動けない時は本当に動けない
体も鍛えられるので、丁度いいとエルフの護衛隊の鍛錬に加わる。
一員であるロアさんから護衛隊のことを聞いて判断するのなら、他国でいう衛兵や兵士、騎士のような役割の人たちのことを総称して、そう言うようだ。
本当にやることは多岐に渡っている。
ウッドゲートへの行き来、森の中の他の村や町までの行き来の護衛だけではなく、王都・ツリーフ内外の警備に、偶に森に入っての狩猟にとやっていることは多い。
その分、所属している人も多いそうだが、森の国・フォレストガーデンの一大戦力なのは間違いない。
説明を受けている時に気になったので尋ねたのだが、世界樹の守護は護衛隊の役割ではないようで、それはまた別のところが……という感じで、ルウさんはそっちに所属しているそうだ。
そこら辺は、世界樹に行けるようになった時に聞こう。
今は鍛錬である。
いつでも次の記憶と属性を受け継げるように、もっと鍛えないといけない。
「整列っ!」
実年齢はわからないが、見目麗しいエルフの中でもより精悍な顔立ちであり、細身ながら鍛えられた体付きの護衛隊長さんの号令で、護衛隊の面々が規則正しく並んでいく。
俺は号令を出した護衛隊長さんの右隣に立ってその様子を眺めていた。
その中にはロアさんも居る。
綺麗に並び終わったあと、護衛隊長さんはその様子をしっかりと見て頷き、口を開いて本日の報告のようなことを伝えていく。
当然というか、護衛隊はたくさんの役割があるので、この場に居るのが全員ではない。
今日鍛錬を行うのが今この場に居る人たちというだけで、現在王都・ツリーフの内外の警備を行っている者や、外に出ている者も居る。
そちらで挙がってくる報告の中で、共有しておいた方がいいものを伝えているようだ。
だからといって、そこまで堅苦しいモノではない気がする。
というのも……護衛隊の面々の護衛隊長さんを見る目は温かい。
理由は直ぐわかった。
まずはランニング――と走り出す際に――。
「隊長、頑張って」
「ファイトです、隊長」
「万が一にもないでしょうけど……カッコいいですよ、隊長」
と誰しもが、似たようなことを口にしてからランニングを始めていた。
中には激励するように肩を叩く者も居る。
これ……アレだ。
護衛隊長さんのルウさんへの想いがバレているヤツだ。
広まっていると言ってもいい。
隠し通せていたかどうかは怪しいが、少なくとも広まった原因であるロアさんは申し訳なさ、それと口走ってしまった羞恥からか顔を両手で覆っている。
いや、違う。
護衛隊長さんからの追及の視線から身を守っているのだ。
ちなみに、護衛隊長さんが浮かべているのは無表情であり、なんか怖い。
ロアさんは逃れるように護衛隊の面々のランニングに付いていく。
俺の監視はいいのだろうか?
「では、アルムくんも行こうか」
「あ、ああ」
笑みを浮かべてそう言う護衛隊長さんと共に、俺もランニングを始める。
本当に自分のせいではないが、申し訳ない気持ちになった。
心の中で、もう一度、強く生きてくれ、と護衛隊長さんに対して願っておく。
ランニングは王都・ツリーフの外周部を何周もするモノ。
速度が遅いとそれだけで終わってしまうので結構速い。
その上、王都・ツリーフを守る結界の外であるため、いつ魔物が現れても対応できるように護衛隊の面々は全員武装している。
もちろん、俺も竜杖を持っている。
でも、俺が身に付けているのはドラゴンローブ――つまり、言ってしまえば衣服だ。
防御力は衣服どころか鎧すら超えているが。
それに軽い。
対して、護衛隊の面々は武装ということで全身鎧を見に纏っている人も居る。
なのに……ぐんぐん離されていく。
まったく追い付けない。
それに息切れもまったくしていないようだ。
俺は既に息切れしているが。
「頑張れ、アルムくん!」
並走してくれている護衛隊長さんが励ましてくれる。
いや、今励ましが必要なのはあなたの方だ、と言いたかったが既に呼吸でしか口が動いてくれない。
代わりに護衛隊の面々が口にしてくれたが、無表情になった護衛隊長さんが爆速ダッシュ。
護衛隊の面々も逃走を図って、何度か俺を周回遅れにしていった。
……基礎が違い過ぎる。
そのあとも護衛隊の面々は体を鍛えるための筋トレに加えて、各々武器を扱う練習をし、最後に実戦形式の模擬戦まで行う。
俺はランニングでほぼ体力を使い切り、筋トレを始めて直ぐ限界がきた。
くっ。魔法なら負けないのに。
ちなみに言うと、護衛隊の中に居る魔法を専門としたエルフたちも、他の護衛隊とまったく変わらない身体能力を有していた。
……身体強化魔法を使えば負けない、とだけ言い残しておく。
「そうだな」
うんうん、と鍛錬に付いてきた半透明のアブさんが頷く。
肯定されると、それはそれで少し……。
負けるものかと踏ん張って立ち上がろうとするが無理だった。
魔物が来たらどうしようもないと思うが、その時はアブさんがどうにかしてくれるだろうと思い、倒れたまま護衛隊の鍛錬を眺める。
―――
「……はあ。動けなくなるまでやってどうするのよ」
護衛隊の鍛錬が終わる頃、ロアさんがこちらに来て、呆れたようにそう言ってきた。
「やるだけやって倒れたんだ。後悔はない」
「いい言葉のように言っているけど、状況を加えるとより情けなくなっているってわかっている?」
「理解はしている。だが、言ったことの後悔はない」
「そう。でも、口しか動かないのに、どうやって帰るつもりよ。ここで過ごすの? ちなみに、ここら辺なら狼の遠吠えとか普通に聞こえるわよ」
「………………」
どうしよう。
竜杖に乗って……乗るのも億劫だが、落ちるように下りることになるので、痛い思いをするのは間違いない。
アブさんなら狼だろうがなんだろうが駆逐できるだろうが、筋力がないので俺を運ぶことはできない。
持久力もないし。
さすがにこのまま置いていかれるのは寂しい……ので、お願いした。
「運んでください」
「………………はあ。貸し一よ」
「私が運ぼうか?」
護衛隊長さんがそう提案してきて――。
「この時間、ルウ姉は聖域の方に居るから家に居ませんが?」
「ロアくんに任せた! 頑張って!」
――直ぐ去っていった。
強く生きて欲しいと願ったことを取り消そうと思う。
結局、ロアさんが俺をおぶって運んでくれた。
ありがとうございます。
そうして鍛錬しながらさらに数日が経ち、漸く世界樹により近付ける許可が下りたので、さっそく向かうことにした。




