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ものぐさ魔法嬢の罪滅ぼし  作者: 若柚子
9/9

9.ラベンダー色の記憶、浅葱色の決意

「あは、エリーったらやっと起きたんだから!!もー、このお寝坊さん!」

 エリー...エリー、か。

目の前にいたのは、リュンネだった。

眼前を覆う彼女の澄んで煌めくペリドット

それにどこか心を惹きつけられ、しばらく見つめる。

すると少女は何だか嬉しそうな顔をしてエレーナに抱き着く。

首に触れた彼女の銀色のブレスレットがひんやりとした感覚を与えた。

「リュンネ、少し苦しいのですが...。」

「えへへ、エリー!エリー!」

嬉しそうに首元に頭を擦り付ける様はまるで子犬の様。

そういや、あたしはなんで寝てたんだっけ...。

「ちょっと?!リュンネさん貴女、お嬢様になんてことを!!」

「んえ?別に友達にハグしてるだけだけど?」

「あれ、お嬢起きてんじゃん。身体大丈夫なん?」

「エレーナ様...。」

アメリア達も傍で介抱してくれてたのか。

あれ、なんでアメリア、リュンネの事知ってんだ?

「皆様、お知り合いでしたのね...。」

「実は、ついさっき知り合ったばっかりなんです。」

「いやさ?お嬢がいきなりぶっ倒れたもんだからネロが抱きかかえてソファーまで運んでたんよ。そしたらさ?こっちにリュンネちゃんが取り乱しながら駆け寄ってきたんだわ。」

「ほんっとに焦っちゃったんだから!」

「...ご迷惑をお掛けしましたね。」

あぁ、そうだ。

さっきあたしはぶっ倒れたんだ。

本来、目の前で笑ってる少女に掛けるはずの魔法に失敗して。

自分への未来への重圧に耐えきれなくて。

思い出すだけで脳ががんがんする。

「エリー、大丈夫だよ。エリーが元気なだけで嬉しいんだから。」

「...ありがとうございます。」

「んふふー!エリー大好き!」

「ちょっと!私たちもお嬢様の事をとぉーってもお慕いしているのですが?!」

「あーもー、いちいち突っかかりなさんなこのワンコロ!」

「誰がワンコロですって?!」

「ふ、二人とも...。エレーナ様、起きたばっかりなんだから...。」

「へへーんだ!わたしがいっちばん大好きなんだから!」

「何ですって?!」

「ちょっと、リュンネちゃんまで...。」

「...そういえば、ネロはどこへ?」

「あぁ、ネロはお嬢様の軽食を取りにいってますわ。」

「あん時のネロも物すんごい形相だったよねぇ。」

「完璧な執事がしていい顔ではありませんでしたわよね...。」

「そうそう!ネロさん『どけ!!!』なんて言っちゃってさ!」

「そんでもって爆速で軽食の方へ突っ走ってねぇ。」

「ネロさん、やっぱりエレーナ様のこと...。」

「きゃーっ!!」

ハグから解放するや否や顔を手で覆いぴょんぴょんと跳ねたりと忙しないな。

にしても会話に完全に取り残されてしまった。

なによ、なんか恋バナしてるみたいじゃん。

幼馴染ものは確かに最高よ?

でもそりゃあ二次元だけの話であって実際はちっこい頃から一緒にいたら恋心とか芽生えないだろ。

実際前世の頃も結構仲良くしてた男の幼馴染いたけどさ、「あんたあたしの事好きになれると思う?」つったら何て言われたと思うよ?

「あー...。いやー、無理無理w流石にお前を恋愛対象としては見れんわw」

だぞ?

残念ながら無理なんだなぁ。

妄想と創作だけに存在する代物、オタクに優しいギャルと同類なんだよ。

え?ここ二次元の世界だろだって?

...ぐうの音も出ん。

いやでもさ?攻略対象が悪役令嬢に好意を向けてるってシナリオ作る物好きなライターはおらんて!もしいたら土下座案件だけど!

だから無い!!ゼロです!!Q.E.D.証明完了!!

「そうだ!!エリーも起きたことだし改めて自己紹介しまーす!ブブロン村から来ました、リュンネ・ハーファスでーす!」

「うお、テンション高っ。」

「アメリア・フーシェン。エレーナお嬢様の忠実なる臣下であり、この三人のリーダーですわ。」

「は?誰がリーダーだよワンコロ。うちもクロエもリーダーって性分じゃないけどあんたがリーダーは絶対ないわ。」

「何ですって?!」

「わ、やっぱり目が真っ赤だぁ。」

「ほーらこう言われただけで目ぇ赤くする奴はリーダーにはなれんでしょ。」

「この小狐嬢は...!!」

「なにさ、言いたい事でもあるんだったら言ってみろよ狂犬嬢。」

「ちょっと二人ともダメだよ...!!」

いや、確かに三人ともリーダーには向いとらんけどそんな口論せんでも...。

常々思ってたけど、この二人絶対エレーナが好きって共通点無かったら仲悪かったよなぁ。

そう思うとエレーナってスゲー...。

「これがケンカップルかぁー。初めて見たー!」

「え。」

「はい??」

「けん...何です?」

ちょっとあの馬鹿、この世界でその言葉は通用せんって!!

しかも勝手にエレーナの取り巻きを百合フィルターに掛けてんじゃないよ!!

この世界はあたしらにとっちゃ二次元だけど、あちらさんにとっては三次元なんだから!

「ケンカップル!いーっつも喧嘩ばっかりしてるけどなんだかんだ一緒にいるカップル!違うの??」

「私とノエルがカップル...??」

「ごめん待って、理解が追い付かないんだけど。えっと君、目が腐ってなければわかると思うんだけど、うちらどっちも女子なんだが??」

うわ、二人とも大困惑してんじゃん!!

アメリアに至っては宇宙猫状態じゃん!!

この大馬鹿娘!!!

「あの、リュンネ...?そういった話はあまり堂々とするものでは...。」

「性別なんて関係ないよー!!好きに男も女も無いし!!」

やめろやめろやめろ!!!

なんか...なんだ、共感性羞恥がこみ上げてくる!!

「もう何なんですかこの方!!私とノエルは恋人ではありませんわ!!」

「あ、そうなんだ...なんかゴメン...。」

「ほんとだよ全く。で、うちも自己紹介しなきゃか。うちはノエル・サージェルナド。人からは小狐嬢って呼ばれてる。」

「え、えーっと...その、わたし、わたしは...。」

クロエ、目がきょどきょどしてら。

リュンネと目線が一切合ってないじゃん。

「ほらクロエ人見知りしないのー。お嬢ドレスの力で頑張れ頑張れ。」

「クロエ・ピュリメヴェレ、です...。えっと、その...わたし、エレーナ様達と違って貴族様じゃないけれど...その、その...。よろしく、お願いします....。」

「クロエちゃん!!よろしくねー!で、そのお嬢ドレス?って??」

「あ、えっとこれ、実は元々エレーナ様のお下がりで...。」

「へぇ、エリーの...。」

「う、うん...。」

「すっごーく可愛い!!!」

ずっと大理石に向かっていたクロエの目線がようやく前に向く。

瞬間、ぱああ...と表情が明るくなった。

「あ、ありがとうございます...!宝物なんだ...!!」

「そーなんだ!ここのお花の所とかすっごくエリーみたいでさ...」

「うん、うん...!!」

お、もしや仲良くなってますお二方?

なんだか子犬と戯れてる子リスみたいだ...。

あんな人見知りのクロエの心をすぐに解かすなんて...人懐っこさがカンストするとこうなるのか...。

コミュ力バケモンっておそろしいなぁ...(小並感)


「エレーナ!!!」

「...ネロ」

 うっっわ。

なんちゅう顔してるのよ君。

そんな、今にも泣きそうな顔しちゃって。

ただ少しぶっ倒れただけなのにさ。

「...お起きに...いやそんな場合じゃない。エレーナ...お前、倒れるまでに何が起きたか覚えてるか...?」

ぶっ倒れるまで?

クロエと一緒に化粧と着付けをして、ネロと三人で王宮に行って、アメリアノエルと合流して、ライル王子と出会って、ヒロインであるリュンネとも出会って、ワインの毒味をして、ワインに薬を盛って、殿下と何故かグラシアン王子に薬入りワイン渡して、リュンネに普通のワイン渡しちゃって、乾杯して、魔法のお披露目もして、それで、それで...

「フラムルンド殿下とグラシアン王子が...魅了魔法に掛かったのですよね。覚えておりますよ。」

「...!!...そうか、良かった。」

「御心配をお掛けしましたね。」

「別に良いよ。体は大丈夫か?とにかく軽食を取って来たから食べろ。」

「ありがとうございます。」


三色のマカロンに、カヌレ、アルタベリーとベガベリーが丸ごと入ったゼリー、そしてベガベリーのタルト。


その全てが一つの皿に綺麗に盛りつけられている。

...どれも、エレーナの幼い頃からの好物だ。

そういえばそうだった。

本当のネロはこんな奴だったな。

エレーナの事をよく考えてくれてる、彼女の良き理解者。

もう何年も完璧執事状態だったから忘れていたのかもしれない。

変わってなかったんだ、幼い頃、あの大庭園の秘密基地で()()()遊んでいたあの頃から...。

...一緒に...?

「あ──」

そうだ、思い出した。

なんで忘れていたんだろう。

エレーナ、あの広場でネロと遊んでたんじゃん。

ひとりじゃ、なかったんだ。

うわ、うわ...!!

頭の中で何かが開く音。

「そうか、そうだったんだ...。」

「エレーナ?」

「そうか、って...?」

「いえ、お気遣いなく...。」

子供の頃の広場での記憶にネロという存在が一気に復元されていく。

ぬいぐるみ達とのお茶会ごっこも、覚えたての魔法の披露も、木漏れ日に当たりながらしたお昼寝も...

全部全部、傍に彼がいたんだった。

改めて思う。

なんで忘れていたんだろう。

こんな沢山の幼少期での思い出、人格形成の土台になってない筈ないのに。

幼少期の記憶なんて経年劣化の様に忘れてても仕方は無いと思う。

でもこんなのおかしい。

それ自体の記憶はあったんだ、明瞭に、確実に。

なのにネロという要素だけ綺麗に削げ落ちてたなんて。

「もしかして、魅了魔法についてなにかわかったり...?」

「魅了魔法に関しては情報足りなすぎる。流石のお嬢でもすぐ解明できるもんじゃないっしょ。」

「ノエルの言う通り魅了魔法については...申し訳ないですが今はなんとも...。」

「...そうか。でも今はエレーナにも被害が及ばなくて良かった。」

「お嬢は次期国王妃となるんだから決して安全な立ち位置とは言えんからね...。」

「...そう、だな。」

「...。」

ネロは、覚えてるだろうか。

二人だけになって聞けたらいいのだけれど。

まぁ...状況的に今は無理かな。残念残念。

ベガベリーのタルトに口を運ぶ。

うん、美味しい。

味覚は戻ってるようだ。

「さて、皆様はもう事情聴取は済ませたのですか?」

「いんやこれから。というか多分うちらザンギエフ貴族は今日事情聴取無いよ。急がなくても取り調べできるからね。」

「となるとわたしだけ...?!」

「あとわたしもだぁ...。魅了魔法なんて知らないのに...。嫌だぁ...。」

「どんまいどんまい。」

「解散の許可が下り次第俺らは帰ろう。それまで休んでろ。」

まぁそこは想定通りで助かったというか何と言うか...。

というかほとんど全部順調に進んでたんだ。

なんか、一つの失敗でこんな大事件になってるんだからヤバいよな。

「失礼致します。クロエ・ピュリメヴェレさん、事情徴収のお時間です。」

話をすれば来てしまったか。

というかちゃんと来場者の名簿つけてたんだな。


 そんなこんなでザンギエフ貴族以外の来場者の事情聴取も終わり、王宮から解放されたのは二十時だった。

「じゃあねエリー!またぜーったい遊ぼうね!!」

「えぇ、またいつかお茶会でも。」

入口でリュンネと別れた後、アメリア、ノエルの馬車を見送る。

そしてクロエを馬車で無事家に送り届け、やっとこさ侯爵邸に帰宅できた。

「...エレーナ・シャーグロッテとネロ・クローレ、ただいま戻りました。」

「「おかえりなさいませ」」

いつもの音圧。

でもメイド達の顔は焦りと安堵が入り混じった顔をしていた。

そして間もなくいつになく焦って出迎えにきたエレーナマッマにしっぽり聴き絞られてようやく部屋に戻ったのが二十一時。

その時にはもうイブニングドレスはもう脱いでネグリジェに着替えていた。

あぁ...疲れた。

ふかふか布団がお日様の匂いで気持ちえぇよ...。

でも最後に一応やっとかなきゃいけん事あるよね。

...杖と薬瓶の処理。

コミューの海に行かなきゃ。

犯行に使った杖と魔改造版増強薬と妖媚薬が入った薬瓶、その他諸々をバッグに入れて、飛行用の箒をこっそり置き場から持ってくる。

そうだ、この時期の夜はやっぱ冷えるから一枚ストールでも羽織って...

よし、行こう。

箒の自動操縦モードをオンにして、行先はティキルー地方圏のコミューの海岸に設定っと。

よしよし、これでうっかり寝てても迷子にゃあなるまい。

出発、おしんこ~。

窓を開けて箒に跨り飛び出そうとする。

「夜分に失礼致します。お嬢さ...ま...。」

あ。

見つかっちった。

「あらネロ、こんばんは。」

「いやこんばんはじゃねぇよ!箒なんて乗ってどこへ行こうとしてるのですか!」

「少し夜風に当たろうかと。」

「はぁ...??」

いい機会だ。ネロも連れてってあの話について聞いてみるか。

「良ければご一緒します?」

「いや何言って...」

「では行ってきます。」

「だあああああ!!女の子一人で夜出かけんのは危ねぇだろ!!あーもう、わかった、わかったよ!俺も行くから!!」

「ふふ、ではこの手を取ってくださいな。」

「旦那様に怒られても知りませんからね...。」

とか言いつつ、どうせ一緒に怒られに行くんだろうな...。

ネロを後ろに乗せ、箒は侯爵邸から飛び立つ。

流石お高い箒。人間二人くらいの重量を物ともせず夜空を駆けている。

秋夜のひんやりとした風が肌を掠める。

ふと触れたところから服越しに感じるネロの体温がほんのり温かい。

空から見る夜のメリィドは街灯と家から漏れる光で優しく輝く。

上を見上げるといつもより星が近く、明るく感じた。

それでも手は届きそうにないけれど。


「それで、どちらへお行きに?」

「...今日くらいは素のネロでお話になって。かつての、幼き私たちのように。」

後ろから微かに息をのむ音がする。

そうだろうそうだろう、いつも完璧執事を求めてるエレーナが素を許可するとは思ってもみなかったろう。

「んじゃあ、遠慮なく...。で、どこ行くんだよ。」

「何だと思います?」

「えー...。今日の魔法の公演の成功を記念してジャルノの湖...はこんな夜更けに行くような距離じゃねぇよな。」

「メリィドからだと片道三時間くらいは掛かるでしょうね。」

「だろ?これでもしルミナのラベンダー畑とか言ったら無理やりにでも家に戻らせてたわ。」

「そこまでやんちゃではありませんよ。」

「行くとしてもザンギエフ内にしとけ。」

「勿論。行先はザンギエフの領土ですよ。」

「だとしたら...そうだ、コルトラか。昔花火魔法で遊んだろ?」

「あの時はお父様たちがいらっしゃったでしょう?二人きりで真夜中の断崖は流石に危ないですよ。」

「そ、それもそう、か...。だとしたら見当つかねぇな...。」

「でも海なのは合っていますわ。もう候補が無いのなら答えを言ってもよろしくて?」

「...答えは?」

「コミュー。」

「コミュー...コミュー?!それだったらコルトラの方が近いだろ?!」

「今そんなこと言ったって遅いですよ。私達、もうローランにはいるのでは?」

「あーもうシャンティアでてるのかよ!!...ったくそんなに長居するなよ。」

「わかっていますって。」

ネロ君...なんか君...素の方が保護者味強くない??

てか今反射的にエレーナ製脳内マップで色々話してたりしたけど、やっぱり前世では聞きなれない地名ばっかだ。

一応念のため解説しとくと、王都メリィドがあるシャンティア地域圏はザンギエフの中央部として、北部ローラン地方圏はシャンティアの上隣り、コルトラは北西部マシェンティア地域圏...あのリュミエラチーズの名所んとこ。

そんでコミューがあるティキルー地方圏は北部に所在してる。

因みにジャルノとルミナはそれぞれミズガルズ王国の南部、南東部にある。

てかルミナはあちらさんの王都だね。

よく背景設定班は緻密に地理情報とかその他諸々を作り上げたもんだ。

それはそれは本編は良く練りこまれた、正に良作と言うに相応しいゲームや小説だったんやろなあ...。


 シャンティアの川や湖、ローランの森を見降ろして箒は星空を駆ける。

その速度はお世辞にもゆったりとは言えないが、空気抵抗を受けるはずの身体はまるでそよ風に靡く程度の体感だった。

快適、その二文字に尽きるぜ。

メカニズムはさておき、最高級の飛行箒はいやはや全く、伊達じゃないね。

「今度はリュンネもお茶会にお呼びしましょうね。」

「いやでもあいつブブロン村に住んでるんだろ?そう気軽に何回も行ける訳じゃねぇし、どうやって招待するんだよ。」

「それは私の方で色々考えますので。茶葉はまたマルディカが良いかしら?でもこの季節だったらアルケマスの方が美味しいわよね。」

「この間ルジェットから上質な秋摘みのアルケマスを仕入れたからそれにする予定。好きだろ?アレ。」

「あら嬉しい。」

「ベガベリーのタルト以外の菓子はどうする?オレ任せで良いのか?」

「...シェードラのお菓子を何か一つ入れてくだされば他は任せるわ。」

「お前最近シェードラ味のお菓子頼むよなぁ...。ま、いいけど。」

シェードラは完全にあたしの嗜好や...。

だって柚子のお菓子ってマージで美味すぎるんだもの...しゃーないよな...。

昔話や今度開く茶会についてと久々に気の置けない様な話に花を咲かせていたら、足元に紺色の海が見える。

「ほらネロ、コミューの海が見えましたよ。星月夜を映してて綺麗ですね」

「夜の海ってのも湖とは違う風情があるよなあ...。」

緩やかに下降していき、箒は滑らかな着陸を終える。

ふかっとした砂を踏む感覚。

頬を掠める冷えた潮風。

磯の香りと潮騒の音。

しかし、水平線は暗くて見えない。

───最期の日(あの日)を思い出す。

大丈夫、あたしの足はちゃんと大地についている。

この寒さも夜風から来るものであって、深い海の底のものじゃない。

呼吸して肺に入るのは溢れるような海水ではなく、流れ込む酸素。

見上げてもあるのは遠い水面じゃなくて、遥かの夜空。

ここは、あたしの命を脅かす所ではない、大丈夫。

「ではネロ、焚き火でもしましょうか。枝を拾って来ていただける?」

「そんなねぇとは思うけど...。」

「その時は草元素魔法でも使いましょうか。」

「一応探しては来るから。ちょっと待ってな。」

「あ、ランタンを持って行かないのかしら?」

箒の柄に吊るしてたランタンを取り外しネロに手渡す。

「わりぃな。」

そう言ってネロはランタン片手に浜辺を歩き出していく。

橙色の明かりがどんどん遠ざかっていく。

さて、真っ暗だ。

そんな時の為に持って来た蛍石(リュミエプル)

小瓶の蓋を開くと蛍石はまるで本物の蛍のように光を持って周囲を飛び回る。

継続時間は持って五分。

よしよし、んだば薬瓶を洗ってしまおう。

犯行用の杖を左手に持った薬瓶二本の前に突き出す。

「流水よ(wagwa)(schen.)い流せ。」

途端、薬瓶の底から水が湧き出でる。

水は渦を巻き、枯れるように底へと消えて行ってしまう。

んじゃこれで「犯行用に使った」薬瓶は「ただの何の変哲もない」薬瓶へと戻りましたと。

こん中に適当な事を書いたメモをぶち込んでコルクで蓋をして...

メッセージボトル完成ー。

今は周囲に誰もいないことだし、

「そおおおおおいっっっ!!!!」

野球選手もビックリな豪快なフリースローと共に薬瓶たちが海へ放流されてった。

うーん...S〇Gsに中指立ててる様な気分だぜ...。

え?メモに何書いたかって?

「全人類陽月をすこれ」と「家に帰りたい」を...日本語で....。

陽月ってのはまぁ...うん...あたしの推しカプといいますか、崇拝対象と言いますか...。

前世で凄いのめり込んでたゲームのキャラのカップリングでして...。

まぁ簡潔に言えば尊くて素晴らしいもんなんだ、わかってくれ同志諸君。

どうせ何書いたってバレないだろ。知る限りじゃ日本語みたいなのは存在しないし。

と、これで二、三本ほど草元素魔法で発生させた枝に犯行に使った杖を紛れ込ませて...

「ネロ、集まりましたか?」

「それなりに。これ位だったら出来るだろ。」

それなり...これ位...これが...?

片腕にはこんもりと抱えられているその枝がそれなり?

てかそんな落ちてないとか言ってたのは君じゃないか。

杖入り枝の束を一か所に落として集める。

「ありがとうございます。ではこちらに盛ってくださいな。」

「はいよ。よっと。」

ドサッ

ドサッ?!

今なんちゅー音したのよ?! 

「かなり沢山見つけましたね...。」

「そうか?」

「えぇ、それなりではありませんよね。」

「まぁ、そうかもな。」

そう言い残して真向かいに置かれた丸太に座る。

座るや否やネロが懐に入れていたナイフで小枝をささがく。

五分もしない内に真っ直ぐな小枝は彼岸花の様な姿になる。

「ん、これに火つけな。」

「あら、気が利きますね。燃えよ(Feuer)

小枝に火が燃え移る。

その火がどんどん枝に伝播していき、あっちゅう間に見事なキャンプファイヤーと化した。

暗夜の砂浜にて炎がゆらゆらと輝く。

パチパチと鳴る火花の音と波のさざめき。

煙が潮風と共に天高く舞い上がる。

杖も多分...燃えてるよな...?

さて、もう後処理も済ませたし「あの話」をするか。

「...ねぇネロ?」

「ん?」

「覚えてますか?私たちが子供の頃。」

「そりゃあ覚えてるけど...。」

「大庭園の秘密基地で遊んでいましたわよね。」

「エレーナ、お前...。」

「何故今まで忘れていたのでしょう。私と貴方、いつも二人で遊んでいましたのに。」

「そうですわ、私...だからアフタヌーンティーが好きでしたの。前は厨房からくすねたジュースやお菓子を持ち寄って開いた『アフタヌーンティーごっこ』が大好きで大好きで...。初めてお父様にお頼みして、本当のお茶菓子と紅茶を使った『本物のアフタヌーンティー』をしたあの思い出は、えぇ...きっと宝物と申し上げても差し支えないのでしょうね。」

自然とそんな言葉が口からポロポロと零れる。

これはきっとエレーナ自身の本心からの言葉なのだろう。

「そうだ...そう、だな。俺たち、二人で遊んでたよな...。」

「本当に、何故忘れていたのでしょう。こんなに煌めいた記憶なのに。」

「...何はともかく、エレーナが少しでも思い出してくれただけで良かったよ。」

「そう?だったらまた二人でアフタヌーンティーをしましょう。...ごっこでも良いですけれど。」

「ごっこ遊びって歳じゃねぇだろ俺ら!...でも、そうだな。いつか、また...。その時はいつもより良い茶葉を仕入れてくるよ。」

「ふふ、楽しみにしてますよ?」

まるで口の主導権を奪われているようだ。

そう錯覚するほどにすらすらと言葉が発せられていく。

「...なあ。」

「なんでしょう?」

「ごっこ遊びの方で持ち寄った菓子って...なんだったか覚えてるか?」

紅い瞳がこちらを見据える。

矢のように真っ直ぐな紅の視線。

なんだなんだ、そんなアフタヌーンティーごっこがしたいのか。

「マカロンやクッキーやフルーツの砂糖漬け、お花の砂糖漬けもありましたわよね。あとは...カリソン、でしょうか。」

「...そうだ、カリソンだよ。あれやけに美味かった記憶があったんだけど何処の菓子屋にも売って無くてさ。」

「当たり前でしょう。あれはルミナの伝統菓子ですよ。」

「ルミナ...忘れてた、ルミナのだったよな。なんで旦那様は持ってたんだろうな。」

「あの時はまだミズガルズ王国と仲が良かったですから...いえ、ですが何故ミズガルズ王国のお菓子が...。」

パッパがミズガルズ王国から輸入してきた?

違う、パッパがミズガルズに出向く時のお土産は必ず甘いフルーツのヌガーだった。カリソンを持って帰ってきたことなんてなかった。

誰かからの貰い物?

貰い物を子供のごっこ遊びにあげる訳ないよな。

...何かおかしい。

ネロに目をやってもこちらを見つめるばかり。

...ネロの様に何か忘れてる...?

いや、あれは忘れてるだけじゃあない。

──都合の良いように改変が加わってる。

...ねぇ、エレーナ。

あんたの記憶、どこまで信じりゃあいいの...?

誰か、ミズガルズの人間と交流があった?

それも、お菓子を個人間で渡しあえるほどの関係に..。

ミズガルズの人間...ミズガルズ王国...

...グラシアン王子...?

そういやあいつ、久方振りとか言ってたな。

なんなら、一瞬ちくわ大明神の如く脳裏を掠めた何かがあった。

舞踏会内での両王子のバチバチに感じた変な感じも、きっと、何か理由がある。

エレーナとネロ、グラシアン王子、

...それと、多分、フラムルンド殿下。

どう考えても何かしらの関係はある。

無い訳が無い。

何故だか、確信をもって言える。

でも敵国の王子とどうやって仲良く...?

おぉう、ダメだ。考える為の材料が足りない。

それに、なんなんだ、この、頭の中にブレーキがかかっている感覚。

頭が、考えることを邪魔してるような...。

なんでネロの事は思い出せて二人の事に関しては何も出てこないんだエレーナ。

こういう時、エレーナの意識をあたしが完全に乗っ取っちゃってる事が悔やまれる。

せめて意識を共有できたり、エレーナ自身と対話できたら...。

「...はぁ。ダメだ。」

一旦この話はやめよう。

今考えまくっても結論は導き出せないのは目に見えてる。

それどころか疑問が増え続けて始末が悪い。

そんな言葉と共に疑問やらを棚にしまう。

すると、鈍った頭が一気に冴える。

まるで脳にハッカ油を塗った様な感覚。

そんなに王子たちの事を考えさせたくないのか...。

「ごめんあそばせ。そこはもう遠い昔の記憶。覚えていないのです。」

「...そうか。悪かったな、変な事聞いて。」

「いえいえ。」

記憶の復元と共に現れたのは更なる謎と疑念。


 でも、これからの目標は決まった。

エレーナ、あんたの記憶、元通りにさせてもらうよ。

ちょっとあんたの記憶はあたしがこれから動くのに信用が足りなさすぎる。

どこからどこまでが改変されてんのか知らんが、最大限利用できる範囲は修復したい。

じゃあ魅了魔法の騒動は放置かって?

勿論、それも同時並行でやる。

エレーナは記憶こそ信頼に足らないけどその知識は確か...いや、それ以上だ。

彼女の今の立場が如実に物語っている。

エレーナ・B・シャーグロッテが持ちうる知識を、立場を、才能を、全てを総動員して今できる最善の行動を取ろう。

何としてでも魅了魔法を解除しなくちゃ。

付き合わせてごめんね。

でもできないなんて言わせないよ、魔法嬢。

これはエレーナの破滅を回避するためだけじゃない。

あたしが二度目の死の味を知ることのないようにするためだけでもない。

エレーナの愛する人を守るための闘い。

無辜の民の幸福を守るための闘い。

きっとエレーナはそのために闘う。

あたしらしくはないけど、正直面倒だけど、何もしなければ、その先にある未来がもっと面倒になる。

面倒なことは先回りして潰しておくのが所沢結(あたし)流でしょ。

これは罪滅ぼし。

異世界の死者による罪滅ぼし。

エレーナ・B・シャーグロッテではなく、所沢結の罪の清算。

きっと孤独な闘い。

孤独じゃないとダメな闘い。

誰かを巻き込むわけにはいかない。

そうでしょ、エレーナ。

持っているものは一部を除いて最高の魔法使いの身体。

相手は自分が作り出した手の負えない魔法。

まるで妖精の呪いのような魔法。

紫の魔女の身体を貰っている以上、何としてでも解除してやる。

焚き火はもう直消える。

杖も砂に混じる灰と化した。

この火が消えた時、あたしの闘い(罪滅ぼし)は幕を開ける。

枝々は形を崩して床へなだれ込む。

火種は酸素を吸おうと足掻くが、もうそれを補助する木はいない。

───火が、消えた。

「──帰りましょうか。」

天昇る一筋の煙を見上げ、立ち上がる。

ストールを翻し、杖の方へ歩を進めた。


 紳士淑女の皆々様、どうか御刮目を。

これより先は喜劇か、悲劇か。

何が飛び出るかわからない正にマジックボックス。

お約束できるのは異世界の死者の足掻く姿。

異世界人による静かなる、決死の贖罪。

どうぞ、お付き合いくださいませ。


───行動、開始だ。


お久しぶりです、若柚子です。

毎度毎度同じ挨拶で申し訳ない...。

え?2023年に出した話数が2??いやいやそんな馬鹿な...本当だ...。

ようやっと宮廷舞踏会編が終了いたしました。

この編の終わり、それ即ち物語の本筋の始まりです。

結の罪滅ぼしの道をどうか一緒に見守って下さると幸いです。

次の話もお楽しみに~。

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