思わず声をかけてしまったっていいじゃない
空から見た感じだと……思っていたよりも居ない、という印象だった。
草原を進んでいく数は二千くらい……だろうか。
いや、これはあれだな。
フォーマンス王国の時と比べてはいけない。
隣国の軍隊を招いていたとしても、伯爵が捕まったのは予定外だったはずだ。
向こうからすれば、急遽だったはず。
ということは、まずは動ける者たちだけで先行して、様子見……あるいは、王都に攻め入って本隊が来るまでの時間稼ぎを行うといった、先遣隊のようなモノかもしれない。
さすがにこれだけではないと思うが、それでも今の王都の状況からすれば望ましくないのは事実だ。
たとえそれが小規模であったとしても、無視できないのが現状である。
それに、考えようによっては小規模だったのはありがたい。
少なくとも、空から見て本隊らしき姿は見えないし、目の前の先遣隊さえどうにかすれば、王都に戻ることができる。
あっちはあっちで、なんか嫌な予感がするのだ。
なので、まずはこちらから片付ける。
「アブさん」
「どうした?」
「声を大きくするような魔法ってないか? 今、俺が使える魔法の中に、そういうのがなくてな」
「拡声か? 律儀だな」
「一応な。これで片が付けばいいが……まあ、無理だろうけど」
そう言っている間に、アブさんが俺の手に魔法をかける。
「筒を握るようにした手を口元に当てて言えば、拡声になる」
「助かる。ありがとう」
言われた通り、筒を握るようにした手を口元に当て――。
「『聞こえているか!』」
俺としては普通に話しているのだが、目下の軍隊には反応があった。
空から見るとよくわかるが、二千人近くの全員がザワザワしだし、しきりに周囲を確認している。
声をかけてきた相手を探しているようだが、こちらに気付かない。
このまま怪しまれて何もなかったかのように進まれても困る。
「仕方ない――『上だ! 上!』」
軍隊の視線がこちらに向いてから、本題に入る。
「『いいか! よく聞け! えー……なんだっけ? あの伯爵の名前………………え? アブさん、何? ……ああ、それそれ。……んん、ごほん。エフアト伯爵は既に捕らえられ、お前たちの存在も露見している。企みはすべて明かされた。無駄死にしたくなければ……去れ!』」
語尾を強めに言う。
しっかりと言えば、それだけ印象的だろう。
ただ、こういう時のために名前はきちんと憶えておいた方がいいぞ、とアブさんから小言をもらった。
「アブさんは一発で憶えたが?」
「いや、それはまあ、その、な。そ、某のことはいいのだよ。今は他の者たちのことだ」
そう言うアブさんは体を少しクネクネされている。
照れているようだが……正直不気味さが増しただけにしか見えない。
ただ、今言う話か? と思うが、確かに、とも思う。
でもなあ……あんな伯爵のことなんて別に憶えなくてもいいとも思うし、それにこういう時の方が稀だと思うのは、俺だけだろうか。
とりあえず、この話は俺の中で前向きに善処する方向で纏めて、下の軍隊を見る。
騒然としながら、俺に向けて矢を放ち、魔法を放ってきた。
……まあ、当たらないが。
矢は届かないし、魔法は単調的というか、範囲的なモノではなく単発であるため、容易に避けることができた。
それでも問題なのは、攻撃をやめようとせず、そのまま進もうとしているということだ。
それは困る。
こうなったら、閉じ込めて――と魔法を放とうとして、軍隊の後方よりの中ほどに、俺に向けて何やら喚き散らしているのが居た。
遠目でもわかる、馬に乗り、他のとは違って妙にテカテカと輝く鎧を見に纏っている男性。
それが、何やら怒っているかのように、俺に向かって何かを言っている。
「………………『え? なんて?』」
耳に手を当てて聞くことに徹してみるが、距離が距離なだけにまったく聞こえない。
だから尋ねたのだが――。
「………………『いや、聞こえないから、もう少し大きな声で言ってくれるか』」
男性がさらに憤慨して、周りに当たり散らす。
それで俺に放たれる攻撃がさらに増していくが、無意味なのは変わらない。
だが、その男性が軍隊にとってどういう存在かは、これでわかった。
「多分、というか、某にもわかるが、アレがこの軍隊の指揮官だな。馬鹿っぽいというか、無能っぽいが……なるほど。これが、アルムの言っていた『貴族が貴族を呼ぶ』か」
「まあ、ああいうのは似たようなのを集めるというか、変に意気投合するからな。あんなのに付き従わないといけなくなるのは、嫌になるな。……『あんなのが上に居て大変だな』」
思わず労いの言葉をかけてしまう。
少し、攻撃の手が緩んだような気がした。
やっぱり、今回のことに嫌々付き合わされているのが居るようだ。
そう思うと、倒すのはちょっと躊躇ってしまう。
なので、当初の予定通り、柵を――ここに足止めしよう。
幸いというか、規模が思っているほどではなかったので、魔力を多少は温存できるかもしれない。
魔力を集め、練り上げ、圧縮していき――。
「『赤熱 道先を遮り 留め囲いて 此処に縫い付け閉ざす 炎檻』」
炎の檻で軍隊を取り囲む。
火属性は扱いも慣れてきたので、今回はあえてより強化して、妙に発光している、普通の檻よりも線の細い檻にした。
指揮官らしき男性が喚くように命令を飛ばしたのか、斬り付けたり、魔法を放ったりするが、武具類は触れただけで溶け切れ、魔法はまったく通用していない。
これでもう逃げるにも逃げられないだろう。
魔力もふんだんに練り込んだので、継続時間も充分だ。
あとはクラウさんに頼んで、「魔物超大発生」が終わり次第、捕らえてもらおう。
なので、まずは報告のために王都に戻る――前に、もう一つ。
一気に降下する。
狙いは――指揮官らしき男性。
俺が何をしようとしているのかわかっているのか、不思議と軍隊からの手出しはなかった。
誰も守ろうとしないとか、人望ないな、指揮官らしき男性。
「なっ! わ、我をまも」
馬の上に乗っているので狙いやすい。
そのまま突っ込み、竜杖の先端で小突くと――吹っ飛び、地面をゴロゴロ転がって倒れたまま立ち上がらない。
威力が強過ぎたようだ。
ちょっと下降の速度を計算に入れていなかった。
生きているだろうか? と確認すると、ピクピクしているので大丈夫。
「それじゃあ、それ連れていくけど、いいか?」
どうぞどうぞ、と逆に差し出された。
本当に人望がないな、この指揮官。
ここには領軍も加わっているし、それは伯爵も同じか。
伯爵を縛り、竜杖に吊るしながら、王都へと戻る。
軍隊――先遣隊は、そのまま大人しく待っていそうだな、と思った。




