慣れればどこだって都
攫われたエルフ三人と、共に居たという二人は無事に救出され、フードを目深に被った者と兵士さんの二人がどこかに連れて行った。
多分、安全なところに向かったのだろう。
三十代の兵士さん一人がここに残った形だが――。
「通りすがりの凄腕魔法使い。今、応援がこっちに向かっているから、できればそれまでここに居てくれると助かるんだが?」
そうお願いされたので残ることにした。
エルフを攫った者たちとその仲間たちはきっちりと昏倒させているので大丈夫だと思うが、ここで協力的な姿勢を見せれば、あとでエルフに会えるかな? と打算的な考えもある。
それに、この三十代の兵士さんには親切にされたから、そのお返し――といったところか。
ほどなくして陽が落ち、応援の兵士たちがやってきて昏倒している八人が連行されていく。
きっとこのあと尋問とか色々されて情報を吐かされるのだろう。
まあ、俺にはもう関係ない話だと思うが、同時に俺がこの場に居る必要性もなくなる。
ここで問題が一つ。
ウッドゲートは人が賑わっている町で、既に陽が落ちている。
宿、取れるだろうか?
それに、取れたとしても安全かどうか………………なので、三十代の兵士さんにお願いしてみた。
「いや、別に構わないが……本当にいいのか?」
「ああ。安全だし、慣れてるというのも変だが、特に気にならないからな」
牢屋に出戻って寝泊まりすることにした。
幸いというか、他に人が居なかったので、落ち着いて眠れる。
「なんか落ち着く……」
環境による影響か、アブさんのそんな一言が聞こえた。
―――
………………なんか呼んでいるような声が聞こえたので、目を開ける。
ここは……牢屋か。
……え? 俺、捕まったのか?
一瞬、思考がそう捉えるが、直ぐに思い出す。
自分でここに泊まったことを。
小さな窓から陽の光が差し込んできているので朝だとわかる。
「起きたようね」
聞こえてきた声の方に振り向くと、鉄格子の向こう側にフードを目深に被った者が居た。
「こうして見ると、どっちが牢屋に入っているのかわからないな」
「まだ寝ぼけているようなら冷水でもぶっかけるわよ」
それはやめて欲しいので、立ち上がって体を伸ばし、牢屋の扉を開ける。
もちろん、鍵はかかっていない。
外に出ると、フードを目深に被った者の態度が……どこか……変だ。
何か、言いにくそうにしている。
「どうした?」
「……その……昨日は、助かったわ……ありがとう」
とても嫌そうな雰囲気で言われた。
多分、これは自分の意思ではないと思う。
言われている感が強い。
誰か、逆らえない人とかに、そう言うように言われたような気がする。
「どうも」
といっても、俺がそう感じるだけで実際は違って感謝するのが下手なだけかもしれない。
「それで、わざわざ起こしに来たってことは、俺に何か用でもあるのか?」
「……ええ、そうよ。ミィナ……昨日助けた私の友達たちと、その時一緒に居た人たちがあなたにお礼を言いたいそうよ。でも、あなたは許可証を持っていない。だから、私が迎えに来たのよ」
「なるほど」
「ただ……それも行くのかしら?」
フードを目深に被った者が指し示したのは、アブさん。
アブさんも見られているとわかってはいるが、突然示されたことにビクリと肩が跳ねている。
「ああ。誰かに見られている訳ではないし、問題ないだろ」
置いていくことは絶対ない、という意志を込める。
フードを目深に被った者は考えるように唇に手を当て――。
「……わかったわ。でも、それが何かすれば責任はあなたに取ってもらうことになるけれど?」
「どこにも問題はないな」
な? と視線を向けると、アブさんは問題ないと胸を張って頷く。
「はあ……それじゃあ、案内するから付いてきて」
何かを諦めたような息を吐いて、フードを目深に被った者のあとを付いていく。
―――
辿り着いた先は、昨日最後に立ち寄った、ウッドゲートの中で一番大きな交易所。
入口に親切だった三十代の兵士さんの姿はなく、他の兵士の姿があった。
昨日は忙しかったし、休んでいるか、何か別のことを行っているのだろう。
交易所の中に入ると、受付があって、色々と書かれた紙がいくつも張り出されている掲示板があり、軽食が取れそうな場所もあるなど、ギルドと似たり寄ったりといったところだった。
あと、職員らしき人たちがひっきりなしに動き回り、なんかバタバタとしている。
「昨日のことがまだ片付いていないのよ」
フードを目深に被った者が、交易所内の様子を見ていた俺に向けてそう言ってきた。
捕まった八人への尋問は終わっているだろうし、そのあとのことが終わっていないのだろう。
そうしてフードを目深に被った者の案内に従って付いていくと、交易所の中にある一室に入る。
そこに、三人のエルフが居た。
女性が一人と、子供の男女が二人。
「ほら、ミィナ。連れて来たわよ」
フードを目深に被った者がそう言うと、女性のエルフが「助けてくれてありがとう」と心のこもった言葉を送ってくれる。
うんうん。いいことしたなあ、と思った。
フードを目深に被った者からは、この気持ちが届かなかったとも。
「ありがとう、凄腕の兄ちゃん!」
「……ありがとう、通りすがりのお兄ちゃん」
子供の男女エルフからもそう言われるが、少し待って欲しい。
特に女の子エルフの方。
そこだけ切り取るのはどうだろう? できれば、二つを繋げて魔法使いという言葉を足して欲しい。
男の子エルフの方も、それだけだと少し意味合いが変わってきそうだと思い、きちんと言わせようとした時、女性のエルフがフードを目深に被った者に話しかける声が聞こえてくる。
「『ロア』も、きちんとお礼を言ったんでしょうね?」
「い、言ったわよ! ……渋々だけど」
思わず、そっちに顔を向けてしまう。
女性のエルフの言葉に答えていたフードを目深に被った者が、そのフードを取る。
本当に渋々だったのだとわかる表情を浮かべた、女性のエルフだった。
でも、それは問題ではない。
名が「ロア」で、女性のエルフ……確かに、その面影はある。
記憶の中にある女の子エルフが成長した姿と言われれば、確かに納得できた。
フードを目深に被った者は……彼女は……光のレイさんの妹だ。




