何事もそう簡単にいったら苦労しない
アブさんから現状の説明を聞く――というか。
「現状、わかる?」
アブさんなら、俺が気を失った時点ですべてを放棄していてもおかしくない。
……というか、思い出すと視界が暗転したあと、俺はどうなったんだろう?
上空から落ちた? でも、竜杖との繋がりがあると思うが、それは意識を失ったあとでも有効なのだろうか?
「わかるわ! というか、某だってそれなりに協力したのだぞ!」
「え? そうなの?」
侮るな! と憤慨するアブさん。
いや、侮っている訳ではなく、アブさんは俺以外の他者と意思疎通するのが少しばかり難しいから、大丈夫かな? と思っただけなのだが。
大丈夫なら問題ない。
憤慨するアブさんを宥めつつ、現状について聞く。
アブさんは話せるのが嬉しいのか、どこか胸を張って自慢するように話す。
「まず、『魔物超大発生』だが、終わっていない。まだ続いている」
「……え? 終わってないのか? だが――」
自分の状況を見る限り、それなりに時間が経っているように思う。
右手、右腕に巻かれている包帯も即席のモノではなく、丁寧に時間をかけたモノだ。
あと、空気感というか、外から慌ただしいモノも聞こえてこないし、緊急性を感じさせるようなモノがまったく流れていない。
だから、とっくに終わっていると思っていたのだが。
「どういうことだ? 感覚的に日数が経っていると思うのだが?」
「そうだな。アルムが気を失ってから三日目、といったところか」
「三日も! そんなにか……なのに、『魔物超大発生』が続いているってどういうことだ? どういうことなのか教えてくれ」
「そうだな。では、アルムが気を失ったところから話そう」
「そうしてくれ」
という訳で、気を失ったところから聞く。
どうやら、意識を失うと竜杖との繋がりが切れるようで、炎魔獣を倒したあとに俺は落ちた。
多分、俺が竜杖を意識できなくなったことが理由だろう。
地面に衝突する前に、アブさんが掴んで、落とさないように頑張って下してくれたそうだ。
ありがとう。
今こうして生きているのはアブさんのおかげなので、素直に感謝を伝える。
「それはまあ、その……なんだ。親友、だからな」
いつの間に親友になったのか記憶にない。
ただ、この状況では否定もしづらい。
曖昧な笑みを浮かべて頷いておく。
続きを催促する。
何しろ、炎魔獣を倒しただけで「魔物超大発生」自体は終わっていないのだ。
乗り切るための要である結界自体もなくなってしまったのだから、余計大変だろう。
それなのに途中で気を失うなんて――。
「まあ、結局のところ、アルムが炎魔獣を倒したのが功を奏した形になったな」
「というと?」
「あの巨体が落ちた先がダンジョンの入口だったのだ。あの巨体だからな。入口にガッチリと上手く嵌まって、容易に動かせなくなったのだ。隙間もあるにはあるが、小型の魔物が這って出てこないといけないようなモノしかなくてな」
それってつまり……。
「ある意味、結界のようになって、ついでに魔物一体が出てくるような穴しかなくなったってことか? 張ろうとしていた結界のように?」
「そういうことだ」
それはまあ……なんとも言えない。
俺としては狙ってやった訳ではないから、運が良かったとしか言えない。
色々終わったあとに取り外すのが大変そうだ……いや、そうでもないのか。
マジックバッグにそのまましまえば――いけるな。
「それで魔物の現れる数が減って……いや、王都の至るところに穴が開いているんだったな。そっちは?」
「そちらも問題ない。某がもう一度調べ直し、正確な場所を教えて対処済みだ。集まっていた者たちをいくつかに分けて見張らせ、今も出て来ているのを倒している」
「なるほど。入口が強制的に閉じてしまったことで、そっちに魔物が流れているのか。ただ、それでも穴はそこまで大きくないため、一度に出てくる魔物の数が少ない。だから、まだダンジョン内に魔物が残っているから、『魔物超大発生』は続いている、と」
「そういうことだ。ついでに結界の方も、『魔物超大発生』が終わり次第、ミスリル鉱石(極大)を新たに提供する予定だ。今は取りにいけないからな。その内、新たな結界が張られるだろう」
「新たにって、いいのか?」
「構わんよ。正直なところ、某の住処にあれくらいのは何十個とそこらに転がっている。別に使い道もないしな。数個くらい訳ない。それに、その方があとでワガママを通しやすくなるし」
アブさんが悪い笑みを浮かべているような気がする。
何か目的があるようだが……不思議と大丈夫なような気がした。
アブさんとはまだ数日の付き合いだが、大体の人となりはわかったと思う。
悪いようにはならないだろう。
「協力助かるよ。ありがとう……というか、待て。穴の正確な場所を教えたとか、新たなミスリル鉱石(極大)を提供予定とか、アブさんが俺を介さずに他人と話したってことだよな? なら、もう俺が居なくても」
なんだろう。
子供の成長を実感する親ってこんな気持ちなんだろうか?
アブさんは×印のように両手をクロスする。
「それは無理だ。正直なところ、無意識で何度も即死魔法を放とうとした。気絶したアルムを抱えていなければ、実行していたな」
間違いないと頷くアブさん。
寧ろ、俺を介さないと話す気はないと言いたげだ。
そう簡単にはいかないらしい。
危険なままなのは変わらないようである。
けれど、それはそれでアブさんらしい、と少し思ってしまった。
「ちなみに、アルムのそれ」
アブさんが俺の右手と右腕に巻かれている包帯を指し示す。
「頬の傷は治療済みだが、そっちは回復薬をかけたが完全に癒えていない。元がそれだけ酷い状態だったからだ。とりあえず命に別状のないところまで癒し、あとで改めて完全に治療するつもりらしい」
「ああ、なるほど。それで構わない。優先されるべきは、今も戦っている人たちなのが当たり前だ。これだけでも充分。文句はない。でもまあ、『魔物超大発生』はまだ続いているのか。……だが、終息に向かっているんだろ?」
「そういう認識で間違いはない」
なら良かった、と少し力が抜けて、ベッドに体を預けた。




