確認は必要だよね
大空を舞い、「帰還」と伝えた竜杖がラビンさんの隠れ家まで連れて行ってくれる。
まずは一度戻ろうと、ラビンさんのダンジョン・最下層に向かうことにした。
これまでは一人での行動であったが、今は違う。
竜杖に乗る俺の近くで、アブさんが空を舞っていた。
気持ち良さそうに……身を任せた風の流れるままに……揺ら揺らと。
……体は骨で、あとは黒い外套を見に纏っているだけだから、軽いのかもしれない。
そう思うと、突風で飛んで行かないか、見ていて心配になる。
けれど、アブさんはただの骨ではない。
「絶対的な死」と自ら名乗る特殊な種族。
いくら体が軽くても、突風くらい訳ないだろう。
それに、風の流れるままにそうしていたい気持ちはなんとなく察せる。
つい先日まで、アブさんはダンジョンの外に出ることはなかった。
造り物――疑似的な自然ではなく、本当の自然を今体感しているのだ。
「……気持ちいいか? アブさん」
「うむ。ダンジョンの空もいいが、天井のない空というのも悪くない」
今はそのまま満喫すればいいと、アブさんの好きなようにさせることにした。
きちんと付いて来てくれているし、大丈夫だろう。
―――
少しして、少し遠目にラビンさんの隠れ家が見えた。
「もう少しで着くぞ」
「わかった」
竜杖がラビンさんの隠れ家に向かってゆっくりと下降していく。
先ほどまでとは違って、横ではなくうしろをアブさんが付いて来ていて――。
「あいたっ!」
後方からゴンッ! と鈍い音とアブさんの声が聞こえる。
振り返れば、額を擦るアブさんとの距離がどんどん開いていく。
「ちょっ、とまれ! とまれって!」
竜杖はとまらない。
そういえば、「帰還」を途中でとめる方法は記されていなかったし、実際に知らない。
多分、魔力供給をやめるとか、吸い出すとかすればいけるかもしれないが、もう目的地は目の前である。
一旦ラビンさんの隠れ家に着いてから、戻る。
アブさんは先ほどと同じ空中で、同じように額を擦っていた。
「え? 痛いのか?」
「気持ちがな。実際に痛覚はないが、心でなんとなく痛いと感じている」
「そうか。それで……何にぶつかったんだ? 鳥?」
もしくはそれ以外の何かが飛んできたのだろうか?
可能性としては鳥が一番高いと思うけど、そんな気配のようなモノなかった。
いや、正確に気配を読むなんてことが俺にできるとは思わないが、なんとなく程度でも引っかかっていない。
なんだろう、と思っていると、アブさんが手を前に出して、空中をぺたりと触る。
そこから動かな……触る?
アブさんがそのまま場所を変えて、ぺたぺたと空中に触れていく。
「なんだそれ。どうやっているんだ?」
まるでそこに見えない壁でもあるかのような動きだ。
でも、壁はない。
俺はそのまま進んでいたのだから間違いない。
「どうって、ここに結界があるのだ。それも、恐ろしく強固な結界が。某でも破ることはできない」
「え?」
いやいや、ラビンさんの隠れ家の中から侵入防止がされているけど、その周囲はラビンさんの隠れ家を隠すための隠蔽の結界しか――。
「それはね。隠蔽だけでは足りないかな? と思って足しておいたんだよ。たとえば、他所のダンジョンマスターが来た時なんかに、勝手に入られないようにね」
そんな言葉がうしろから聞こえたかと思うと、ビシリッ! とアブさんが空中で器用に直立不動の姿勢を取った。
というか、この声には聞き覚えがある。
振り返れば、ラビンさんが俺のうしろで浮いていた。
「ラビンさん。ただいま」
「おかえり。アルムくん。無事な姿を見れてホッと安堵しているよ。それで――」
ラビンさんの目が細められる。
その視線が向かう先は俺ではなくアブさん。
「どうしてここに他所のダンジョンマスターが居るのかな?」
「ア、アルム! 知り合いなのか?」
二人同時に尋ねられても困る。
なので、順番に答える。
「ええと、友達。恩人」
ラビンさんへの説明に、アブさんを指し示して「友達」と答える。
アブさんへの説明に、ラビンさんを指し示して「恩人」と答える。
「お、恩人なのか! なら、べ、弁明を! せ、説明を! もしくは、某の盾になってくれ!」
ラビンさんより先にアブさんが口を開く。
そんなアブさんに向けて、ラビンさんが一言。
「僕より先に口を開くなんて……いい度胸だね。他所のダンジョンマスターが」
「ひうっ!」
一瞬ぶるりと震えてアブさんが黙る。
その姿は、まるで上官に命令されて黙る兵士のようだ。
これまでとは違う態度のアブさん。
「どういう状況、これ?」
わからないのなら聞けばいいと、ラビンさんに尋ねる。
黙れと言われたアブさんに聞くのは酷だろう。
「簡単な話だよ、アルムくん。ダンジョンの大きさは、そのままダンジョンマスターの力を示していると言ってもいいということさ。そして、こうして対峙してわかってしまったんだよ。どうしようもない差というものを、ね」
少し考えてみる。
ラビンさんのダンジョンは、現在地下……212階だったっけ? もっと増えたんだっけ? 正確なことは憶えていないが、世界最大規模なのは間違いない。
対してアブさんが居たダンジョンは、階層は広いが、それでも地下8階。
……駄目だ。規模が違い過ぎる。
アブさんにこそっと確認。
「次元が違い過ぎる感じ?」
こくこく、と必死に頷くアブさん。
駄目だ。アブさんの心は既に折れている。
外にはこんな化け物が――とか思っていそうだ。
いや、ラビンさんは化け物ではないよ。
ただ、このままではどうしようもないので、アブさんは敵ではないと知ってもらうために、俺はラビンさんに説明する。
「……という訳で、今は一緒に行動しているという訳だ」
「なるほど。……じゃあ、今から最終面談をするから、アルムくんは先に行っていていいよ」
「……罠ではなく?」
記憶が蘇り、前回のことを思い出す。
うっ……腹が痛いような気が……。
「大丈夫。他所のダンジョンマスターをウチの中に入れるんだよ。入れるために、しっかりと話しておきたいだけさ」
「それは、ラビンさんの立場からすれば必要か」
納得したので、先に最下層に向かうことにする。
見捨てられた子犬が助けを求めるようなキラキラした目で俺を見てくるアブさんに、頑張って! と手振りで伝えて、ラビンさんの隠れ家に向けて下りていった。




