それぇー! と声を大にして叫びたい
自分を囲む四方の内、三方が石壁で、一部に手が出せるくらいの小さな穴が一つ。一方が鉄格子。うん。立派な牢屋だ。
あまり利用者は居ないのか、俺の他には誰も居ない。
見張りの兵士すら居ない。
俺をここに入れた兵士も、鉄格子の鍵をかけて直ぐ居なくなった。
本当に俺しか居ない。
「放置していいのかー」
誰か来るかと思って言ってみるが……反応はない。
本当に放置だ。
ただ、どこか遠くの方でドタバタとしている雰囲気というか、騒がしいのがなんとなく聞こえてくる。
何かが起こっているようだが、何が起こっているかはわからない。
少なくとも、俺に構っている暇はない、ということだ。
………………。
………………。
考えてもわからないから、今は考えないでおこう。
とりあえず、今日の宿が決まったということでいいじゃないか。
床は石畳で硬くて、毛布一枚しかないけど。
まあ、スルーレル公爵家に居た時はもっと酷い時もあったので、尋問の時と同じく気にならない。
でも、一つだけに気になるのは、明るさだ。
今は小さな窓から陽の光が入ってきているが、牢屋があるここ自体には明かりらしい明かりはないので、陽が落ちると真っ暗になる。
光属性魔法でどうにかできるだろうか?
そんなことを考えながら、無造作に置かれている毛布を手に取ろ――。
「ここに居たのか」
「うおっ!」
思わず叫んでしまう。
何しろ、アブさんが小さな窓のある壁の中から現れたからだ。
突然であったため、驚き――まだ心臓がバクバクいっている。
「驚かせるなよ、アブさん。いきなり壁から出てくるって……どうやったんだ?」
「何を間抜けなことを。こんなところに居るからか? 某は死霊系統だぞ。壁のすり抜けくらいはできる。まあ、すり抜け中はすり抜けることしかできないが」
「ああ、そうか。死霊系統だったな。……え? 俺がここに居ることは?」
「某は魔力の探知ができるからな。それで探しただけだ」
「……アブさんって、意外と多才・多芸なんだな」
「ダンジョンマスターだからな」
それは関係ないと思う。
アブさんは周囲の様子を窺ったあと、尋ねてくる。
「それで、アルムはどうしてこんな牢屋のような場所に居るのだ?」
「ようなではなくて、まんま牢屋だ。牢屋」
「意味がわからん」
「それは俺もだ」
アブさんにこうなった経緯を説明する。
すると、アブさんは少しだけ考える素振りを見せたあと、妙に納得したように一つ頷く。
「アルムが捕まった理由はわからんが、放置されている理由はわかるぞ。外が慌ただしいからな」
「何か起こっているのか?」
「うむ。なんでもエルフの成人女性が一人と、子供が二人居なくなったそうだ。誘拐の可能性が高いらしく、その捜索を行うために人手が必要なのだ。もし誘拐だった場合、夜になればそのまま闇夜に紛れて――という可能性が高くなると言っていたからな」
おそらく、姿を消したまま聞き耳を立てていたのだろう。
しかし、外ではそんな一大事が起こっているようだ。
でも誘拐とは……俺がそこで助けに入ってエルフに上手く取り入れないかとか考えたのが原因ではないよな。
俺、捕まって何もできないし。
それに、そもそももし誘拐だったとしても、どこに捕らわれているとかわからな――。
「それにしても、あれは誘拐だったのだな。確かに、今思い返してみると、大袋に入れて担いでいたり、脇に抱えていたりと、変な運び方をしていたからな」
うんうん。と納得したと何度も頷くアブさん。
「………………それぇー!」
思わず、それだよ! とアブさんを指差して叫んでしまった。
だが、アブさんはピンときていない。
「何がだ?」
「そ、その、どこに行ったとかは見たのか?」
「見たぞ。他の者たちとは明らかに違う行動を取っていたから興味が湧いてな。あとをつけた」
……アレか。何か目的を持って飛んでいる姿を見た時か。
これは……教えた方がいい……よな?
問題の一つとして、どう伝えるか、というのがあるが。
アブさんと相談して――と思ったが、アブさんは何も言わないと口を閉じ、俺のうしろを見ている。
……え? 何か居るの?
「急に叫ぶから何かと様子を見に来れば……大丈夫か? 兄ちゃん」
突然うしろから声をかけられる。
驚き振り返れば、そこには優しい三十代の兵士さんが居た。
「び、びっくりした……ど、どうも。あっ、大丈夫……いや、それより、話がある!」
「話? なんだ?」
「今、エルフの捜索をしているんだよな?」
「どうしてそれを! ……いや、僅かだが声が聞こえるか。そうだ。その通りだ。なんだ、心当たりでもあるとか言いたいのか?」
一瞬警戒されるが、運良く外からの声が聞こえてきたので警戒を解いてくれた。
これなら話を聞いてくれる。
「そ、そうなんだ。心当たりがある」
「へえ。それは聞いてみたいわね。もしかして、関与しているのかしら? ついでに、そこに居る、お前ほどではないが不気味な死の魔力を感じさせる存在についても教えて欲しいのだけど?」
答えたのは三十代の兵士さんではない。
暗がりの中から現れた、この状況の原因となる、フードを目深に被った者だ。
フードで目が見えないので視線は追えないが、顔の向けられている向きは俺ではなくアブさんの方である。
もしかして……見えているのか?
「……本当に色々と聞きたいことを増やしてきたが、しかし、今は仲間を助け出すのが優先で少しでも情報が欲しい。心当たりがあるというのなら、ここから出してもいいわ。まあ、それで私の話が終わった訳ではないから、逃がすつもりは一切ないけれど」
そして向けられる敵意。
初対面でどうしてここまで敵意を向けられるのかはわからないが……別に情報を隠すつもりはないので、教えることにした。




