これじゃないと、というこだわりは誰だってある
「ウチの商会の者が世話になったし、何か困った時に商会の力が必要になったら立ち寄りな。支店全店に伝えておくよ」
救ったお礼を言われたあと、六十代くらいの女性が俺にそう言ってきた。
力になってくれるというのは嬉しいが……。
「えっと、支店全店? そんな大きな商会なのか?」
思わずそう言ってしまうが、六十代くらいの女性はニヤリと笑みを浮かべ、三十代くらいの夫婦とその娘は苦笑を浮かべた。
「もう一度名乗ろうかね」
「はあ」
「私は『ヴァネッサ・ギャレージ』。ギャレージ商会の商会長だよ」
………………。
………………。
「ギャレージ商会! あの!」
「この名の商会はウチしかないね。他にはないよ」
そう言われるが、それどころではない。
ギャレージ商会とは、言ってしまえば世界一の商会……と言われている商会だ。
小物から大物までなんでも用意できると言われていて、特に女性向け商品では他の追随を許さない高品質らしい。
というのも、俺は立ち寄ったことはないが、フォーマンス王国も王都に一店あって、元同僚だったメイドさんたちによると、他とは比べ物にならないレベルだそうで、その分お値段もするらしいが、それ以上の効果があると言っていた。
贈り物はここのがいい。ここでないと駄目。と言われるほどに。
それだけ名が通っている商会であり、本当に各国に一店はあると言われている。
商業業界において、間違いなく一番上に居る商会だ。
「……はあ。まさか、あのギャレージ商会の商会長と会うことになるとは。人助けはするもんだ」
「別に、それだけで会った訳ではないよ。寧ろ、普通は当事者だけに任せて私は会わないね。今回は特別なんだよ」
「というと?」
「弟子からの連絡で、あんたのことを知っていたからね。珍しく、知り合っておいて損はない、と熱弁を振るうもんだから、興味を抱いて会ってみただけさ」
「弟子?」
「シャッツは私の弟子だよ」
「ええ!」
つまり、この目の前の人が、シャッツさんの師匠ということか……。
「それは……苦労してそうだな」
「あっはっはっはっ! それは当たり前だね。師匠は弟子に厳しくするものさ。その分、期待しているってことだからね」
今では冒険者の国・トゥーラの商業ギルドを牛耳っているようなモノだから、シャッツさんはその期待に応えているようなモノだな。
そのあとは、ウチの商会員を助けてくれた礼として、何か困ったことがあったら協力しようと言ってくれて、全員部屋から出ていった。
色々と後始末があって忙しいのだろう。
世界一の商会を敵に回すとか……その国は下手を打ったモノだが、自業自得だな。
それよりも問題なのは、俺の現状だ。
ここに一人残されたけど、どうしよう。
いや、正確には一人ではない。
「アブさん。これは、もう好き勝手歩いていいということだろうか? 放置された訳だし」
「そういう訳ではなさそうだぞ」
アブさんがそう言うのと同時に、扉が開かれる。
入って来たのは――光のレイさんの妹。ロアさん。
こうきたか……と思わず頭を抱えてしまう。
「その態度……何かあると言っているようなモノだと思うけど?」
「いいや、何もない」
ここは否定しておく。
そのまま流れるように室内を確認。
いざとなれば、窓を突き破って逃げるのも一つの手だな。
「逃げたいならお好きにどうぞ。やましいことがあると判断して、捕縛の手配をさせてもらうわ」
むう……地の利は向こうにあるようだ。
さすがに手配されるのは嫌なので、ロアさんと対峙する。
先に口を開いたのはロアさん。
「今更だけど、名乗っていなかったわ。ロアよ」
「あ、ああ、そうだったな。アルムだ」
そういえば、俺が一方的に知っているだけだったな。
危ない危ない。
迂闊なことを言う前で良かった。
「それで、私がここに来た用件はわかっているわよね?」
「まあ、大体は。最初に言っていた、人の身で持ちえないような魔力を俺が持っているって言いたいんだろ?」
「その通りよ」
相手は確信を持っているし、実際に事実であるからやりづらい。
「魔識眼」で誤魔化しもできないし。
まだ言わないのは決めているが、どうしたものか……と悩む。
「それで、話してくれる気はある?」
「……話すも何も、言っていることの意味がわからないが?」
「『魔識眼』を知っていて、そんな誤魔化しが通用すると思っているの?」
「まあ、するかしないかで言えば、しないだろうな。だからといって、思い当たることがなければそもそも誤魔化す必要はないと思うが?」
「………………」
「………………」
ジッと見てくるので見返す。
これはアレだろ? 先に目を逸らしたりとか、笑った方が負けってヤツだろ?
負けない、と決して目を逸らさず、表情も変えない。
「………………まあ、いいわ」
先に折れたのはロアさん。
勝った! と内心で拳を握る。
「元々、こういう尋問のようなモノ、私苦手なのよね。得意じゃないのよ」
諦めてくれたようで何より。
光のレイさんの言う通り、確かに妹さんは「魔識眼」という特殊な眼によって鋭かった。
しかし、勝ったのは俺だ。
「エルフの仲間を助けてもらったのは事実であるし、きちんとお礼もしたい。あなたさえ良ければ、フォレストガーデンに入らない? 世界樹も間近で見られるわよ」
おっ、話の流れが変わったな。
けれど、これはいい流れで、好都合だ。
「入れてもらえるのなら入りたいな」
そう答えると、ロアさんの眼がギラリと光った気がする。
「そう。人をフォレストガーデンに入れるとなると色々と手続きが必要だし、一度受けると断れないけれど、それでも行きたいのよね?」
「ああ、頼む」
「わかったわ。これで言質は取ったわよ」
「……ん? 言質?」
何か話の流れがまた変わった気がする。
「歓迎することに変わりはないけれど、あなたのことはルウ姉に任せることにするわ。ルウ姉はこの手の尋問とかが得意だから、応援はしてないけど頑張ってね」
ニッコリ、としてやったりな笑みを浮かべるロアさん。
なんだろう……負けた気分だ。




