8.罪
───失敗した。
失敗した、失敗した失敗した失敗した!!
どこで間違えた?何をしくじった?
何故完璧な計画が失敗した?!
記憶の限りミスなんて一つも無かった!全てが順調だった筈!!
なのに!!
なのに失敗した!!
...いや違う。一つ、予想外な事があった。
...グラシアン王子の、試飲...。
そこで王子が魔法薬入りのワインを飲んだ可能性が...。
や...
や......!
やらかしたぁぁぁぁぁ!!!!!!
いやおかしい、ワインの位置は何度も確認した。
右斜め端、そこにグラスが二つあった筈。
...どっかですり替えられた...?
いやいやそんなこたない。いくら魔法の国でもそんな意味もなくワインの位置を移動する奴なんていない。
あたしの計画を知っていて、阻止しようとした奴がいたとしても、何故わざわざ告発せずにワインをすり替えて、より面倒な国際問題に発展させるような事をしたのだろう。
より重大な事態にさせて、責任追及としてあたしを脅すため?なんか恨まれることでもしたかなエレーナ...
何はともあれ、もしいるとしても何かしらの動作や振動は感じ取れた筈。物理的に手ですり替られでもしたら普通に気付くさ。
じゃあ魔法ですり替えられた?
いや、それだったら少なくとも呪文の片鱗が耳に入るでしょ。
物を動かす魔法の呪文くらい学校に行ってれば誰だって勉強する。ザンギエフ国民であればほとんどの人が聞きたことのあるもの。
その呪文を唱えても周囲は全くの無反応...なんて事ある筈ない。誰かしらは「なんで今移動の魔法が?」って怪しむでしょ。
しかも高速詠唱だろうが何だろうが呪文や詠唱あっての魔法なんだから聞こえない訳ないのに。
いやでも物理でも魔法でもないとしたら、何でワインがすり替わってるんだよ!
あぁぁぁどうしようなんも考えられん。
ヒューヒュー、と喉が鳴る。
泳ぐ瞳にはただただ白だけが映り、全ての音、声は遠く聞こえる。
落ち着こうと徐に口へ入れたポキは、味がしなかった。
真っ白い脳の中、「絶望」の二文字がただただ反響する。
もう終わりだ、おしまいだ。
全てが無駄になってしまった。
あたしはただ、楽になりたかっただけなのに。
そのためにあんなに頑張ったのに。
今この瞬間、その全てが泡沫となって消えてしまった。
いやダメだ。落ち着け、落ち着くんだエレーナ・B・シャーグロッテ。
息を深く吸って、吐く。
深く吸って、吐く。
...よし。
いやはやまずいぞ、とんでもない事が起きちまったぜ。
まさかまさかの大失敗、150%の確率を大外ししちまった。
しかももう取り返しのつかない状態。
それ+解除方法もわからないし助けを仰ごうにも誰かに知られたら人生終了。
...詰みだ。
どうするよこれ?いやどうしようもないでしょ。
...ッスーーーーーーー
......一旦、放置するかぁ!!
魔法がなんかの拍子に解除される一か八かに賭けようじゃない!!
我ながら責任感0の屑思考で笑うしかないよ、いや笑えんよ何言ってんだアホたれが。
何にせよもうこうなった以上、事の顛末を責任取って見送るしかないよな。
そんで見送りつつ水面下で解除方法を模索していこう。
よし決めた!とりま今は現状維持だ!!
王子と殿下は...マジでごめん!!元凶のあたしにはなす術ねぇや!!!!
いやだって成功が大前提の計画だったんだもの!!失敗して解除とかミリとも考えてなかったのよ!!ごめんて!!
...ネロに目を向ける。
ある意味惨状であるこの状況に硬直している。
SAN値チェック0/1D10です。コロコロコロ...うーん、ファンブル!!!
まるでフレーメン反応を起こした猫だ。ビクリとも動こうとしない。
「...ネロ。」
「これは...一体...」
「...。」
「どうなってんだよ...。こんな事、起こる筈がないのに...。」
「...同感です。何故、フラムルンド殿下とグラシアン王子が...。」
あたしが、薬盛ってやらかしちまいました。
グラシアン王子に関してはマジで土下座案件だよ。どう考えても最大の被害者だよ。誠に申し訳ないと思ってます。
「とりあえず、ホールへ参りましょう。」
「...はい!」
観覧室を飛び出し、ホールへ駆け下りる。
ホール内は依然、狂騒に包まれていた。
野次を立てる者、唖然とする者、二国の明日を嘆く者、様々な者がいるけど皆混乱していることに変わりはない。
そりゃそうだ、仇敵である二国の王子が今目の前で抱き合ってんだもの。
王妃様はあまりの衝撃に卒倒しまったようだ。
対して国王陛下はというと眉を顰めはしているものの、冷静さは欠けず周りを見渡していた。
流石「賢人王」...肝が据わっていらっしゃる...。
「お嬢様!!」
「アメリア様、ノエル様、クロエ様!」
「ちょっとまずいよ、何が起きてんのよこれ!」
「フラムルンド殿下とグラシアン王子様が...!」
「承知してます。私は国王陛下へ王命を仰ぎに参りますので、貴方達はここでお待ちしていてください。」
「お気をつけて!」
陛下の元へ一目散へ駆けだす。
道中リュンネの横を通りすぎた。
一瞬、目が合う。
「エリー...」
口を手で覆った彼女の身体はわなわなと震えていた。
あんなショッキングな光景を間近で目撃してしまったのだから無理もない。
つい二、三時間前あんなバチバチしてた二人が恋人の様に愛し合っているのだから。
本来君がその座にいる筈だったんだけどなぁ...
何はともかく、陛下の傍に到着する。
冷静の色を示していた陛下の金色の瞳は近くで拝見すると、微かな、だけど確かな動揺が映っていた。
かの賢人王といえど目の前で息子と敵国の王子が抱き合い、愛を囁きあっていたら動揺するわな。
「陛下!」
「...エレーナ侯爵令嬢。これは一体、どういう事だ。」
「...私にも理解できません。ですがこのままでは舞踏会が...!!」
「わかっておる。皆の者!!」
騒めきあっていた参加者が陛下の一言で静まり返る。
「我が息子とミズガルズ王国王子が抱擁している所を目にした者は多いと思う。これは何者かが我が国とミズガルズ王国を狙い、仕組んだ襲撃やも知れぬ。何にせよ両国の関係へ多大なる損害を与えかねない事態である事に変わりはしない。よってこれより舞踏会は中止とし、一時間後緊急の会議を行うものとする。エレーナ侯爵令嬢はロマン卿へ緊急召致の伝令を、魔法検査官は魔法の有無の調査を、衛兵は警備の強化、並びに我が国を襲わんとする国賊の捜査を早急に始めよ。ここにいる者はこれより事情聴取を行う故、ホールにて暫しの待機を頼みたい。総員、持ち場につけ!!」
衛兵含む使用人たちが陛下の号令と共にざっと一斉にホールを離れていく。
一方検査官は殿下と王子の目の前に立つや否や白い粉を振りかけ始めた。
...にしても国賊とは酷い言われようだな。
成功したとしてもトラブルにはなっただろうけど...
とりあえずパッパに連絡しよう。
「風よ、言の葉を象る鳩となりてかの者に届けたまえ。」
杖から鳥を模したかの様な風...風鳩が形を持って現れる。
「お父様、エレーナですわ。国王陛下より緊急召致との令が下りました。舞踏会にてフラムルンド王子殿下が何者かの襲撃らしきものを受け、これより緊急の会議を行う様です。詳細はお父様がいらしてからお話しますので、至急王宮へ参内して下さいませ。」
っと、これでok。
風鳩が乗る腕を外へ手伸ばす。
「さあ、お父様の元へお行きなさい。」
葉っぱにも見えるラベンダー色の羽を羽ばたかせて、鳩の風はパッパの元...シャーグロッテ邸へと向かっていった。
「国王陛下!!」
途端、青いランタンを持った魔法検査官が大声を張りあげる。
その声に誰もが振り向いた。
「モリス魔法検査官、何かわかったか。」
検査官が陛下たちを見上げる。
その息は少し震えているようだ。
「...お二方から魔法印が、検出されました...!」
「何...?」
「嘘でしょう...?」
一斉にホール全体がざわつきを取り戻す。
「魔法による襲撃だと?!」
「ザンギエフの魔法対策をすり抜けるなんてあり得るのか?!」
「こんなの百二十八年前の二の舞じゃない!」
ざわつきは加速度的に増していく。
ふざけてる場合じゃないのはご尤もだけど、この状況を言い表すのなら正に今ホール中の状況はパニックパニック皆が慌ててるって言葉がふさわしい。
「静まれ皆の者!!」
またもや国王陛下の一喝が入る。
しかし今度は完全に静まり返る訳ではなかった。
「どういう事だ!ザンギエフの魔法対策はヴェルト随一じゃなかったのか!!」
「こんなのだからミズガルズに和平解除されるのよ!」
「にしても敵対する同士の王子を抱き合わせるなんて訳の分からない魔法だなおい...。」
「...とりあえず、モリスは明日より魔法印の主の捜索を。もし我が国のリストに無ければヴェルト中の杖屋を回ってでも探し出せ。」
「は、はい!」
モリスと言われた検査官がコートの懐にいれていたカードを魔法印にくぐらせると印がカードに転写される。
魔法印が描かれたカードを再び懐に戻すとホールを飛び出して行ってしまった。
「魔法の調査は研究所に頼むとしようか...。会議の際にラプラス魔法研究所に調査依頼書を発行するよう命じれば...。」
口を親指と人差し指に当てながらぶつぶつと独り言つ。
まぁ何にせよ完全犯罪はやり通すつもり、絶対にバレたりなんてさせない。
モリスさんには悪いけど魔法印の主探しは完全な無駄足だぜ。
そんな内に風鳩は赤茶色にその姿を変えて戻ってくる。
...無事届いたみたいだ。
またあたしの左腕に乗った風鳩がその嘴を開くと、蓄音機の様にパッパの声が聞こえる。
「私の愛しの娘よ、相分こうた。これより二十分ほど後に王宮へ到着する。ネロと共に王宮の入口にて待うていてくれ。」
左腕を振り払うと赤茶色の羽を残して風鳩はふ、とその姿を消した。
んじゃ、入口に行きますか。
「ネロ、お父様から共に王宮前で待機せよとのご連絡を頂きました。入口へ参りましょうか。」
「はい!」
そして二十分も経たないうちに王宮前に馬車が停まる。
シダと菫の紋章...間違いない。
エレーナのパッパ...スィーヴハー候ロマン閣下のご登場だ。
扉を開くといかにも真剣そうな顔で馬車から降りるロマン閣下の姿。
家族大好きで寛大な父親の顔とは違う ...「献身せし者」という爵位号を冠するに相応しい、王国の貴族の中で最も信頼されている臣下としての顔。
普段滅多にお目にかかれないけど...生で見ればエレーナが尊敬する理由がわかるような気がする。
「お父様!」
「旦那様!」
ロマン閣下と目が合う。
エレーナと瓜二つな紫の瞳。
あたしを認識した瞬間、一気にその瞳が潤む。
眼にもとまらぬ速さで抱きかかえられた。
「おぉ、エレーナ!!君が無事で良こうた..。」
「私とネロは大丈夫ですわ。それよりも先程の風鳩で申しました事の詳細を道中でお話し致します。」
王宮ホール、事故現場へ三人歩き出す。
もし成功したとしてもこうなっただろうけどで、実際愛する実の父に大迷惑を掛けている事実への罪悪感が一歩ずつ重量を増しながらのしかかる。
「して、フラムルンド殿下が襲撃を受けたとの事でおうたがまず殿下は無事であろうか?」
「あの状態を無事...と言って宜しいのでしょうか...。」
「ぶ、無事というかある意味無事ではないというか...。」
「君たちにしては歯切れの悪い返答であるな。」
「とりあえず、殿下の御身体自体は確実に無事です。身体自体は...」
「...。」
そうだ、身体自体はなんちゃあないんだ。
問題は精神面なんだ。
まぁ成功しようがこうなったんだからこれが正常なの
「となると暗殺者、他国による攻撃、何よりも服毒ではないと...良こうた...。となると何が殿下の身に起きたというのだ?」
「...魔法です。」
「っ?!」
「...ネロ、君は...今、何と申した。」
「魔法による襲撃です、お父様。不覚にも我が国は魔法による襲撃を許してしまったのです...。」
「栄光と魔法の国の名を冠するザンギエフが魔法の襲撃とは...!!何という不覚、何という屈辱...!またスィーヴハー候は王族の御身を守れぬのか...!!」
「申し訳ありません、私が魔法に気付いていれば阻止し得たかもしれないというのに...。」
「君たちが気に病むことではないさ。これは阻止できなこうたほどに警備が甘こうた我々大人の問題だ。寧ろ君たちが楽しみにしていた舞踏会を乱してしまう事態にしてしもうて申し訳ない。」
「いえ...そんな...」
あーやばい、マジで罪悪感が凄い。
その舞踏会を乱した犯人はあたしなんですううう、しかもその乱れも本来想定していたシナリオ通りじゃないんですううううう
誠に申し訳ない...申し訳ない...
これで「実は私が起こしたことなんです」なんて言ったらガチで激怒されるだろうなぁ...
いや、パッパのことだから何とか円満な解決策を一緒に考えてくれそう...
でも忠臣スィーヴハー候としての気持ちと家族LOVEなロマンパパとしての気持ちで葛藤するだろうな...
どちらにせよこれ以上優しいパッパの手を煩わせる訳にもいかんし...
ここは自分で責任取るしかないよなあ...。
「旦那様、実は...この魔法の襲撃の被害にあったのは殿下だけじゃないんです...。」
「なに?!王妃陛下か?!それとも...!!」
「いえ、ザンギエフ王家の者ではなく...あの、言いにくいのですが...」
パッパの怪訝そうな瞳にネロはたじたじだ。
言いにくいのも無理はない。何故ならもう一人の被害者がよりにもよって彼なのだから。
「ミズガルズ王国のグラシアン王子も...なのです。」
そう、この事件における一番の被害者にして、完全なる貰い事故にあった人間。
「グラシアン王子...か。となると犯人はザンギエフとミズガルズの仲を崩壊させんとしていると考えてるのが妥当だろう。」
「これを両国間の関係の悪化を招いての犯行として考えるとおかしい様な...」
「いや?意外と筋が通ってんじゃないの?」
飄々とした声が横側から聞こえる。
声の方を振り向くと緑髪の少女と他二人が歩み寄っていた。
「やっほ、お嬢にネロ。」
「お嬢様、探していたんですよ!」
「あ、エレーナ様のお父さんだ...。」
「おぉ、これはノエル伯爵令嬢とアメリア男爵令嬢にクロエ嬢。いつもエレーナとネロが世話にのうているな。」
「お久しぶりです、スィーヴハー侯爵閣下。またお会いでき恐悦至極にございます。」
おーおー何かあたし達との対応と全く違くない君?
ていうかエレーナと出会った当初の頃もこんな感じだった様な...。
という事はあれか、猫被りモードか!本性バレしないとこうなのかノエル・サージェルナド!
「こ、こんばんは...!す、スイーブハー侯爵閣下?様!」
「ちょっとこの馬鹿ちん!スイーブハーじゃなくてスィーヴハー!貴族の中でもいっちゃん偉い地位の方なんだから間違えんじゃないよ!!」
「何よりもこのお方はお嬢様のお父様なのですわよ?!しっかりなさい!」
「ご、ごめんなひゃい...。」
左右から頭をぽかっと小突かれたり、頬を抓られたりするクロエの気が抜けた姿はまるでマスコットの様。
そんな彼女の姿に深く刻まれていたパッパの眉間の皺が緩む。
「...ふふ、はっはっはっは!!いやすまない。君たちの姿に和んでしもうてな。なに、君が言い易いのであればスイーブハーと呼んでくれて構わないさ。しかし覚えてくれたまえ。このスィーヴハーという爵位号は我が一族が王家へ尽きぬ忠誠と献身を捧げる誇りある証であることを。」
「は、はい!」
「うむ!いい子で結構!」
「改めましてこんばんは、閣下。むしろいつもエレーナお嬢様...とネロに大変良くして頂いていますわ。こんな狂犬嬢と小狐嬢なんて言われてる私達なんかに...。」
「なんか俺だけおまけで付け足した感ねぇか...?」
「いやいや、君達の楽しい話はいつもエレーナから聞かせて貰うているさ。そんな悪評など吹き飛ばしてしまう程にな。」
「光栄ですわ、閣下。」
「あぁ...!この父にしてこの子ありというように寛大で慈悲深いお嬢様のお父様もまた、心の広く真心あるお方ですのね...!」
「それに、君たちが楽しむ筈であうたこの舞踏会がこの様な状況にのうてしもうて申し訳ない。」
「閣下が誤ることではございません。その御頭をお上げくださいませ。」
「そうですわ!悪いのはあの魔法を掛けた犯人なのですから!」
クロエも同調するようにコクコクと首を縦に振っている。
アメリア...お冠中悪いけどその犯人、君が敬愛して止まないエレーナ様なんだわ...!あぁ、言ったら多分失望通り越して殺意向けられるだろうなぁ...。
なんか犯人バレした時のみんなの反応を想像しただけで胃がキリキリしてくる...。
「そう思うてくれるとは...君たちは優しい子だ。さて、ノエル伯爵令嬢よ。先程君はこの襲撃がザンギエフ、ミズガルズ両王国の関係の悪化を狙うた犯行である可能性を肯定していたが、その理由を申してみなさい。」
おっと漸く本筋に戻るのか。さて、正味全くもって不正解、100点中0点なノエルちゃんの答えを聞かせてもらおうか。
この犯人の前でな!!ガハハ!!
...あはは...。
「僭越ながら閣下に進言させて頂きます。理由と致しましては現状我が国と相手国はとても関係が良好とは言えず、双方王子同士は敵対しあっているのは閣下が最もよくご存じのはず。まさに火薬箱の如しと言えましょう。そこに両国の関係に亀裂を入れるような行為...まるで導火線に火をつけるようなことをしたとしたら...
...ボンッ
と一気に火薬箱が爆散してしまうのは目に見えております。それが例え両王子が魔法によって恋仲同然になるような事だとしても、ね。」
「...待て、今君の口から『フラムルンド王子殿下とグラシアン王子が恋仲の様な関係になっている』という言葉が聞こえたような気がしたが...聞き間違いであろうな?」
あー...その事か...。
私の魅了魔法の誤爆による大事故...そういやパッパにはまだ魔法による襲撃を二人が受けたとしか言ってなかったな...。
「残念ながら聞き間違いではございません、旦那様...。」
「申し訳ございません、詳細まで伝えておらず...。お二方の襲撃というのは...魔法による相互魅了なのです...。」
「魔法による...相互魅了...?!」
「私の見立てではフラムルンド殿下の対魔法具を貫通するほどの魅了魔法ということは、高位の魔法...それも地位魔法、海位魔法以上の...。」
「それは...研究所や君の解除魔法で解ける魔法なのか?!」
「そこまではわかり得ませんが、依頼されたのであれば最善を尽くしますわ。」
うん、無理!!!
いやだって魔改造に魔改造を重ねて絶対に解けないようにしたんよ??
エレーナみたいな地位魔法級、海位魔法級魔法使いは勿論、空位魔法級、伝説レベルの天位魔法級魔法使いであったとしても解ける訳がない。
あたしの自信から来るものじゃない、これは揺るぎない確定事項。
もしかしたら...って可能性がある星位魔法級魔法使いなんてもうここ六百年現れてない。これはもはや神話レベルなんだから希望は薄すぎる。
だから失敗したくなかったんだよおお...。
「君を以てしても不明であるのか...。何にせよ、我々貴族も最善を尽くそう。」
「話に戻りますが、今宵の事件によってミズガルズ王国の女王陛下より宣戦布告を受けるやもしれません。そうなれば我々はまた六百年前に逆戻り。バルバリシア戦争の再来を迎えることとなるでしょう。」
「バルバリシア戦争...!!」
「そう、折角魔法と科学で分断することで和解に落ち着いてたのに、またもや平穏が終わっちゃうんだよ。」
「...そんなのいやだ...。」
クロエの黄緑は怯えと不安でゆらゆらと揺らめいている。
柔らかなドレスを握った震える白い手、キュッと締まった桜色の唇。
こんな可愛らしい少女も不安にさせてしまうのだから罪悪感がどんどん増していく。
喉がきゅう、と締まって痛くなってきた。
どうかバレませんように、バレませんように...。
「ともなれば両国の治安、経済、産業に悪影響をもたらすことは必然的。どの結果に転んだとしても国家の運営に傷や遅れが生まれるのは避けられません。」
「それは以前から懸念していた事項だ。戦争により二国の政だけでなく尊い文化や生活もが侵されてしまう。どうにか食い止めていたこうたのだが...。」
そうだ、この前の晩餐でもその事で頭抱えてたんだったけな。
こんなあたしの責任逃れのためにパッパが免れようとしていた最悪の事態になってしまうなんて思ってもなかった。
成功していれば、もし、もし成功していれば、失敗せずにリュンネに薬入りワインを飲ませられていたら...。
やっべ、頭がぐわんぐわんしてきた...。気持ち悪りぃ...。
「えぇ、えぇ。そうなるとどうでしょう、何が起こると閣下は御思いになられますか?」
「...『世界大戦』が起こると、そう言いたいのか伯爵令嬢。」
「流石侯爵閣下、情勢を見ればそれもありましょう。ですが今ヴェルトにはとある国がございますよね?数々の小国を侵略して構成された国が。」
「...ハルミット大公国が...いや、まさかそんなことは...!」
「あの妖精共にも劣らぬ侵略者が小国を侵略しただけで満足するとでも?小国たちの次はかのハルミット大公が生まれし国...親の国を取り込もうと鷹の様に狙ってる事でしょう。」
「となると何か策を講じているのでは?」
「...策、ですか...。」
「あらネロ、何か心当たりがおありで?」
「いえ...別段心当たりは、無いのですが...。」
...ハルミット関連で何かあったっけか...。
...うーん、エレーナの記憶を漁っても別に何も出てこない。
というより漁れるほどの頭の状態じゃない...。
脳内ぐっちゃぐちゃ、もうめちゃくちゃだよ...。
「でもうちの方もハルミットのそういった話は聞いてないよ、なんつったって十数年前に第三王子が亡くなってるんだから策を講じる暇は無いんじゃないの?」
「そう、なのかな...。」
「という訳で、この事件の犯人は多分国家の転覆及びヴェルト中の混乱を狙った者と考えられます。何としてでも捕まえねばならないのは言うまでもありませんわ。」
「あぁ。」
「もしかしたら...これは国家絡みの犯行かもしれません。その場合の犯人は...わかりますわよね?」
「ハルミット大公国、なのか...。」
「しかしこれはあくまで確証足り得ぬ憶測。確信できるまで口外はお控え下さるようお願い致します。」
「相分こうた。数々の情報と考察の提供感謝する、伯爵令嬢。」
「機知深きサージェルナドの令嬢ですもの、当然ですわ。」
...おぇ。
やべぇ、マジでやばい、気持ち悪い。
後頭部が寒い、背筋も寒い、胃がむかつき、視界が白ぼける。
身体の後ろ側から冷や水をずっと流されているかのような、ひんやりとした感覚。
あたしのせいだ、あたしのせいだあたしのせいだあたしのせいだあたしのせいだあたしのせいだ。
あたしの一つのポカのせいで両国の戦争が始まる。
しかもなんら関係のないハルミット大公国が貰い事故を食らって。
被害者がライバル国の王子様だけじゃなく国一つ?。被害者数は?
もし戦争に発展したらもっと跳ね上がるに違いない。
ノエルが言う通り、国力は下がり、経済はボロボロになる
そうしたら国賊どころではない。世界中の敵、人類の悪認定されるだろう。
あかん、考えるだけでくらくらする。
さっきさ、あたし一旦様子見するって言ったじゃん。
無理かも。
精神が持たない。
罪悪感が重すぎる。
この重みは自業自得なのはわかってる。
でも楽になりたい。
楽に、なりたい。
早く、楽に。
なにも責任感も罪悪感も後悔もない日々に。
また、皐月がいる生活に。
戻りたい。
帰りたい。
もし死んだら?
あたしは元の世界に戻れる?
そんな虫のいい話なんてない。
死んだら今度は地獄行きに決まってる。
そしたらもう絶対に皐月に会えないだろうなあ。
今この瞬間、皐月がいればいいのに。
そうしたら、もし全部打ち明けたら、助けを乞うたなら、
きっと、
絶対に、
確実に、
皐月だけは、あたしの親友だけは味方になってくれるのに。
「ゆいゆいはしょうがないなぁ」なんて笑いながら、きっと。
あたし、マジでなにしてんだろ。
楽になるどころか自分を痛めつけるようなことしちゃってさ。
面倒事どころかお国の危機を引き起こしちゃって。
なにが150%ミスんないだよ、ふざけんな。
あたしの一つの失敗で、どれだけの人の失望を買うんだろうか。
海位級魔法使い、紫の魔女、スィーヴハー候令嬢、魔法嬢、エレーナ・B・シャーグロッテ。
その少女の集める期待は計り知れないものだった。
希望が、一気に失望に変わる。
空から一気に地底へ転がり堕ちる。
それも、彼女自身の失態ではなく、彼女に寄生し、乗っ取った異世界の死者によって。
どれほどの人が彼女を蔑むだろう。
王立学校の先生や生徒、ノエルやクロエ、国王陛下、王妃陛下、特にずっと一緒にいたネロやエレーナを愛していたパッパたち家族、崇拝していたアメリアの事を考えると胃がずしりと重くなっていく。
エレーナにはもう面目が一切立たない。
...ごめんなさい。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめ
「エレーナ様?」
「ちょっと、お嬢顔真っ白じゃん!!大丈夫?!」
「婚約者があんなになってるのですから無理ないでしょう...。」
「お嬢様、少しお休みになられてくださいな...。」
「そうだ、あとは私一人で問題ない。君たちはホールで休んでいるといい。」
「お、お父様...申し訳、ありません...。」
「なに私は大丈夫だ。君が謝ることはないさ、私の愛しの娘よ。」
...あ。
ダメだ。
あたしはなんて事を
プツン、と脳がシャットダウンする。
視界が漆黒に染まる。
エレーナを呼びかけるみんなの声が残響となって、消えていく。
黒くて、暗くて、静かな、無の空間。
次に目が覚めたのは、ホールのソファーの上だった。
黒の帳が開けた目の前には、きれいで、透き通った、黄緑が、あたしを見ていた。
「やっと起きた!!」
魂が流転する、貴方がまた私の元から消えてしまう。
今度こそ、今度こそは。
今度こそは、私だけの貴方にしなければ。
そのためなら、私は、国だって、世界だって侵してやる。
貴方がそばにいない世界など、何の存在意義だってありもしないのだから。