簡単でもやってはいけないことだってある
ダグがその姿を現す前――魔物たちの動きが変わる。
攻めてこなくなったのだ。
次々と散発的に攻めてこなくなり、王都・ツリーフから一定の距離を取ってその場に立ち、こちら側を取り囲んでいく。
まるで、誰かにその場で待機と言われたかのような動きなのだ。
明らかに異常であり、魔物の密度が増していくので危険度も上がっていく。
そのため、こちらの足もとまり、自然と対抗するためか人が集まってこちらも密度を増していった。
ただ、魔物は増え続けているので、そのまま見ているだけなのは状況を悪くするだけ。
何かしらの策を打った方がいいのは確実。
ふむ……とりあえず、昨日運搬が終わってしっかりと休んだので、俺の魔力は現在全快。
特大魔法を撃ち込んでやろうと思うが、それはそれで自然災害級が起こるのは確実。
それはさすがにまずい、ということはわかるので、何か別の手を――と考え始めた時、ダグが姿を現した。
魔物たちが左右にずれて、そこに道ができる。
そこをまるで王か支配者かのように通ってくるダグの姿は、様相が変わっていた。
姿形、大きさは何も変わっていない。
しかし、目は赤く染まり、肌は黒く染まっていた。
明らかに普通の状態ではない。
ダグがスッと手を上げる。
「ウウウ……」 「ガウッ!」 「オオオ……」
それだけで、魔物たちが口々に唸り、臨戦態勢を取った。
ダグが魔物たちを従えていると示し、そんな馬鹿なと驚きの声がこちら側から漏れる。
特にエルフの方に、少し気圧されている雰囲気が流れた。
何かしらを感じ取ったのかもしれない。
妙に雰囲気があるし。
見ているだけで禍々しさが伝わってきそうだ。
「……戦闘準備を」
その声は、小さくとも不思議と耳に届いた。
声が聞こえてきた方を見れば、世界樹の護り手であり巫女であるルウさんの姿が見え――。
「戦闘準備ぃー!」
ルウさんの隣に居たロアさんが声を張り上げる。
張り上げたその声でこちら側が鼓舞され――。
『おおおおおっ!』
迎撃態勢を取る。
数瞬の静寂のあと、ダグが笑みを浮かべ、上げていた手を下ろす。
『グオオオオオッ!』
それが合図となって、魔物たちが一斉に襲いかかる、
「いくぞぉ!」
『うおおおおおっ!』
ロアさんの声を合図に、こちらも前に飛び出す。
ダグが察しているかどうかはわからないが、今日が最終日だと、こちらはわかっている。
念のために世界樹の精霊に確認したので間違いない。
結界が復活するまで――あと少し。
その少しを乗り切ればいいので、こちらはもう余力なしの全力全開戦闘ができる。
だからこそ、魔物の密度が増えようとも戦える。
最前線がぶつかり、そのまま戦闘が始まった。
俺は竜杖に乗って空を舞い、上から光属性魔法で魔物を射抜いていく。
空を自由に飛べるという利点を活かして、遊撃として動いていた。
戦場の上空を旋回しながら、危なそうなところに魔法による襲撃を行う。
もちろん、俺だけではない。
アブさんも俺と行動を共にしていて、時々即死魔法で魔物を仕留めている。
ただ……火属性魔法が使えたら簡単なのに、と思わなくもない。
ただ、駄目。森林火災。
上空から見ている限り、魔物の構成はさほど変化はない。
ゴブリン、ウルフ、オークが大半であり、その中に個体として強いミノタウロスやサイクロプスが居る。
ただ、追加が居ない訳ではない。
所謂不死系が増えていて、スケルトンやボーンウルフといった骨だけの魔物が増えている。
まさに溢れ返るような数の魔物だが、こちらも負けていない。
エルフだけではなく、冒険者と兵士たちが協力として共に戦ってくれている。
数日ではあるが、魔物という共通の敵を相手に共に戦い、簡単ではあるが連携というか役割のようなモノは既に構築できていた。
エルフはどちらかと言えば後衛だ。
別に近接戦ができない訳ではないが、どちらかと言えば得意なのが後衛である。
弓矢の命中率が高く、敵の動きを阻害したり、味方の一部能力を高めるといった補助的な魔法の使い方が上手いのだ。
まあ、中にはロアさんや護衛隊長さんのように近接戦の方が得意なのも居るが、全体的に後衛の方が優れているのは確かだった。
そういうことなら、と近接戦闘ならお任せと言わんばかりに冒険者と兵士、一部のエルフたちが前衛に立ち、魔法使いや多くのエルフが後衛から攻撃や補助を行う、といった形になる。
これが上手くはまり、こちら側の被害は軽微であると言えた。
しかし、相手が魔物の大群である以上、下手を打てばそのまま死に向かう――ということはこの場に居る誰しもが知っていることなので、誰もが油断はしていない。
こちら側で特に強いのが、ロアさんと護衛隊長さん、それとギャレージ商会専属冒険者のAランクパーティ「竜の咆哮」である。
「竜の咆哮」は男女五人組のパーティで、ギャレージ商会で強く危険な魔物の素材が必要になった時、必ずと言っていいほど呼ばれ、頼りにされる冒険者パーティであり、ヴァネッサさんも信頼しているようだ。
実際、顔を見合わせてみると、驚くほど普通というか、いい人たちだった。
また、そのランクに見合った強さを持っていて、個体で強い魔物も彼らの手にかかればそれほど時間をかけずに倒している。
なので、大物はロアさんや護衛隊長さん、「竜の咆哮」に任せるといった形が自然とできた。
ただ、それでも状況としては拮抗している、だろうか。
魔物をすべて倒し切ることはできず、こちらもそれほど被害はない。
本来なら体力とかを考えないといけないのだが、この戦いは世界樹が回復すれば終わりのため、それまで持てばいいのだ。
どちらかと言えば、焦っているのは魔物たちの側だろう。
それはダグもわかっているはずなのに――ダグは悠然と戦場となっている場所を世界樹に向けて歩いていた。
近場で戦っている人たちがそれに気付いてダグへと攻めるが、守るように魔物が現れて邪魔される。
このままダグを進ませるのは得策ではないので、俺が上から魔法を放とうと――する前に、ロアさんが突っ込んでいった。




