それでも有能だとは思えない時もある
「……なるほど。余の先祖が冒険者であることが気に食わないということか。血筋は大事だろうが、そこにこだわり過ぎるのは愚かと言う他ない。時間の無駄だったな。もう良い。その者の首を斬り落とせ。そっちの者もだ」
クラウさんが冷酷に告げる。
ギルドマスターがヒッと唸るが、伯爵は動じず、醜悪な笑みを浮かべたまま。
というのも、二人を連行して取り囲んでいた兵士たちが一切動かないのだ。
「クックックッ。無駄ですよ、野蛮な王よ。彼らはわかっているのです。真に仕えるべきは、この国を治めるべきなのは、高貴なる血統の持ち主である貴族――すわなち、私である、ということを」
高貴かどうかは血や血筋ではなく、当人の行いによるモノだと思うが、こういうヤツには言っても理解されない――できないんだろうな。
俺もどこか冷めた目で見ていると、伯爵が立ち上がる。
縛っていた縄がぱさりと解けて落ちた。
それはギルドマスターも同じ。
また、取り囲んでいた兵士たちは剣を抜き、こちらに対して身構える。
完全に戦闘する気満々だ。
「……それで、その程度でこの状況から逃げ出せるとでも?」
クラウさんの声には怒りが含まれている。
この状況……気持ちはわかる。
こちらも、騎士団長のカヴァリさんだけではなく、「煌々明媚」や「堅牢なる鋼」、冒険者ギルド関係で戦える者が身構えた。
大多数の戦力は今ダンジョン周りに集合しているが、目の前の数くらいは問題ない。
俺とアブさんも居るし。
それは向こうもわかっているはずだが、それでも余裕の態度は崩れない。
伯爵は醜悪な笑みを浮かべたまま口を開く。
その目は、こちらを明らかに下に見ていた。
「逃げる? まさか。何故、勝利を確信しているのに逃げなければならないのですか? この目で野蛮な王の最期を見なければならないのですから、私はどこにも行きませんよ」
クラウさんのこめかみに青筋が走る。
「いいですか? 野蛮な王よ。私はそこらの貴族とは格が違うのです。王の器を持つ優秀な貴族なのですよ」
自分で自分をそんな風に言っていて恥ずかしくならないのだろうか?
「私はあらゆることを想定して動いています。それこそ、たとえ捕縛されたとしても、事態を動かせるように。……そう。事態は既に動いているのですよ。この国の命運を決する――これから、野蛮な王は打倒され、高貴な王が誕生するのです!」
「はっ。身の程を知っておくべきだと言っておこう。それに、その程度の小勢で王位の簒奪か? 随分と大きく出たな」
「はっはっはっ。目に見える勢力がお望みであるのなら、お見せしましょう。そろそろ見えてくる頃合いだと思いますのでね。なんでしたら、『魔物超大発生』でしたか? あれだけ喧伝すれば嫌でも耳に入りますが、そちらも私の方で対処しておきましょうか?」
「何を言って――」
伯爵が勝ち誇るように言い、クラウさんが眉間に皺を寄せると、謁見の間の扉が勢い良く開けられ、そこから一人の兵士が慌てて入ってくる。
「ほ、報告! 緊急報告! エフアト伯爵領から領軍が隣国の軍と共に王都に向けて向かって来ています! こちらからの言葉には一切答えず、叛意の可能性あり!」
報告によって場が騒然となる。
クラウさんが伯爵を居殺さんばかりに睨む。
「貴様! まさか国を売ったのか!」
「売ったと言う言い方は正しくありませんね。隣国には私が王になるために協力してもらっているのですよ。あなたの命とダンジョンの利権を少しばかり譲渡する、という約束でね。もちろん、貴族こそが王であるべき、という考えにも同調してもらっていますよ」
「なるほど……だが、明かすのが早かったな。その頼みの軍はまだ来ていない。向かっているだけなら、貴様を処断する時間はたっぷりとある訳だ」
「ああ、それも無理ですよ。この高貴なる血は自然と人を集めるのです。それも、とりわけ優秀なのを」
報告に来た兵士が後ろから引き裂かれて倒れる。
それを行ったのは禍々しい爪付き手甲を装備している男性。
その男性を含めて、ぞろぞろと不躾な足取りで六人が入ってくる。
場が静まり返った。
「……『魔爪』……『爆弓』……『氷嵐』……他のも、異名はないがAランク冒険者ばかり、か」
クラウさんの唸る声が耳に届く。
なるほど。全員Aランク冒険者、か。
「爆弓」はわかる。
呑気にこちらに――というか俺に向けて手を振っている。
まるで知り合い、あるいは友達へと向けるような気安さが感じられた。
中指を立てておく。
それと、妙に雰囲気があるのが他に二人。
一人は、黒髪短髪の鎧を身に着けた筋骨隆々の男性。
その両手には禍々しい爪付き手甲を装備していて、「魔装」……え? 違う? 爪の方? 「魔爪」と呼ばれる人物。
もう一人は、金髪長髪の高級そうなローブを見に纏う男性。
その手には青い宝石がはめ込まれた杖を持ち、どこか神経質そうな顔立ちの……こっちはわかった。「氷嵐」と呼ばれる人物。
クラウさんに小声で確認したので間違いない。
そんな二人と「爆弓」、他の三人のAランク冒険者を加えた者たちが、伯爵の味方をするように傍に立つ。
そういえば、ジーナさん以外のAランク冒険者はみんな敵だったな。




