自分だったら両手で顔を覆ってしまう
光のレイさんとロアさんの姉――ルウさんが洗練された所作だと感じさせる一礼をして挨拶をしてくる。
「ルウと申します。ここフォレストガーデンにエルフ以外の方が来るのは随分と久しいですが、ロアが何かしらの迷惑をかけていないといいのですが」
「迷惑はかけ」
「ちょっとルウ姉! 別に迷惑なんてかけていないわよ!」
られた……と繋げたかったのだが、無理だった。
ロアさんよ。割り込みは良くない。
「アルムです」
ロアさんが落ち着いた頃に、自ら名乗った。
やはり、今からでも別のところで休めないだろうか?
宿屋はないし、他の家も難しいだろうし……野宿か。
まったく問題ないな。
「問題あります。それに、野宿しようにもさすがにツリーフ内部では許可が出ませんので、ツリーフの外だと危険ですよ。さあ、中にどうぞ。事前に連絡を受けましたが急遽ではありましたので用意が不十分かもしれませんが、どうぞ客室でゆっくりと休んでください」
「それはありがと……う」
あれ? 今俺野宿のことを口にしただろうか?
「諦めなさい。ルウ姉に隠し事はできないから」
ふふん! と胸を張ってロアさんがそう言ってくる。
光のレイさんの記憶でわかるが、それで光のレイさんだけではなく、ロアさんも散々泣いてきたというのに……多分、矛先が自分に向いていないから強気なのだろう。
断れる状況ではないので、観念して家の中に――。
「ほげげげげげ! あばばばばば!」
異常を知らせるような声が聞こえたかと思えば、それはアブさんだった。
振り返れば、空中で電撃でも浴びているかのように震え痺れていて、そのまま地面に落ちる。
……陸に上げられた魚のようにびくんびくんしているのだが、骨と骨がぶつかり合ってカタカタと音が鳴っているのが……どこか寂しげに聞こえた。
「えっと……ここにも結界が?」
ルウさんに確認の視線を向けると、ニッコリとした笑みを見せてきた。
「もちろん、ありますよ。姿も見せず、名乗りもしないような、不法に侵入してこようとする者を痺れさせてしばらく動けなくするモノが」
「ほ、骨にもビリッときた……」
いや、骨しかないだろうが、アブさんの呟きに思う。
しかし、殺傷能力はないが、ある意味というか別の意味で殺傷されそうだ。
侵入者が公衆の面前に晒される訳だし、公開処刑、と言い換えてもいい。
「俺は平気だったが?」
「私が許可を出しましたので」
「これは、フォレストガーデンならどこもこうなのか?」
光のレイさんの記憶にはなかったが、これが今の標準なのだろうか?
答えは否だった。
「いいえ。これは私独自の結界です。お姉ちゃんとして、ロアの身を守るための」
「またその話? やめてよ」
「いいえ、やめません。ロアは美人なのだから、その身を心配するのは家族として当たり前です。その美貌に惑わされて狂うのが居るかもしれませんから、当然の対処です」
俺から見るとどちらもどっちなのだが。
とりあえず、アブさんの様子を見ておくか。
「だから、私は大丈夫だって! そんなのが来ても一撃だから! 寧ろ、何かしらの対処をするのならルウ姉の方だから!」
「そんなことないわよ。お姉ちゃんよりロアの方がモテるわ。護衛隊のアイドルだって知っているわよ」
「はあ? 誰がそんなことを!」
「護衛隊長さん」
ルウさんの返答を聞き、ロアさんが力なく項垂れて、ルウさんの両肩に手を置く。
「いやそれ……ルウ姉。それは私をダシにして、ルウ姉と話そうとしているだけだから」
「そうなの?」
「そうよ」
……う~ん。アブさんを介抱しつつ聞こえてきた内容を考えると、できることなら、それは家の中で話した方がいい気がする。
それでなくてもエルフしか見かけないここで俺という存在は居るだけで目立つし、何よりここは開け放たれた場所ではない。
住居がそこらにあるのだ。
周囲からなんだなんだとこちらを窺う視線が向けられているし、ご近所の奥さんと思われる女性のエルフは窓から顔を見せて、あらまあ、そうなの、と言わんばかりの表情だ。
間違いなく、明日にでも護衛隊長の恋話は多くのエルフに広まりそうだ。
いや、既に知られている可能性もあるが、話のタネの一つになるのは確実だろう。
まだ見ぬ護衛隊長……強く生きてくれ。
今はそれよりもアブさんとこの状況の回避だ。
「そこら辺の話は家の中でした方がいい。それと、このままだと衆目に晒され続けることになるから、アブさんの紹介はできない。今は家の中に入れることを許可してくれないか?」
俺の言葉で状況に気付いたのか、ロアさんは顔を真っ赤にし、ルウさんは――そのままだと!
「それもそうですね。事情があるようですし、いいですよ。では、改めてどうぞ」
「ほら、さっさと入るわよ!」
真っ赤な顔のままのロアさんに引っ張られるようにして、俺とアブさんは家の中に入った。
案内されたリビングは陽光が降り注ぎ、置かれている家具も落ち着きがあってスッキリとしている。
それに、家の中は優しい樹木の匂いが感じられて、なんというか心が落ち着いた。
アブさんも同様だったようで、深呼吸のような動作をして、漸く痺れたことから解放されたような雰囲気だ。
「それでは、まずは紹介してもらえるかしら?」
ニッコリと笑みを浮かべるルウさん。
半透明だったアブさんが、しっかりとその姿を現す。
「お初にお目にかかる。『絶対的な死』。アブさんと気軽に呼んで欲しい」
「ええ、わかりました。ルウと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
一礼するルウさんに対して、俺とアブさんは顔を見合わせた。
なんというか、普通に受け入れている。
リノファのように骸骨好きという訳ではなく……こう……動じない、だろうか。
まあ、ロアさんのように変に警戒されても困るけど。




