目を合わせてはいけません
大急ぎで森の国・フォレストガーデンに向かう。
約速通り、数日で戻ってきたのだが、様相は少し様変わりしていた。
「……あれは」
近付けばよりハッキリと見える。
世界樹のお膝元――王都・ツリーフがあると思われる場所から黒煙が立ち昇っていた。
それも一つではなくいくつも。
「アルムよ。これは不味いのではないか?」
「ああ、わかっている。急ぐぞ」
理由はいくつか考えられるが、どれも当たっていそうで状況の悪さが窺える。
さらに速度を上げて突き進む。
ただ、いくつかある懸念として世界樹の結界とエルフたちの反応がある。
森全体にかけられているという世界樹の結界は――問題なく通ることができた。
まあ、これは今更俺とアブさんを弾くとは思えなかったが、目に見えない以上、そこに割けるだけの力がなくなっている可能性もある。
上空から向かうので、森の中で迷うなんてこともなく、王都・ツリーフに辿り着く。
世界樹はいい目印である。
王都・ツリーフの結界は――どうやらさらに小さくなっているが効果はあるようだ。
ここに来た時に見た柵は壊され、新たな柵の中でエルフたちが戦っている。
戦っている相手は魔物の群れ。
ゴブリン、ウルフ、オークなど、数が多いモノだけではなく、サイクロプスやミノタウロスといった個体として強いのもちらほら見かけた。
魔物たちはエルフたちを邪魔だと思っているようだが、狙いはエルフではなさそうで、世界樹に向けて一直線というか、それ以外は目に入っていないような動きである。
だからか、エルフ側からの攻撃をあまり避けようとしないため、魔物たちは周囲の森から次々と現れているのだが、今のところはエルフ側の方が優勢で、現れるよりも倒される魔物の数の方が多い……ように見えた。
けれど、この状況がいつ変わるかわからない。
状況的に物資にも限度があるし、疲労が蓄積して一気に瓦解することだってあり得る。
この状況を維持することが非常に難しいことがわかっているため、迅速な行動が必要なのだ。
できるだけ早い内に事態を解決しないと、全滅してもおかしくない。
まずは事情をもっとも理解しているルウさんにどう接触すれば……と思った時、結界の外で戦っているエルフたちの中に護衛隊長さんの姿を見つけたので、戦いの邪魔にならないように上空から声をかける。
「護衛隊長さん!」
「――っ! アルムくんか1 見てわかるが話せる状況ではない! だが、話は大体聞いている! 神殿へ向かってくれ! そこで詳しい説明があるはずだ!」
「わかった!」
ここで俺が戦線に加わっても根本的な解決にはならないため、教えられた通りに神殿に向かう。
本当に話が通っているようで、俺が飛んでいてもエルフたちは一瞥するだけでとめるような真似はしなかった。
それどころではない、というのもある。
直ぐに神殿に着くことができて、ロアさんが待ち構えていた。
戦時中であると示すように、剣を携えている。
「そろそろ来る頃だと思っていたぞ!」
勘、だろうか。
それはそれで恐ろしい。
「どうなっている? どうして魔物が?」
「ルウ姉と一緒に説明するから付いてこい!」
ロアさんのあとに続いて神殿の中へ。
アブさんも共にだが……ロアさんは一瞥だけして何も言わないので、このまま一緒に行って大丈夫なのだろう。
そうして案内された部屋は中央に大きなテーブルがあり、その上には周辺の地形のようなモノが描かれた地図が置かれ、その周囲を仏頂面したエルフたちが囲んでいる――という、作戦会議室と言えそうなところだった。
ロアさんと共に俺が入って来たのを見たルウさんが、室内に居るエルフ全員に向けて素早く指示を出して一時的な退室を促す。
秘密裏にというか、アブさんが受け答えできるように、ということかもしれない。
退室するエルフたちから怪訝な表情は向けられなかった。
話が通っていたし、ある程度のことは伝え終わっている、ということか。
あと可能性として世界樹の精霊が何かした……は、ないか。
そんな余裕はないだろう。
そうして、この場に俺とアブさん、ルウさんとロアさんだけになると、早速状況を教えてくれる。
俺が出発して直ぐ、ルウさんはロアさんと共に世界樹の状態、それと改善するためにどうすればいいか、その時に起こることをエルフたちに説明した。
一応ではあるが、呪樹のことは伝えたが、アブさんのことは伝えていない。
俺がどうにかする、ということで話を終わらせている。
まあ、アブさんの存在はおいそれと言えるモノではないし、教えたら教えたで一悶着起こるだろうから、秘匿で正解だ。
魔力を注ぐ訳だし、俺がどうにかするのも別に間違っていない。
最初は物議になると思ったが、直ぐにルウさんが「これは世界樹の意思と言葉だ」と断言。
それでエルフたちは納得して動き出した。
普通のエルフなら何言ってんだ? とまず信じない話だが、「世界樹の巫女」という称号はそれだけの影響力を持つようである。
エルフたちは、まず戦える者――戦闘員と、戦えない者――非戦闘員とに分けて、非戦闘員は直ぐにウッドゲートに向けて避難した。
残った戦闘員は、魔物襲撃に対する準備を始める。
物資の確保や、結界の範囲を小さく――なくなっても守れる範囲をしっかりと維持するためにと準備を行いつつ、数名は森の中にある他の町や村、里へ協力をお願いしに向かったりと、迅速に進められていった。
けれど、問題が起こる。
小さくなく、大きな問題が。
それは、俺が注意しておいて欲しいとお願いしたダグである。
実のところ、捕まえてしまった方が早いのだが、注意だけに留めておいたのは、今回のことは規模が大き過ぎるため、他に仲間が居る可能性があると思ったからだ。
そう思うのは、光のレイさんの記憶でわかる、過去二回によるここに居ないはずの魔物の襲撃に関連性が感じられるから。
一回目の時に何かしらの目的があって失敗した者が、二回目にダグを利用して――という風に俺は見ている。
なので、下手に刺激すると何を起こすかわからないため、まずは注意だけ向けてもらったのだ。
ただ、俺はロアさんの行動力を見誤っていた。
時々突き進む時があると思っていたが、それが発揮される。
不穏なモノはできるだけ排除しておいた方がいいと、ダグを捕らえておくことを決断したのだ。
――で、逃げられた。
「………………」
俺とアブさんがジッと見ている間、ロアさんは申し訳なさそうに俯いたままだった。
ただ、ルウさんのうしろに怖いモノが……いや、見間違い。気のせい。蜃気楼だ。
「まあ、居なくなったモノは仕方ない。発想の転換だ。逆に、裏切り者はこちら側から居なくなったと思っておこう」
「そ、そう! その通りだ!」
「他に仲間が居るかどうかもわかりませんけれどね」
ルウさんの言葉に、勢い付こうとしたロアさんは再び意気消沈した。
これも仕方ない。
けれど、ルウさんは俺の考えを見抜いていたようである。
「まあ、居なくなったとしても、世界樹の治療を始めたら現れるだろ。それで、今襲撃してきている魔物は、やはり」
「ええ、ダグが姿を消してから現れるようになりました。クロ、確定ですね」
再びルウさんのうしろに……いや、目を合わせてはいけないナニかだ。
しかし、現状を考えれば……。
「こうなっていたのなら、さっさと始めるべきだと俺は思うが、どうだ?」
「ええ。私も同じことを思っていました。準備は完全と言えませんが許容範囲でしょう」
なら、さっさと世界樹の治療を始めてしまおうと、俺とルウさんは笑みを浮かべ合う。




