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賢者巡礼  作者: ナハァト
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サイド アルムの母親・ジナ

 私の名は、ジナ。

 フォーマンス王国の公爵家に代々仕えているメイドの一人。

 といっても、既に四十近くですので、そろそろメイド長になってもおかしくはないのですが、現公爵家当主に気に入られているメイドが居ますので、私が次のメイド長になることはないでしょう。

 まあ、愚者……当主の後始末に疲れそうですので、別になれなくても惜しいとすら思いませんが。

 当主に関しては「さま」付けすらしたくありません。

 ……まあ、公の場では付けますが。

 でないと、教育だと言って、馬鹿のように喜びながら鞭打ちしてきますので。

 それに、病気で他界した夫は執事だったのですが、当主にこき使われて満足に休めなかったことも関係していると、私は思っています。

 いつか機会があれば、夫の無念として、ビンタ……往復ビンタに、メイドの嗜みとしての関節技と、少々はしたないですが飛び蹴りくらいは食らわせたいところです。


 私が可愛らしく、誰からも天使のようだと称されていた子供の頃は、そんなことはありませんでした。

 立派な公爵家だったのですが、変わり始めた……腐敗していったのは、現国王になってから。

 国王にも「さま」付けは必要ありませんね。

 何しろ、この国がおかしくなった現状を作り出した無能なのですから。

 現国王が唱えて実行したのは、スキル至上主義。

 有用と無用の差が明確なまでに示され、無用となれば、それこそ生きる価値はないとまで判断されてもおかしくない徹底ぶり。

 そのせいで、多くの貴族家が貴族という地位を守るために、有用とされるスキル持ちだけを徴用、重宝し始めました。

 一部の貴族は反対したらしいのですが、本当に一部だったようで、大多数の前にその声は消えたそうです。

 ただ、誰しも、有用な者を雇いたいと思うのは当然のことですので、それだけのことなら、まだわからなくはありません。

 しかし、国王が唱えたスキル至上主義は、そこにその人物の人間性が介在していないのです。

 スキルさえ有用であるのなら、それこそ人間のクズと呼ばれるような者でも関係なく、そのような者が普通に暮らす人々の上に立ち、貴族並とまではいかなくとも、強い権力を得るのですから、私からすれば愚かとしか言えません。

 人々の暮らしは圧迫され、貴族など一部の者だけが潤う構図が出来上がりました。


 そんな国が長く続く訳がありません。

 いえ、そう願っているのです。

 公爵という地位さえなくなれば、グーパンチもお見舞いしてやりますのに。

 それでもこの国が今も存在しているのは、今度は有用とされるスキル持ちすらも使い潰し始めたから。

 いえ、正確には、貴族階級にない者の中で、有用スキルが見つかった者を貴族が使い潰しているのです。

 歪で歪み始め、遂には他国への侵略を考える段階まできているのが、今のこの国でした。

 ちなみにですが、これらの情報は王都の住民と当家の使用人たち、他家の使用人たちと、有用な者を有用に使っているのは我々貴族――つまり、真に有用なのは自分だと、馬鹿のように自慢気に話す当主です。

 当主はまだしも、住民、使用人たちは肌で実感しているので間違いないと思われます。

 自慢する当主に関しては……はっ!

 心の中で、鼻で笑ってやりました。


 ……鼻で笑ってられない事態が起きました。

 他国への侵略準備として、自国の軍備に力を入れ始め、戦力増強のために騎士団が中立国のダンジョンへの遠征を行い始め、それに息子が連れて行かれたのです。

 いえ、息子は騎士ではありません。

 執事見習いのようなモノですが、連れて行かれた理由は、馬鹿な当主の間抜けな跡継ぎが当家の箔付けのためにと騎士団に所属していたので、それに連れて行かれてしまったのです。


 ……思えば、息子にはつらい思いをさせてきました。

 正直なところ、息子を連れて何度も逃げ出そうと考えていましたが、見栄や体裁を気にする当主であるため、なんの手立てもなく逃げ出せば、たちまち追い付かれて殺されてしまいます。

 私一人であるのなら、その結末を受け入れる覚悟を以って逃げ出してもよかったのですが、息子を巻き込む訳にはいきません。

 何より、息子には生きていて欲しい。

 それでも、機会があればいつでも逃げ出せるように……それこそ息子だけでも逃げ出させようと考えて準備していましたが、その前にことは起こりました。


 遠征から帰ってきた間抜けな跡継ぎが、愉快そうにしている馬鹿な当主の前で、それは嬉しそうな表情で私に言うのです。

 息子が死んだ――と。

 私は泣き崩れ――る真似をして、直ぐに二人の前から離れました。

 馬鹿な当主と間抜けな跡継ぎが、私の態度から変な気を起こさないように。

 何しろ、私は信じられなかったのです。

 それはもう不思議と、息子は死んでいないと確信していました。

 信じたくなかった――だけかもしれませんが、何故かなんでもないように「ただいま」と言って息子が現れるような気がするのです。

 息子は繊細な私と違って図太いからかもしれません。


 ――とりあえず、私の息子が死んだなどと言った間抜けな跡継ぎと喜ぶ馬鹿な当主の食事に、バレないような小さな虫でも入れておこうかしら。


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