避難所は必要です
急いだ方がいいのは間違いない。
王都・ツリーフからウッドゲートまで戻るのもそれなりに時間はかかる。
なので、ここは一つ、もうここから出てもいいだろうか?
「ここから?」
ルウさんが首を傾げる。
どういうことでしょう? とか思っていそうだが、ロアさんはピンと来ていた。
「空から、ね」
その通りと頷く。
許可は出た――というより目を瞑ってくれた形だろうか。
本来は駄目なのだが、今は何よりも時間が惜しい。
ルウさんがこれから王都・ツリーフのエルフを集めて世界樹のことを説明するから、そこに注目が集まっている間に飛び立てということだ。
ただし、これまでそのようにして出て行った者は居ないため、結界がどう反応して、その結果でどうなるかわからないと言われる。
まあ、そこら辺は大丈夫だろう。
世界樹の方で上手くやってくれそうな気がした。
それと、ルウさんとロアさんがエルフたちを集める前に、一つだけ注意を促しておく。
詳しいことは言えないし、確証はないが、その動向に注意だけしておいて欲しい、と。
二人はそれもいずれ話してくれると思ったのか、深くは聞いてこなかった。
そうして早速ルウさんとロアさんが王都・ツリーフ中のエルフを集め、その間に俺は竜杖に乗って空へと上がる。
………………。
………………。
大丈夫だった。
特に何も起こらず、普通に上昇しただけ。
「上手く抜けた――いや、抜けさせてもらったようだな」
アブさんの言葉に頷きを返す。
上空に辿り着くのと同時に、「帰還」と竜杖に囁き、魔力もいつもより流してラビンさんの隠れ家へと大急ぎで戻っていく。
―――
ラビンさんの隠れ家に戻って来た。
まずは家の中に入って魔法陣に乗ってダンジョン最下層に向かい、事情を説明して……と今後の予定を頭の中で組み立てながら隠れ家の扉を開けると――。
「おかえり~。ご飯にする? ないけど。お風呂にする? ないけど。それとも……ボードゲームでもする? 盛り上がっているよ」
ラビンさんが出迎えてくれる。
ついでに言えば、リビングに置かれているテーブルを、腰布を巻いたスケルトン四体が取り囲んでいた。
「間違えました」
扉を閉める。
あれ? ここはラビンさんの隠れ家だよな?
いや、ラビンさんが居るんだから、それで間違っていないけど……ん? あれ?
アブさんにも聞いてみようと思うのだが、ラビンさんが居た段階で、空中で直立不動の姿勢を取っているため、多分使いモノにならない。
仕方ないと、確認のためにもう一度扉を開けようとする――前に、向こうから開けてくれた。
「いやいや、間違えていないよ。僕が建てた隠れ家なんだし」
間違っていなかったようなので、アブさんと共に中に入る。
「「「「おかえり~」」」」
そう声をかけてきたのは、腰布を巻いたスケルトン四体。
テーブルの上でサイコロを転がしたり、コマのようなモノを動かしているので、ボードゲームをやっているようだ。
ボードゲームに集中しているようなので、言葉は少しおざなりだった。
「た、ただいま」
そう返すので精一杯。
アブさんはボードゲームが気になるのか、そちらの方にスゥーっと向かう。
ラビンさんが怖いから離れた……とかではないよな?
というか、あのスケルトン四体は誰だ?
腰布を巻いたスケルトンに知り合いは……いや、待てよ。
あの骨の質感……色合い……削れ具合に曲線………………まさか!
「あれ? グラノさんたち?」
多分だけど、男性陣である。
「そうだよ」
ラビンさんがなんでもないように答えるので、思わず尋ねる。
「え? ここまで来れるの?」
「まあ、ここは僕が建てたからね。言ってしまえば、ダンジョンの一部なのさ。だから、来ようと思えばここまで来れるんだよ」
「そうなのか。それで……なんで腰布だけ? いつもの服装は?」
ラビンさんがどこか遠くを見るように、窓の外へと視線を向ける。
「彼女たちは次の工程へと移ったんだよ」
「彼女たち? 次の工程? ……まさか!」
「そう! 料理はこのまま各自が独自の方向性に進むことが決まり、次なる工程――洗濯へと移ったんだ!」
な、なんだってー!」
………………ラビンさんの雰囲気に合わせて驚いてみたが、それの何が問題なのだろうか?
寧ろ、料理よりも安全だと思うんだが。
「甘い! 甘いよ、アルムくん! きっと、キミは今、料理よりも安全と思っただろう!」
見抜かれている。
ビシッ! とラビンさんが無のグラノさんたちを指差す。
「彼らを見ろ! 自分たちの分を洗濯するついでだと身ぐるみを剥がされ、そのままあの場所に居たら何が起こるかわからないと、ここに逃げてきた彼らを! 洗濯になったからと安全だと思うのかい!」
「いや、それは……さすがに……」
え? 洗濯ってそんなに危険なことだっただろうか?
詳しく聞くと、女性陣が料理から洗濯に移り、最初は自分の服を使おうとしたのだが、だったら一緒に男性陣の方も洗濯しようとなったそうだ。
それ自体は、決して悪いことではない。
もちろん、男性陣もそういうことなら協力すると、素直に衣服を渡した。
しかし、そこで気付く。
骨だけとはいえ、そこは男女なのだ。
何かの手違いが起こってお互い真っ裸――骨だけだが――状態で会ってしまうと、それは社会的死に問われてもおかしくない事案である。
いや、普通はそんな手違い起こらないと思うが、ここは起こっても不思議ではない場所なのだ。
それに、男女共にスケルトンではない人も居る。
何か手違いがあっては遅いため、一時的に避難――距離を取ることにした、ということだった。
その通り、と無のグラノさんたちもボードゲームをしながら頷いている。
「なるほど。……あれ? そういえばカーくんは?」
ラビンさんと無のグラノさんたちがサッと視線を逸らす。
「……ラビンさん?」
「仕方なかったんだ。こうなった時、カーくんは寝ていてね。起こそうとしても起きないし、あの巨体を運ぶとか、さすがにできないしね」
「そうか……それは、確かに仕方ないな」
うんうん、とラビンさんと一緒に頷く。
そのまま寝続け、無事に難を逃れることを切に願う。
どうやら、下に行けるまでここで待つしかないようだ。
今の内に世界樹のことを相談しようと思った。




