どうしようもない性ってことか
森の国・フォレストガーデンの王都・ツリーフは、ただ森の中にあって、その中央に雲よりも高い巨大な樹があること以外、他の町や王都となんら変わらない。
いや、木造が多い……かな。
あとは、他の王都だと高い壁が外敵から内部を守っているが、ここは違う。
衝立のような柵と光輝く街灯があって、光のレイさんの記憶によると、その街灯の光輝く部分が世界樹の樹液が化石化し、宝石化したモノ――世界樹の琥珀であり、それを等間隔に置いて王都・ツリーフを守る強力な結界となっているため、高い壁は必要ない。
……はずだが、記憶との齟齬があった。
一回り……いや、二回りは王都が小さくなっている。
元々他の王都と比べても同じくらい大きいが、人口の数は比べると少ない。
なので、二回り小さくなっても問題ないと言えば問題ないのだが……何かあったのは間違いない。
何しろ、外周部――柵の外には打ち破られたような壊れた柵と、崩れた家屋が残っている。
古さのようなモノは感じられないので……最近何かあったのかもしれない。
聞いても答えてくれるかどうかは微妙だな。
ただ、幸いと言っていいのか、暗さのようなモノはなかった。
王都・ツリーフの門は変わっておらず、門番として立っているエルフたちに挨拶しながらエルフの集団は先に入って解散。
我が家に帰っていったのだろう。
俺はというと、アブさんと待機。
ロアさんが門番たちに、俺のことを説明している。
アブさんのことは秘密にしてくれるようで何より。
「……こっちよ」
許可が出たようなので、そのままロアさんのあとを付いていく。
ふとうしろを振り返れば、アブさんはそーっと……まずは指先だけ王都・ツリーフの中に入れ、そのまま腕まで入れて……ホッと安堵してから付いてきた。
その姿を「魔識眼」で見ていたロアさんがくすりと笑い、俺とアブさんをもっと中に入るように誘導する。
誘導した理由は直ぐわかった。
王都・ツリーフの中に入るとよく見える。
「それで、あれが世界樹か」
王都・ツリーフの中央付近にある、雲よりも高い巨大な樹を視界に捉えながら尋ねた。
光のレイさんの記憶で知っているのだが、触れておかないとおかしいと思い、あえて言葉にする。
「そうよ。そして、私たちエルフが守り、守られる守護的存在。象徴ね」
それは……よくわかる。
アブさんが喋ったことにロウさんが驚いていたが、その気持ちがよくわかった。
確かに、知識と知っているのと経験として知るのとでは違うかもしれない。
あと、なんか歓迎されているような気がするのだが……いや、これは気のせいだな。
しばらく世界樹を眺めたあと、ロウさんの案内で移動を開始する。
「それで、これはどこに向かっている?」
「私とルウ姉の家よ。監視の意味も含めて、あなたを家に泊めるから」
「いや、宿屋で構わないんだが」
「見てわからないだろうけど、ここに宿屋はないわよ。外から来る人なんて居ないからね。なんなら、野宿でもする?」
「いや、屋根と壁は欲しいので、そこでお願いします。宿賃、払った方がいいか?」
「それじゃあ、全財産で」
「ここぞとばかりにふんだくる気満々だな」
「冗談よ」
そうして辿り着いたのは、王都・ツリーフの中心部――世界樹の近くにある大きな家。
木造なのは他のと変わらないが、それでも他の家と比べて倍は大きい。
そんな大きな家の前に、一人の女性が出迎えるように立っていた。
輝く金色の長髪に、慈愛に満ちた優しげな顔立ちの、おっとりとした女性。
何かしらの強い力を感じられる木製の杖を持ち、司祭のような衣服を見に纏っているが、豊満な胸は隠しきれていない。
寧ろ、強調しているように見えた。
「おかえりなさい。ロア。無事で良かったわ」
慈しむような眼差しでロアさんを迎えるのが、光のレイさんとロアさんの姉である――「ルウ」さんだ。
「ただいま。ルウ姉。大丈夫よ。そこらのヤツより私の方が強いんだから」
抱き合う姉妹。
その光景は、本来尊いモノとか、そういう風に映るかもしれない。
けれど、別のことを気にかけていた俺としては、その格差がより……いや、こういうのはどっちがいいとか明確なモノはなく、個人の主観でいくらでも変わる訳であって……。
「初対面なのにどこを見ているのですか?」
突然、ルウさんにそう声をかけられる。
まさか、俺の視線に気付いて……いや、同僚だったメイドさんたちも言っていた。
意外と視線というのは察知されやすく、どこを見ているかなんて相手にバレバレで、目は口ほどに物を言っている、と。
向けられる視線の位置は大体同じでわかりやすいらしい。
まあ、わかっていても見てしまう……というのはどうしようもない性なのかもしれない。
ここは素直に謝っておくべきだと直感が告げてくるので、失礼しました、と頭を下げる。
何故なら、なんというかルウさんから圧を感じるからだ。
逆らってはいけないような……そんな圧を……。
光のレイさんの色々とやらかしてその度にしかられていた記憶もあるため、余計に……かもしれない。
記憶に誘導されるまま、素直に謝ったのだ。
「……何故でしょう? まるでレイに謝られているような気がします」
その言葉に反応しそうになるのを無理矢理抑え込む。
……なんか見透かされているような気になる。
「ええ? どこが? 全然似ていないよ、ルウ姉」
ロアさんがそう言う。
いいぞ。もっと言え。
「そうかしら? ……そうよね。レイは私を前にすると何故か直ぐ謝るから、そういう風に見えてしまっただけかもしれないわね。失礼しました。もう気にしておりませんので、頭を上げてください」
頭を上げるが、なんかこう……胃が痛い気がする。
火のヒストさんの時は面識がある――そもそも伝わっていなかったけれど、直接面識のある人と接触するというのは……なんか疲れる。
ここに泊まるということは、これからもそういう機会があるかもしれないってことか。
……野宿の方が休めるかもしれないと思った。




