気付かれないといじけたくなる
「蒼空の剣」の活躍を聞くだけでもそれなりの時間が経っていたため、これで一旦この場は解散となった。
リユウさんもネウさんも「魔物超大発生」に向けて忙しいため、これ以上の話は終わってからになる。
一応、リユウさんには協力するに辺り、俺は合同部隊ではなく個人行動でお願いしますと伝えておく。
アブさんが居るからという理由は――言わなくてもわかってくれた。
リユウさんとネウさんを宿の外まで見送ったあと、部屋に戻り、ベッドの上に寝転ぶ。
視線は天井に向けられているが……見ているけど見ていないような感覚に陥る。
頭の中で、先ほど聞いた話が駆け巡っているからだ。
………………。
………………。
「浮かない顔だな」
部屋の中で天井付近をふよふよ浮かぶアブさんが、そう声をかけてくる。
ここ数日でわかったことだが、他に誰も居なければアブさんは結構話しかけてくるのだ。
これまで一人だったから、誰かと話せるのが嬉しいのかもしれない。
「……まあ、な」
上の空で答えてしまうが、今はまともに返せる自信がない。
「先ほどの話に何か思うところでもあったのか? なんてことはない冒険者の話だと思うが?」
「……知っているからさ、アブさん。俺は知っているんだよ」
「何を、だ?」
アブさんが首を傾げる。
そう。知っている。いや、俺の中には当事者の記憶があるんだ。
―――
火のヒストさんは、ここ――トゥーラ国の王都の生まれである。
両親は共に冒険者で、その両親を早くに亡くしていた。
王都とは別のところで発生した「魔物大発生」の進路上にあった町を守るために。
突然の両親の死に、幼い火のヒストさんは泣き崩れる。
そんな火のヒストさんを支えたのは、仲のいい四人の幼馴染だった。
幼馴染たちから生きる活力をもらい、火のヒストさんは両親を亡くして孤児院に移ったが、それでもくさることなく成長していった。
そして、スキルを得られるようになる十五歳の頃――火のヒストさんは火属性を得る。
火のヒストさんの魔力は最初から豊富であり、才能も所謂天才的であったため、類稀なる火属性魔法の力を発揮した。
力を得た火のヒストさんは、両親の後を追うように冒険者となる。
魔物への復讐――ではなく、自分の力で守れるモノがあるのなら守るために。
また、トゥーラ国はその時から既に冒険者の国と呼ばれていて、憧れの職業ということもあってか、同時期に幼馴染四人も冒険者となった。
青髪の男性魔法剣士――ソウマ。
金髪の女性回復魔法使い――キア。
黒髪の女性斥候兼格闘家――グララ。
黒髪の男性盾戦士――シール。
そこに、火のヒストさんを加えて――それが、冒険者パーティ「暁の刃」である。
「暁の刃」は快進撃を続けた。
何しろ、当時――今はわからないが、少なくともこの時は最年少、最短で全員がCランクまで駆け上がったのだ。
その過程で火のヒストさんは筋肉に目覚めたようだが……俺の記憶に残したくないので割愛。
まあ、なんだ。
火のヒストさんには冒険者の師匠と呼べるような存在が居て、その人の盛り盛りの筋肉に憧れただけである。
それだけのこと。
思い出すことで重要なのは、確かに「暁の刃」はCランクになった。
それに、幼馴染たちの力が弱い訳ではない。
火のヒストさんの記憶の中で見る幼馴染たちの強さは、少なくともランク相応だ。
ただ、火のヒストさんだけは違う。
冒険者の師匠は、本当に冒険者の師匠というだけで、それ以外は関与していない。
それなのに、火のヒストの力は、異常なまでに高いと言ってもよかった。
わかりやすく言うのであれば、この時、一人だけAランクに迫る強さを持っていたのである。
それこそ、将来はSランク間違いなしとまで言われた。
「暁の刃」が最年少、最短でCランクまで上がれたのは、間違いなく火のヒストさんの力があってこそだと俺は思う。
だから、なのかもしれない。
これは火のヒストさんの記憶だから、そこにある思いは火のヒストさんしかわからない。
幼馴染たちが、この時どう思っていたかはわからないのだ。
少なくとも、火のヒストさんの視点で見れば、本当に仲のいい幼馴染たち――だった。
それが起こったのは、「暁の刃」が国から依頼を受けた時。
別に、「暁の刃」だけではなく、国が数多の冒険者パーティに「ミスリル鉱石」を求めたのだ。
ダンジョンの「魔物大発生」を防ぐために。
国中は他の冒険者たちが見た。
それでも見つからない以上、他に求めるしかない。
「暁の刃」は……とある巨大ダンジョンに「ミスリル鉱石」を求めた。
今ならわかる。
そこは、ラビンさんのダンジョン。
そこで……起こった。
「ミスリル鉱石」を見つけ、手にした火のヒストは――突然後ろから斬られる。
手にした「ミスリル鉱石」を落とし、振り返った火のヒストさんが見たのは、剣を振り下ろした姿の男性魔法剣士・ソウマ――仲間の姿だった。
他の仲間も同様で、ただその光景を見ているだけ。
助けようとしたり、とめようとしたりは一切していない。
火のヒストさんの感情は、怨嗟よりも答えの出ない疑問で埋め尽くされる。
何故、斬られたのか、本当にわからなかったからだ。
確かなのは、向けられる殺意は本物であり、後ろからの一斬りは深手で、逃げなければ間違いなく殺されるということ。
逃げるが、足取りは重く、直ぐに追い付かれ、追い込まれた火のヒストさんは、俺と同じくあの大穴に落ちて――そこで意識が一度途切れた。
―――
俺と違うのは、火のヒストさんはそこで一度死に、スケルトンとして生まれ変わったということだろう。
少しばかり話を聞き、火のヒストさんの記憶を思い出して、改めて疑問に思うことは二つ。
一つは、それなりの名の知れた冒険者――Sランクまでいくかもしれないというのは相当なことだと思うのだが、火のヒストさんの存在が一切伝わっていないということ。
リユウさんも知らないとなると、冒険者ギルドにすら記録として残っていないのなら、それは変だと思う。
それと、もう一つ。
ネウさんは、男性魔法剣士・ソウマと女性回復魔法使い・キアとの子孫とのことだが、それもおかしい。
何故なら、女性回復魔法使い・キアは、火のヒストさんと男女の関係だったはずなのだ。
少なくとも、ラビンさんのダンジョンに入ったその時は。
………………。
………………。
違和感は拭えない。
でも、現状でこれ以上の情報を得ることができない以上、答えは出ない。
モヤモヤするが、改めて話をしてくれる約束は取り付けているし、その時に何かわかることを期待しよう。
そのためには、「魔物超大発生」を乗り切らないといけない。
こういうのは予測不能だし、何が起こるかわからない。
集中していかないと――。
「て、なんでそんな隅っこに?」
アブさんが部屋の四隅の一角でいじけていた。
「アルムが無視するからだ……」
どうやら考えに集中し過ぎていたようだ。
アブさんに悪いことをした。
「悪い。ごめん。ちょっと考えることがあって。でももう大丈夫だから」
「……本当か?」
「本当本当。ほら、話をしよう。といっても、俺が寝るまでだけどな」
「うむ。たっぷりと話そうではないか」
いや、寝るまでだって。
眠くなるまでアブさんと話した。




