心の準備をしても驚く時は驚く
そういえば、と思い出す。
前回の話し合いの終わりの時、アブさんは何やら頼み事をしたいと言っていた。
アブさんが協力するのも、それが理由だと。
それがあるから、俺が気を失っても頑張って協力していたのか、と妙に合点がいく。
ただ、その頼み事がどういったモノなのかは、俺も知らない。
「いいのか? 聞きたいというのであれば話しても構わないが」
「大丈夫だ。それに、『魔物超大発生』が終われば事後処理に追われて、少しの間は時間を取るのが難しくなる。聞いて即決できないようなことであれば、時間を取れるのが今しかない、というのもあるのだ」
アブさんの問いに、クラウさんがそう答えた。
終わったあとの方が予期せぬ問題みたいなのが起こってというか、出てくる感じだろうか。
そうなのか? とアブさんが目で尋ねてきたので、そういうこともあると頷きを返す。
それに、クラウさん本人がそう言っていて、宰相のリヒターさんとか周りがとめないのだから、きっとそうなのだろう。
そういうものかと納得したアブさんが、早速本題に入る。
「では、お主、ダンジョンマスターにならないか?」
クラウさんに向けて、アブさんはそう言った。
『………………』
誰しもの思考がとまった気がした。
もちろん、俺も。
は? え? 今、アブさんなんて言った?
いや、その前に言うべきことがある。
「アブさん。そういう話はまず言っていいかと聞いたあと、心の準備を促すモノだ」
「そうなのか。それは失礼した。では、心の準備はできたか? ……では言うぞ。ダンジョンマスターにならないか?」
これでどう? と俺とアブさんがクラウさんたちを見る。
全員、頭を抱えていた。
心の準備もできたのだから、もう大丈夫だと思ったのだが。
「……話が簡潔過ぎると思う。もう少し詳しく話してくれないか?」
クラウさんが、かろうじて……という感じでそう言ってきた。
アブさんは少しだけ考えたあと、確かに少々省き過ぎたと言って詳しく話す。
少々どころではない省きだと、アブさん以外は全員思った。
そうしてアブさんの話というか説明が始まったのだが、要はアブさんは今後俺と行動を共にするにあたって、ここのダンジョンを空けることをダンジョンマスターとして危惧している。
たとえ、普通は侵入不可能であっても、絶対ではないからだ。
そこで、仮を――ダンジョンマスターの代理を誰かにお願いしようと思った訳である。
アブさんが目を付けたのは、このダンジョンがある国・トゥーラの王族。
つまり、クラウさん。
「どうしてクラウさんなんだ?」
何か基準があるのだろうか? と尋ねると、アブさんはもちろんあると頷く。
「簡単な話だ。ダンジョンから得られる享受・恩恵の大きさを理解している者たちの中で、最高権力者だからだ。だからこそ、ダンジョンがなくならないように動くだろうとな」
「否定は、できないな」
クラウさんが苦笑を浮かべる。
確かに、とも思う。
ダンジョンから得られるモノは大きい。
他では手に入らないモノも多く、危険性と天秤にかけても、得られるモノの方に大きく傾くだろう。
だからこそ、ここのように王都内にダンジョンがあったり、他の国でもダンジョン都市、ダンジョン街と呼ばれる場所があって、未だ各地にダンジョンが残されているのだ。
クラウさんは考えるように少しだけ目を閉じたあと、アブさんに尋ねる。
「ダンジョンマスターになる、ということは人の枠から外れる、ということか?」
「いや、それは違う。ダンジョンマスターになってもらうと言ったが、それはあくまで代理だ。ダンジョンマスターは某のままだが、管理を任せるといったところだ。管理にあたって一部の権能を複製して貸し与えるが、それで何かが変わることはない」
「あくまで代理……領主代行のようなモノか」
クラウさんは納得しつつも、どこか残念そうだ。
もしかしてだが、「人を超えた存在」というのに少し心惹かれていたのかもしれない。
気持ちはわからないでもない。
でも、それを理解しているのは騎士団長のカヴァリさんだけ。
宰相のリヒターさん、シャッツさん、リユウさんは、二人に対してどこか呆れた目を向けていた。
「一部の権能といったが、それで何がどうできるようになる?」
「そうだな……ダンジョン内部の把握ができるようになるのと、既存の部分はいじれないが新区画を作ることはできる。そこであれば、ある程度の裁量は可能だろう。限界はあるだろうが特定の魔物を出現も可能であるし、構造によってはそこから得られる素材を選別できたりもする」
「それは……正直なところ、悪くないな。それは、たとえばだが、この城までの直通通路を引くこともできるか? 他にも、ダンジョン内に騎士や兵士、冒険者が利用できるような訓練施設も?」
「新区画の方であれば、そうすることは可能だ」
「そうか……」
俺から見る限りだと、クラウさんは受ける方に傾いているように見える。
他の人たちも、この提案は悪くないと思っていそうだ。
「今のところ、悪い部分が見当たらない――というよりは、現状と何かが変わる要素がない、といったところだな」
「まあ、言ってしまえば某がアルムとでかけるので、その間の留守番をお願いしたいだけだからな。そう難しいことをさせないだけだ。守ってくれればいいだけだからな。だが、代理とはいえ、バレれば当然狙われることになるだろうから、秘密厳守でなければならない」
それは当然だ。
ダンジョンをある程度自由に扱えるというのは、それだけのことなのだ。
クラウさんが周囲を見る。
宰相のリヒターさんを筆頭に、俺以外の全員がわかっていると頷く。
たとえ受けなくても、この話自体を秘密にしてくれるのは間違いないだろう。
「それに、杜撰な管理をすればダンジョン崩壊――とまではいかないかもしれないが、それでも今回のようなことが起こってもおかしくない」
「経験した以上、『魔物超大発生』は二度とごめんだな。そういえば、ダンジョンを把握できると言ったが、それは今回のように予め『魔物大発生』がいつ起こるのかわかるということか?」
「わかる。だが、前にも言ったように自然現象であるのでとめることはできない。下手にとめれば、さらに大きくなると、今回のことでわかっただろう? だが、ある程度の誘導はできるかもしれないな」
「どういうことだ?」
クラウさんだけではなく、俺も含めた全員がアブさんの言葉に驚く。
誘導とか、そんなことができるのか?
「別に難しいことではない。ダンジョンの『魔物大発生』はダンジョンに溜まり過ぎた力の発散・放出である。把握できるのなら、意図的に力を溜めさせていつ起こるかをある程度誘導させればいいだけだ。といっても、某はやったことはないし、これはあくまで理論。何度か試す必要はあるだろう。そうすれば、今回のようなこととは逆、通常よりも抑えた規模で起こせるようになるかもな」
「それは……でかいな」
唸るクラウさん。
ただ、俺は別のことを考えていた。
「『魔物大発生』が定期的に起こり出したら、それはもう祭りだな」
俺としてはその時期になったら騒がしくなりそうだな、と思っただけなのだが、どうやらクラウさんたちからすると違うようだ。
グワッと詰め寄られて見られる。
「祭り、だと?」
「え、ええ。時期がわかれば冒険者が集まって、どれだけの魔物を倒したのか自慢しそうだな、と思っただけで」
思ったことを言っただけなのだが、クラウさんたちは食い付いた。
魔物の大きさでポイントを決めて争うとか、いっそのことダンジョン周辺の区画を開放して競わせるとか、それで壊れた部分を国が補填すれば苦情も少なくなるのではとか、なんか勝手に話が進んでいく。
あれ? 俺、いいこと言った? とアブさんを見れば、アブさんはグッ! と親指を立てた。




