まだ終わっていない……いや、始まったのだ
クラウさんが用意した大雑把な王都の地図に、アブさんに教えてもらいながら、ダンジョンの別の入口を指し示していく。
「住民区だけではなく、商業区に貴族区まで……これほどあるとは。どういうことかを明らかにするのはあとだ。今は魔物の掃討を優先する。カヴァリ!」
「わかっている。大体の位置はこれで充分だ。あとは、現れる魔物を追っていけば案内してくれるだろう。部隊をさらに分割して向かわせる……が、ここは大丈夫なのか?」
クラウさんからの指示を受けたカヴァリさんが見るのは、俺。
……ああ、なるほど。
ダンジョン入口をこのまま塞いでおけるかどうかを聞いているのか。
もしこのまま塞げれば、合同部隊の多くを他に――別の入口に割くことができる。
「ああ、まだ大丈――」
「アルム! あれには魔法が通じていない! 出てくるぞ!」
アブさんの声で視線をダンジョン入口に向ける。
炎の槍の中を、物ともせずに出てくるのが現れた。
四足歩行の獣型――獅子のような魔獣で、体当たりで建物全体を破壊できそうなくらいに大きい。
人の頭部を失わせそうなほどに大きい牙に、鎧も容易に裂きそうな鋭い爪に、その毛並みは灼熱のように全体が揺らめいている。
「なんだ、あれ」
俺の呟きにアブさんが答えてくれる。
「炎魔獣だ」
「炎魔獣? そんなのこのダンジョンに居たのか?」
「いや、あれは『魔物超大発生』用の特別なヤツだな。言ってしまえば、『魔物超大発生』用のボスのような存在だ」
要は、あれを倒しても終わりではないが、あれを倒さないとこっちが終わってもおかしくないってことか。
なんて迷惑な。
炎魔獣はそのまま炎の槍の中を突っ切り、ダンジョンの外に出る。
「GUWAAAAA!」
思わず耳を覆いたくなるような咆哮と共に、炎魔獣の体を中心にした炎渦巻く柱が空に向かって解き放たれる。
いや、炎というのは少し表現として弱い。
猛火。猛炎――と表現するのがただしい。
「特別とはいえ、なんか……炎の威力、高くない?」
「あれは、あれだな。アルムの火属性魔法の力を取り込んでいるんだろ」
「そんなことできるのか?」
「まあ、特別だからな」
アブさんの説明が事実であるかのように、炎魔獣が口を開き、何かを吸い込んでいく。
何かは、直ぐわかった。
炎の槍はみるみる小さくなっていき、代わりに炎魔獣の猛炎柱がさらに勢いを増していく。
「まずっ!」
このままだとただ炎魔獣を強化するだけのような気がして、即座に炎の槍を消す。
ただ、それは同時に相手側に自由を与えることになる。
「GYAU!」
炎魔獣の一鳴きで、ダンジョンから魔物が溢れ出す。
「クラウさん!」
「わかっている! 全員、休憩時間は終わりだ! 魔物の掃討を始めろ!」
クラウさんの合図で合同部隊が再び動き出す。
ダンジョン入口から次々と現れる魔物に対応していく。
ただ、これが不味いことに変わりはない。
先ほどまでの繰り返し――いや、炎魔獣の存在でもっと悪い。
合同部隊を他のところに回すこともできないのだ。
いずれ手が回らなくなり、被害は増えていく一方になる。
それならもう一度ダンジョン入口を塞げば……と思うが、それが問題。
「GURURURU……」
炎魔獣は俺をジッと見ている。
これだけ多くの人が居るのに、まるで俺に狙いを定めたかのように。
「……あーっと、アブさん。アレ、どうにかできる?」
即死で一発、とか。
「すまないな、アルムよ。別のダンジョンのであればやれるが、同じダンジョンのには手を出せない。そういう仕組みだと思ってくれ」
「そうか。駄目か」
なら――。
「どうやら、あの炎の獣はアルムにご執心のようだ。その邪魔をする訳にはいかないな。任せたぞ、アルム! 信じているからな。勝てると!」
そう言って、クラウさんは騎士団長のカヴァリさんと共に魔物たちの中に突っ込んでいく。
王さま……勇敢だけど、だったら俺に押し付けないで欲しい。
「あの、なんだったらいつでも変わるから! 別に今直ぐにでも!」
クラウさんと騎士団長のカヴァリさんの背に向けてそう言ってみるが……あれ? どこいった?
返事もなく、姿も見えない。
戦いの中に紛れてしまっている。
完全に押し付けられてしまった。
そっちも俺に押し付けられて迷惑では? と炎魔獣を見ると――。
「BU!」
猛炎柱は既に消えているが、その熱量はまったく下がっていないと炎魔獣の周囲は歪んで見え、俺を注視しながら口から小さな火を吐いた。
炎魔獣さんはやる気満々のようだ。
どうやら、俺も覚悟を決めないといけないらしい。
「……いやまあ、ほんと……火属性魔法だけでなくて良かった。新たな属性を得ていて」
火属性だけだったら、詰んでいたな、これ。
魔力を練り上げていく。
でも、そう余裕は……ない。
思っていたより、魔力を消費しているのを実感する。
それでも……やってみせる。
やらなければ……やれなければ……きっとこの王都は……火のヒストさんの故郷はなくなってしまうかもしれないのだから。
気合を入れるように両頬を叩く。




