その一言はとても大事だと思う
「つまり、あの赤い屋根の家の中に捕らわれているということですか?」
兵士の一人が、フードを目深に被った者に尋ねる。
「ええ。嘘ではないでしょう。超常の存在が、わざわざそのようなことをする意味がない。それに、一般家屋にしては内部に人が居過ぎている」
アブさん。超常の存在だってよ。
少し嬉しそうに照れている。
ところで、捕らわれているエルフ三人以外に、そんなに人が居るの? と小声でアブさんに尋ねてみると、エルフ以外に居るのは十人だと教えられた。
確かに多い。
ただ、十人の内の二人は、エルフ三人と共に捕らえられているそうだ。
どういうこと? と思うが、アブさんに事情を聞いてもわからない。
わかるのは、敵が八人で、今ここは居るのは、俺、アブさん、フードを目深に被った者、三十代の兵士さん、一般兵士さんが二人の、計六人。
数という面では足りないということである。
だからこそ、安易に強行を選択できないのだ。
それともう一つ。
「けれど、私の眼で攫われた三人は知覚できなかったから、何かしらの対策を打っているのは間違いない。突発的ではなく、計画的。あなたたちメド国が裏切ったか、あるいは、あなたたちの国が選んだ誰かが裏切ったか」
フードを目深に被った者の言葉に、兵士たちが沈痛な表情を浮かべる。
まあ、攫われたのがエルフで、エルフに会えるのはメド国が認めた人に、決められた場所だけのようだから、そうなるよな。
ただ、エルフ三人と一緒に居るという二人は見えていない模様。
「……まあ、なんらかの事情があるかもしれないけれど、それは捕らえればわかること。それは、わかっているわね?」
フードを目深に被った者の言葉に兵士さんたちが頷いて、行動の話し合いが始まる前に、俺が口を開く。
伝えておかないと、余計な混乱を招きそうだし。
「誰かはわからない。ただ、エルフ三人の側に同じく捕らえられている二人が居るみたいだ」
俺の言葉に、兵士さんたちは疑心に満ちた目を俺に向けてくる。
ただ、フードを目深に被った者だけは違う。
アブさん――超常の存在から聞いたのだとわかっているからだ。
「……確かなのね?」
「間違いない」
「そう。なら、信じるわ」
「ですが!」
兵士の一人が声を上げるが、フードを目深に被った者は問題ないと兵士さんたちを諭す。
超常の存在とか、迂闊なことは余計な混乱を招くだけで、この状況でそれは得策ではないとわかっているのだ。
「大丈夫だ。責任は私が持つ」
フードを目深に被った者はそれで黙らせ、兵士さんたちを交えて作戦会議を始めた。
言うべきことは言ったので、今の内に気になることをアブさんに尋ねる。
「どうやって『魔識眼』から知覚できないようにしているんだ?」
「知覚できないようにするのは簡単だ。魔力を見ているのだから、その魔力を見せないようにすればいいだけ。あの家の床には魔力封じの魔法陣が描かれている箇所があった。その上に居させているのだ」
魔力自体を封じればいいのか。
それ自体は、確かに既に技術として確立されている。
衛兵や兵士が犯罪者を連行する際に用いられる簡易道具型と、国が魔法を使える犯罪者を牢屋に閉じ込めておくための設置型の二つが主だろうか。
……まあ、どちらも秘匿技術なので、構造までは知らないが。
それに簡単には持ち出せないと聞くし、何かあった時の責任も重いはず。
ただ、どちらにしても、個人どころか組織クラスでもどうにかできる物ではないので……国が関わっていると思われる。
……なんか、裏は大きそうだ。
それでも、捕らえられている人たちは助け出したい。
打算的だが、これで繋がりとなって、森の中に入れるようになるかもしれないし。
なので、俺としては積極的に関わりたいが……作戦会議は難航している。
失敗するとこちらだけではなく、そのまま攫われたエルフにも被害が出る――ということになるため、思い切った行動が取れないようだ。
………………。
………………。
仕方ない。
ここは俺が一肌脱ぐか。
「わかった。なら、俺に任せてくれ。こう見えても、通りすがりの凄腕魔法使いだ」
「あなたは黙っていなさい。それに何? 通りすがりの凄腕魔法使いって、ふざけているの?」
怒られた。
全否定された気になる。
ただ、本当にこの事態をどうにかできるのだ。
それに、そろそろ陽も落ちそうだし、時間をかけると闇に紛れて、という可能性も出てくる。
フードを目深に被った者に説明しても納得するかどうかは怪しいので、やるなら今しかない。
通りすがりの凄腕魔法使いだと教えてやる、とやる気を注入。
要は、一度に八人を倒せばいいのだ。
ここ数日の練習の成果を見せる時である。
竜杖に乗り、アブさんと共に飛翔。
フードを目深に被った者と兵士たちが何か言っているようだが、今は無視。
「どうするのだ?」
俺が一人行動に移ったので、アブさんが普通に声をかけてくる。
姿は隠したままだが。
「八人の居場所を教えてくれ。できるだけ一人で居るヤツから。上から狙い撃つ」
「ああ、なるほどな」
俺が何をしようとしているのか、アブさんはわかったようだ。
なんてことはない。
言葉通り、上から魔法をおみまいするだけ。
横からでなく上からなのは、横だと人が重なっている場合があるが、上からだとそれがないのと、上からなら頭部に当てて昏倒させやすいからである。
そのため、放つ魔法の威力はできるだけ抑えたモノの予定だ。
俺だけなら位置はまったくわからないが、アブさんなら気配はわかるし、何より直接見ることだってできる。
それならアブさんが直接やればとも思うが、その場合相手は死亡している確率が高い。
アブさんは、基本即死だからである。
情報源として、できることなら生かしておいた方がいいだろう、という判断だ。
赤い屋根の家の上に移動し――。
「『白輝 光が集いて ただ実直に突き進み すべてを穿つ 光弾』」
指先に光が集まってくる。
ただし、今のままだと強過ぎるため……深呼吸。
これがここ数日の練習で習ったことで、息を吐くのと同時に魔力を抜いていき、威力調整を行うのだ。
弱く……弱く……。
元は手のひらサイズだった光が、指先サイズの光まで小さくなる。
「これくらいか?」
「うむ。充分だろう」
アブさんの頷き合い、行動を始める。
俺は下方に指先を向け、アブさんは頭部だけ屋根から家の中に突っ込み、指先で狙うべき場所を指し示し……指先が少し下がった瞬間に魔法を撃つ。
指先から光線が放たれ、屋根を貫通。
ほぼ瞬間的な出来事の結果は――アブさんが中指、薬指、小指をピンと立たせ、親指と人差し指で丸を作る。
成功したようだ。
ちなみにだが、この魔法を始めて使った時は、光のレイさんから「……人を丸呑みできそうなほどに巨大で、そのまま焼き尽くして消滅させそうな光と熱の量だった」と言われた。
上手くいって、本当に良かったと思う。
あとは、これを七回繰り返すだけ。
同じように赤い屋根の家の中に居る者たちを無力化していくが、最後は捕らわれているエルフたちの周囲に二人居た――が、そこは両手で対処。
八人全員を無力化させると、「魔識眼」で昏倒しているのが見えたのだろう。
フードを目深に被った者と兵士たちが中に突入していった。
よくやった、の一言くらいは言って欲しいものだ。




