某が命の恩人ということになる。感謝してもらってもいいくらいだ」
なら、いいか。
ただ、あまりにも不自然に魔物が死んでいくと、何かしらの存在――アブさんのことがバレる可能性も出てくる。
幸い、全体としての状況は悪くないので、ほどほどでお願いしておこう。
緊急時は好きなだけ放ってもらっていいが。
それにしても、見かけていたのなら、もっと早くに教えておいて欲しかった。
いや、世界樹に魔力を注ぐ時にダグが上から現れたのだから、寧ろ答えはそれしかない。
問題は何をやっていたかだが……こればっかりは当人に聞くしかない、か。
俺もそろそろダグ戦に参戦した方がいいのでは? と思っていると、ロアさんの大きな声が聞こえてくる。
「どうしてエルフを、世界樹を裏切った!」
「フッ。別に裏切ってはいない。最初からこうするつもりでここに来たのだ。それに、お前のような者にはわからない。世界樹の庇護下、その恩恵の安寧の下で生まれ、生きてきたお前にはな。いや、お前だけではない。同じくこの国の連中すべてだ。今よりも古く酷い時代――この森以外のエルフがどのような扱いをされていたかを知らないお前たちにはわかるわけがない!」
ダグの言葉に、ロアさんが眉間に皺を寄せる。
「……いいえ、知っているわ。教えられたからね。数百年前、エルフはその見た目と希少性から、森の外では狩りの対象とされていたことを――その日生きるのが精一杯で、狙う者たちから捕まらないように隠れ、怯えながら暮らしていた、と」
本当に、反吐が出る――と吐き捨て、ダグと斬り合いながら続けるロアさん。
「捕まれば、まるで物でも扱うように扱われ、良くて奴隷。まるで動物か何かのように扱われていた」
「そうだな。それも間違ってはいない。しかし、所詮は知識として知っているだけ。ここのエルフがどれだけ恵まれていたかを示す指針でしかない。そちらは、所詮知っているだけ。そう教えられただけ。……当事者ではない。経験者ではない。ただ、知った気になっているだけに過ぎない」
ダグの猛撃が始まり、ロアさんは次第と受け身になっていく。
速度はまだロアさんの方が上だ。
しかし、ダグの剣を振る速度が思っているより速い――というよりは早くなっていっている。
「手を差し伸べてくれる者は誰も居ない。共に居たエルフ以外は周りはすべて敵。そのエルフも日々の中で次々と捕まって居なくなり、果ては目の前で両親は嬲られながら殺された。私自身、豚のようなヤツに嬲られながら生き残ったのだ。同胞であるはずの森のエルフは誰も来ない。世界樹など見えもしない。助けられようが、状況が変わろうが最早関係ない。私にとって、森のエルフと世界樹は元より敵なのだ」
ダグの表情が怒りに染まる。
俺もいたぶられながら育ってきたから、同情はできる。
しかし、こうしてやっていることを考えれば、許容できるモノではない。
ダグから発せられる圧力が増していく。
このままだと危険だと感じたのか、ロアさんが連撃を仕掛けようとした――が。
「森のエルフは世界樹共々、皆殺しだあ!」
力を開放したかのように、ダグから全方位に衝撃波が発生する。
ロアさんだけではなく、近くで戦っていた冒険者や兵士、魔物も含めて吹き飛ばされ、木々も大きく揺らした。
「ハハ……ハハハ……ハハハハハッ! どうだ! これこそエルフを超えた私の力の一端だ!」
ダグが高笑いを上げる。
その姿を見て、誰もが目を見開いた。
ダグの体から、黒い靄のようなモノが立ち昇っているからだ。
その靄は見ているだけで嫌な気持ちにさせるというか、不安を覚えさせる。
このままこいつを放置すると、世界が終わるかもしれないと思った。




