早い内に降参した方がいい時だってある
自由にはならなかった。
いや、正確に言うのであれば、自由は自由だが、自由に動くことはできなかったというべきか。
クラウさんたちから、俺が英雄扱いされていると聞いていたが、本当にそうだった。
王城内を歩けば、執事さんやメイドさん、兵士や騎士からの視線を感じ、王城から一歩外に出ればたちまち人に囲まれる。
全然前に進めない。
サインを求められても困る。
子供たちが俺役と炎魔獣役に分かれて遊ぶ姿を見るのが気恥ずかしい。
などなど。
確実なのは、満足に動けないということだ。
なので、ある意味唯一の安全圏である、王城の部屋で考える。
………………。
………………。
良し。この国から離れよう。
そうすることにした。
少なくとも、一旦俺は英雄として囲まれる事態が治まるまでは、来ないつもりである。
人によるだろうが、俺は向いてないな。
英雄と扱われることに。
アブさんは俺に付いてくる予定なので、そのことを言う。
「いいぞ。今のままだと満足に動けないのは某も同じだからな」
動けない、ではなく、俺が人に囲まれるとどうすればいいのかわからなくなって、アブさんは空中でアタフタしだすのである。
オロオロとも言う。
アブさんもこの国を出ることに賛成であった。
なので、あと少しだけ……やれることをやり終えてから出発する。
―――
俺を取り巻く状況が状況だけに、ここから出て行くと、まずは手近に居るクラウさんに話した。
「まあ、仕方ない。気持ちはわかる。これでも人気のある王さまだからな」
気遣ってくれているのだろうが、自分で自分を人気のある王さまと言うのはどうだろうと思うが口にはしない。
「まあ、とめることはできない。元々、別のところから来て、別のところに行くだけ――確か、通りすがりの凄腕魔法使い、だったか」
クラウさんは、笑みを浮かべてそう言う。
あれ? クラウさんにそう名乗ったことあっただろうか? と思い返すが……まあ、誰かから聞いたとかだろう。
シャッツさんとか。
「それで、ただ挨拶に来ただけなのか?」
「いや、そうではなく、アブさんが俺に付いてくるので、それまでの間に答えを決めて欲しいと」
「ああ、アレか。なら、もう答えは決まっている。受けよう」
ということで、早速クラウさんをダンジョンマスター代理にすることにした。
でも、俺が何かすることはない。
宰相のリヒターさんと騎士団長のカヴァリさんだけが見守る中、アブさんが魔法陣を床に描き、そこにクラウさんを立たせて、何やらごにゃごにゃ言っていると思えば、クラウさんというよりは魔法陣内がピカッと光る。
「終わりだ」
アブさんがそう言うので、そうなのか? とクラウさんを見る。
クラウさんは自分の体を確かめるように手を開いたり閉じたり、その場を軽く飛んだりしたりとしたあと、少し不満そうに言う。
「何も変わっていない」
いや、元々そうだと言っていたと思うが。
「それで、どうなのですか?」
宰相のリヒターさんの問いに、クラウさんは少しだけ考える素振りを見せて……頷く。
「ああ、わかる。わかるぞ。ダンジョンについて、色々とな。王城への直通路も可能だ」
「そうですか。それは良かった。では、造ったら報告をお願いします」
「は? いやいや、待てよ。この直通路は言うなればいざという時の避難路だ。王家として秘匿する必要がある」
「ええ、それはもちろんわかっています。ですが、これは宰相として知っておかなければならない――という訳ではありません。クラウさまがそこを利用して政務から逃げる可能性があるからです」
「そ……そ、そんな訳、ないだろ」
ちなみにだが、クラウさんは宰相のリヒターさんの目を見て話していない。
宰相のリヒターさんからの追及をどうにかかわしているが……あれは多分、時間の問題だろう。
助けてくれ、とクラウさんがこちらを見てくる。
頑張って、握りこぶしと口パクで伝え、これ以上ここに居ても邪魔だろうとあとにした。
―――
クールなメイドさんにお願いすると、大抵は叶えてくれる。
たとえば、人を呼んだりとか。
俺から出向けないので仕方ない。
シャッツさんとリユウさん、「煌々明媚」と「堅牢なる鋼」の人たちを呼んでもらい、この国を出ることを伝える。
少なくとも、現状が落ち着くまでは。
全員、行って欲しくはなさそうだが、まあ仕方ないともわかっている。
また会える時を楽しみに、と握手を交わしていくと、リユウさんから冒険者ギルドカードが渡された。
名義は、俺。
「これは、俺の冒険者ギルドカード?」
「そう。あの馬鹿……失礼。前ギルドマスターはもう一人の大馬鹿……失礼。エフアト元伯爵
の関係者であると投獄されたので、この度、私が冒険者ギルド・トゥーラ国本部のギルドマスターとなったのだ」
「それは、おめでとうございます」
だからか。
「煌々明媚」のジーナさんがご機嫌というか、妙に嬉しそうにしているのは。
「それで、最初の仕事として、アルムくん。キミの冒険者資格を元に戻した。既に居ないとはいえ、冒険者ギルドが不当な扱いをして迷惑をかけた。ギルドマスターとして謝罪する。この度は誠に申し訳なかった」
シャッツさん以外の全員が背筋を正して、俺に頭を下げる。
「やめてくれ。この場に居る誰も悪くない。それに、謝る必要もない。悪いことをしていたヤツらが捕まった。それで終わりでいい」
と言って頭を上げる人たちではないので、シャッツさんにも手伝ってもらい、最終的には強く言って上げさせる。
勘弁して欲しい。
こんな大人数に頭を下げさせるとか、そんな大層な者ではない。
普段通りに戻ったリユウさんが、俺に尋ねてくる。
「それで、一応聞いておくが、ランクはどうする? 今は元に戻しただけ。Fランクのままだ。ここでの活躍を考えると上げることもできる。規定で一気に上げられるのはCランクが限界だが」
「いや、このままで構わない。上げたくなったら上げるさ。商業ギルドカードの方もそうだし」
そうなのか? とリユウさんがシャッツさんに尋ねると、その通りだと頷く。
「元々冒険者ギルドカードの代用として用意しただけですので。それに、当人がランクにそこまで固執していませんでしたので、無理に上げるものでもないとそのままにしたのです」
シャッツさん。正解。
と、そこで一つ疑問が浮かぶ。
「そういえば、冒険者ギルドカードが戻ったとして、このまま商業ギルドカードは持っていていいのか? どちらか一つだけとか?」
「そのままで構いませんよ。別に違法でもなんでもありませんし、実際かけ持つように二つ、三つと複数のギルドに登録している者も居ます」
「そうか」
問題ないなら、何かあった時のためにこのまま二つ持っていよう。
ギルドカードをマジックバッグの中にしまい、そのあとは他愛もない話で盛り上がり、そのままここで一時の別れの挨拶を済ませた。




