憶えていてもその通りにするとは限らない
フードを目深に被った者がフードを取った。
輝く金色の長髪を後ろで一つに纏めて流すように垂らし、少し目がつり上がった勝気な目付きの凛々しい顔付きで、これまでの動きを見るに、多分非常に引き締まった体付きをしていると思う。
人で言えば二十代くらいの美しい女性だ。
服装は動きを重視した軽装で、胸は……光のレイさんの記憶の中に居る彼女とそれほど変わっていないように見える。
そんな彼女が――光のレイさんの妹。「ロア・ツリーワルド」。
今はミィナと呼ばれた女性のエルフと話しているが、彼女は俺が光のレイさんの魔力を持っていると気付いている。
正確には、「魔識眼」と呼ばれる魔力を見る眼で識別しているので、誤魔化しはできない。
勘違い――で通用はしないだろうな。
どうしたものか。
光のレイさんからは俺に任せると言っていたけど、伝えていいものかどうか……。
少なくとも、今は言えない。
世界樹のこともそうだが、もう少し状況を見極めてからがいいと思う。
……あいつがまだ居るかもしれないし。
そうして、どう対処するべきかを考えつつ、子供の男女のエルフに「通りすがりの凄腕魔法使い」と正しく言わせようと奮闘していると、別のところから声をかけられる。
「あんたが、通りすがりの凄腕魔法使いかい?」
「そう、それ! いいか。今のが正しい言い方だ。『通りすがった』みたいな過去形でもなく、『剛腕』、『敏腕』といった似たような意味の似たような言葉でもなく、『通りすがりの凄腕魔法使い』が正しい発音だからな」
正しく発音してくれた六十代くらいの女性の横に立って、これが見本だと示して子供の男女のエルフにきちんとそう告げる。
「「はーい!」」
返事だけはいい。
ただ、絶対わかっているけどそうする意思はない気がする。
もう好きなように呼ばせるしかなさそうだ。
「ところで、どちらさま?」
隣に立つ六十代くらいの女性に尋ねた。
白髪交じりの灰色の髪を後ろで一つに纏めて、眼光は鋭い顔付きに、見てわかるほど仕立ての良い衣服を見に纏っている。
なんというか、どことなく風格があるというか、威圧感があるというか。
先ほどまではこの部屋の中に居なかったのだが、この場所を考えるとエルフと交易できる誰かか、メド国の関係者だろうか?
六十代くらいの女性は俺の顔を見て、はあ……と息を吐く。
「その杖や服にバッグは普通ではないようだけど、それを身に付けるあんた自身は……本当に凄腕なのかね。聞いた限りだと、もっと雰囲気がありそうな印象なんだけどね」
印象なんの? と思うが、六十代くらいの女性は扉の方に向かい、付いてきな、と頭を振る。
……俺? と自分を指差すと、頷きが返ってきた。
どういうことだろう? と思うのだが、六十代くらいの女性は有無を言わせない迫力のようなモノを発し出し、俺も今は光のレイさんの妹のロアさんにどう接すればいいのかわからないので、付いていくことにする。
「じゃあな」
「またな、通り過ぎてしまった兄ちゃん」
「またね、辣腕のお兄ちゃん」
うん。子供の男女のエルフはまったく憶える気がないようである。
寧ろ、ここまで外してくると、逆に憶えているだろうと言いたくなった。
そうして、六十代くらいの女性に付いていく。
もちろんアブさんも付いて来ているが、交易所の中は興味一杯なのか、色んなところに顔を突っ込んでは内部の様子を見ているようだった。
付いていった先は別の部屋で、そこで高級そうな椅子に座り、同じく高級そうなテーブルを挟んで六十代くらいの女性と向かい合う。
「えっと……」
付いてきておいてなんだが、この人は誰だろう?
「私は『ヴァネッサ・ギャレージ』。あんたが倒した誘拐犯たちを手引きした商人が所属する商会の商会長だよ」
「は、はあ……」
つまり、誘拐犯側? ……とは違うようだ。
もしそうなら、そもそもここでこうして会っていないだろうし。
まあ、会っている理由はそもそもわからないが。
「なんで、て顔だね」
「いや、まあ」
「きちんと説明するから安心しな」
それなら安心である。
そうして話を聞く。
まず、誘拐犯たちは少し強めにお話しすると、簡単にゲロッたそうだ。
それで色々と裏がわかった。
誘拐犯たちの所属は、これまで何度かメド国との間で争いを起こしている国で、今回はその一つだったそうだ。
要は、メド国管理の下でエルフが居なくなったことを、本来よりも大きな問題として喧伝して国際的な地位を落とすことが目的だったらしい。
ついでに、エルフの魔石加工技術も手に入れば儲けものだ、と。
ただ、メド国は本当に厳重管理なので、早々エルフに手は出せない。
俺が訪れた時のようにまず会うことは不可能だ。
なので、会えることができる者に手を出した。
それが、目の前に居る人の部下。
その部下と共に来ていた家族を人質に取って言うこと聞かせ、誘拐犯たちが交易所に侵入したそうだ。
人質に取られた家族というのが、昨日エルフ三人と一緒に居たという二人。
部下の妻と娘だったそうだ。
昨日一緒に助け出した訳か。
あの時、きちんと伝えて良かったと思う。
その部下と妻と娘からも、あとでお礼を言われるそうだ。
いいことしたな。俺。
ただ、そうなると――。
「その、部下という人はどうなるんだ?」
「別にどうもしないよ。エルフ側ともメド国側とも、既に話はついている。まあ、さすがにエルフとの交易には今後参加はさせられないけれど、商会には他にも仕事があるからね。そっちに回すさ。優秀な方だから、それでも上手くやるよ」
六十代くらいの女性が剣呑な雰囲気を発する。
「それに、悪いのはウチの商会の人間に手を出してきた敵国の方さ。しかも、家族を人質に取るなんて手段を行ったんだ。キッチリと落とし前をつけさせてもらうよ」
やる時はやる――そんな凄みを感じる。
少しばかりの恐ろしさと共に。
あれ? なんか部屋の中が少し寒くなったような……。
暖かい日差しを浴びたいなあ……と思っていると、ノック音が響き、三十代くらいの男女と十にも満たない小さな女の子が入ってきた。
男性が六十代くらいの女性に「彼が?」と問いかけ、頷きが返されると、男女と女の子が俺にお礼を言ってくる。
件の商人とその家族のようだ。
お礼を言われて、いいことしたなと暖かい気持ちを抱くと共に、部屋の中も暖かくなったような気がする。




