6.用意周到
そしてしばらく経った時のこと。
「お嬢様。」
今の今まで献上品関連で裏方にいたネロが顔を出す。
どうやら一人で片付けるべき仕事を終えたようだ。
後はエレーナと共に行う仕事のみってことか。
んで今直近でネロと一緒にやるべき仕事はというと...?
「ワインの準備が完了致しました。」
ワインの毒味と魔法検査だ。
「わかりました。では参りましょうか。」
ホールを後にして厨房へ向かう。
扉を開くと、清潔感のある白と銀の厨房が広がる。
銀のテーブルに並ぶ澄んだ淡黄色に染まった大量のワイングラスと、バスケット一つが真っ先に目につく。
バスケットに入った一本のワインボトルと二本の他とは装飾が異なっているワイングラス。これは国王陛下と王妃陛下へ捧げるものだったはず。
てか参加者全員に渡すとしても、ワイングラスの量多すぎじゃないっすかね...。
「では最初に毒味の程をよろしくお願いします。」
毒味役の前に献上者本人が身を以て安全を証明するって訳か。
その上で、毒味役が飲んで確実な安全性を確かめる。そういう二重確認を行ってるんだな。
いやはやザンギエフらしい毒への危機感ですわ。
ネロとあたしで一本ずつグラスを手に取る。
「ではネロ、今宵の舞踏会に。」
「今宵の舞踏会に。」
「「乾杯」」
カチン、とグラスの淵を鳴らす。
そして一気に白い葡萄酒を呷った。
「あぁ...美味しい...。」
「ですね...。」
うっっめぇぇぇ...。
あまりの美味しさに薄っすら笑みが浮かぶ。
普段は凛々しい顔のネロも表情筋が緩み、目尻が下がる。
いやぁ...普段飲んでるのとは格が違いますわ...。
それもその筈。このワインは特上品中の特上品。美味くない訳が無い。
ワイン好きなエレーナパッパが、私が契約してるワイナリーにてレサンの品種、質、熟成方法、熟成期間全てに拘り抜いた至極の一品だーって自慢した程だもん。
正に尊敬する王家への献上品に相応しいワインだ。
葡萄ジュースもワインと同じ厳選された葡萄を使ってて、ガルム人と未成年のためのワインの代替品になってる。
毒味という名の極上の味をお先に楽しめるタイムを堪能した後、また完璧執事モードに戻ったネロが使用人に確認する。
「このワインに毒は混入されておりません。シャーグロッテ家及びクローレ家の名において保障致します。」
「承知しました。」
まずはあたしとネロによる毒味は完了。あとは使用人の毒味と魔法検査だ。
まー結構段階踏むけど安全の為なら致し方なしだな。
毒殺の可能性なんていくらでもあるだろうしさ。
例えそれが長年王家に忠実に仕えてきた者だとしても。
実際あたしが王子様に魔法掛けようとしてるし。
毒味役の使用人がワインを呷る。そして厨房を去っていった。
少し経つとさっきの使用人と、王家直属の魔法検査官が厨房の扉を開く。
「毒味の結果、何ら異常はございませんでした。よってこのワインは安全と承認致します。」
まぁ...でしょうね。今んとこは安全でしょうね。
「承知致しました。では只今より、魔法の検査を行います。皆様方は後ろへお下がりください。」
魔法検査官がテーブル周りに小瓶に入った白い粉を振りまく。
この粉は...どうやら件の魔法検査薬のようだ。粉バージョンもあるのか...。
テーブルを一周した後に、腰に掛けてたランタンを手に持つ。
軽く振るとリリリリン、と鈴のような音を鳴らしながら青く光った。
この青い光は魔法印を示す光。これの前ではどんな魔法使いも、魔女さえも逃れることはできない。
ある人はこの光を「真実の光」なんて呼んだりするんだから信頼性は抜群。
ランタンを掲げ、ゆっくり、ゆっくりと一周する。
一つたりとも魔法印を見逃さないように、凝視するその姿は正に「虎視眈々」という言葉が相応しい。
元の位置に戻ると、もう一度ランタンを振る。
チリン、という音と共に光が消える。
「魔法印は確認されませんでした。魔法は掛かっておりません。」
振り返った検査官がそう告げる。
これで一連の検査は終了。結果はオールクリーン。よかったよかった。
これでシャーグロッテ家、クローレ家、そしてその他使用人が真っ白なのは確認できた。
...あたし以外は。
皆思いもしないだろうなぁ、かも名高き魔法嬢が王家に背くような事してるなんてさ。
しかも何をするって婚約破棄をするために殿下と村娘を魔法でくっつけるってのを。
バレたら完全に国家転覆罪やら不敬罪やらで150%死ぬし、エレーナの家族や取り巻きちゃん達、ネロにも大大大迷惑が及ぶ。
完全犯罪が必須条件のミッションだ。絶対にやり遂げよう。
全てはあたしの未来と平穏のためなのだから。
「検査はこれにて終了です。どうぞ献上品をお配りください。」
銀のお盆を手渡され、十数個のワインを並べる。
あたしを先頭にネロと王宮使用人達が観覧室へ列をなしながら向かう。
二階に付いた瞬間、横にずらーっと並んだ部屋にそれぞれ一、二人ずつ入っていった。
あたしも最奥、件の偽装魔法などを仕込んである部屋へ入る。
...ミッションスタート
部屋の中はあたかも夜会服を着た人間が十数人休憩してるみたいだ。
でもこれは全部偽装魔法による幻影。魔法を解けば最後、完全にもぬけの殻の一室と化す。
「これよりザンギエフ国王陛下より祝杯が挙げられます。どうぞ御参加くださいませ。」
幻影しかいない空の部屋に向かって、そこに人がいるかのように声をかける。
虚しさを消すんだ...そう、これはミッションのために必要な事なんだ...。
バックから引きずり出した犯行用の杖をさっと振る。
すると、全員の手にワインが現れる。
幻影をすり抜け、部屋の奥部へ進む。
これで幻影たちが盾になって犯行を見れなくするって寸法よ。
念のため入口を一瞥し、誰もいないことを確認する。
おっけー、大丈夫だ。
太ももの薬瓶を取り出して、机に置いたお盆の中から二本のワインを取り出す。
そしてー!!
増強薬と妖媚薬を半分ずつー!!!
だばー--っっっ!!!!
ん~...ケミカルな青紫...。
なので~皆様(殿下とヒロインちゃん)のために~こんなものを~用意しまし~たっ!!
偽装魔法で元通りにな~れ☆
小声で囁く様に呪文を紡ぐ。
「其は人を欺くもの。自身を守るための鮮やかなる仮面。」
「偽り、」
「騙し、」
「煙に巻く。」
「今宵の狼少年は何を騙るか。」
「今宵の嘘は──」
「『ワインの色も味も、本来の姿形のままだった。』」
ワイングラスを覆うはクリーム色の光の粒子。
まるで妖精の鱗粉のようだが、その正体は真実を隠す欺瞞の光。
光を浴びたワイングラスの色は青紫から淡い黄色が下へ下へ支配されてゆく。
瞬く間にケミカル青紫は失せ、元通りの色...澄んだ黄色に大変身。
うーん我ながら完璧すぎる。
やっぱ偽装魔法は強いな!様々な面において汎用性高すぎでしょ。
さて、これで完了っと。
一応人に渡したってのを見せるために二、三杯飲ーんーでー?
「ぷはっ」
んー、体が暖けぇ。けど意識は正常。
短時間で四杯飲んでもなんとかなるもんだな。いや単にザルなだけか。
んでんで、魔法を掛けたグラスをお盆に乗せて、おけ!
魔法入りは右斜め端、右斜め端、右斜め端...。
そういや薬瓶の処理どうしよう...。
持って帰ってそのまま放置はナシだな。魅了魔法が成功した場合、衛兵が捜査するのは確実。うち来たら最後、使用済みの薬瓶が放置されてるって知られて怪しまれるわ。
それで最終的に薬物検査...っていうかあたし妖媚薬に魔改造版解除魔法掛けたよな?じゃあ魔法印の検査に引っかかってTHE・ENDじゃん。ひー。絶対回避事項だー。
庭園の池に沈めるなんて尚更怪しまれるでしょ。だって理由もなしに庭に二本薬瓶が捨ててあるのよ?怪しすぎるわ。
しかもなまじガラス製だからライターで燃やせもしないし...。
あー!!もうなんでここノープランなんだよあたし!!!
確実に怪しまれない、完全犯罪を必須条件にしてんだから処理にまで注意図るべきじゃん?!この馬鹿!!!
...めんどいしもう海に流すか。ボトルメールにしてさ。中を水で濯いで乾かして適当な紙を入れて...。それでいいや...。
そんでもって浜で杖も燃やしちゃうかぁ...。なんか、ライター持ってきた意味無かったかも...。
家帰ったら深夜抜け出して箒で一っ飛び。何分かかるんかね?
メリィドからコミューまでが230km、箒が時速200kmと仮定したら...片道一時間、往復で二時間か。大して掛からんな。
ちょうどいい、この方法でいってみよう。
「お嬢様、配り終えましたか?」
「えぇ。では皆様方、良き舞踏会を。」
幻影の賑やかな歓声。
虚しくない!虚しくなんかないぞぉ!うん!
他の使用人はもうホールへ下ったらしい。二階にいるのは参加者とあたしらだけ。
当のネロも一旦下の厨房へ戻ったのか、さっきの陛下用のワインとグラスが入ったバスケットを抱えている。
今ここでやるべきことも済んだしホールへ向かおうか。
下への階段を降り、大広間の扉を潜る。
ホールの殆どの参加者たちの手にはもう既にグラスが。
殿下とリュンネは...まだ持ってないよな?
あ、リュンネと目があった。
大手を振ってるリュンネ。ステイというサインも併せて少し手を振る。
待っててくれな?君は後!まずは殿下に魔法入りを確実に渡さなきゃいけんからさ...。
子犬みたいな顔しても靡かないからな!!そういう顔の耐性は前世から付いてるってんだ!!!
そうして殿下のとこへ向かう。
「...。」
ありゃ、殿下はまだ隅っこ暮らしのご様子。でも...
「うわ、グラシアンも一緒かよ...。」
おっと~~~????
この状況は些かまずいぞ?ネロが小言を漏らすレベルにはまずい。
事が激化する前にとっとと渡して退散しちゃお...。
「殿下、グラシアン王子。」
睨み合っていた双方が同地にこっちへ振り向く。
気分は二体の蛇に睨まれた蛙ですわ。
「おぉ!エレーナじゃないか!久方振りだな。見ない内に一層美人になったじゃないか。」
「...グラシアン王子。」
「エレーナがいるのだからお前がいるのもわかってるさ、ネロ。だからそんなに睨むなよ。オレたちが久方振りに集ったことを喜ぶ位は許されなきゃ嘘だぜ?」
んぇ?何かぼやけたものがちくわ大明神の如く脳裏によぎる。あたしとネロと殿下と王子...なんかあったけなぁ...?
「...はぁ、エレーナ侯爵嬢。その盆のグラスは献杯のワインだろう?グラシアンの戯言なんぞに付き合わずに、早く渡した方が良いんじゃないかい?」
「戯言ぉ?オレの言葉が?」
「そうだ。先程の君の発言は紛れもなく無意味なもの...戯言だ。」
「...はんっ。そんなこと位わかってるさ。」
なんだかんだ仲良いんじゃないのお二人方...?
「いかにもこちらは献杯の為のワイン。我がシャーグロッテ家からの献上品ですわ。どうか御受け取り下さいな。」
「仇国の祝いに参加するのは癪だが...酒ならしょうがないな!」
それでいいのか敵国の王子さんよ...。
「どれどれ...。ほう、これは良い色をしてるじゃないか!あぁ...本当に良い色だ...。」
束の間の凝視の後、徐にワインを掠め取る。
「んくっ。はは、そしてなかなかに美味ときた!」
うっわこいつ飲みやがったよ。てかそもそも勝手にワイン取んなしー。
「グラシアン。君って奴は行儀作法も知らないのか?」
「別に手渡しじゃなくても中身はどれも変わりやしないだろ?それにさっきのは試飲だ、し・い・ん。」
いや中身変わってるんだわ。え待って、間違えて薬の方飲んだりしてないよな?
右斜め端...の間近くか。セーーーッッッフ...。
「...はぁ。お嬢様、早く殿下に渡して他の所へ参りましょう。」
「なんだネロ?愛しのエレーナが男に囲まれて...妬いてるのか?」
グラシアン王子の氷の様な目が細まる。完全に修学旅行で恋バナしてる時の男子学生の顔だわ。
「黙れ」
一方ネロは完全敵対姿勢。猫だったら逆毛立ってフーフー言ってるレベル。
「そんな怖い顔するなよ。」
なーに言ってんだか。
ネロとエレーナはただの幼馴染で執事と令嬢という主従関係...いやこれは相当恋愛フラグおっ立ってんな。
しかもこれ小説だかゲームだかの世界っしょ?エレーナによるネロ√...いや悪役令嬢に男キャラとの√がある訳ないでしょーが。
まぁどっちにしろ結には関係ねーやガハハ
「ネロの言う通りですね。生憎、こちらには先約がございますので...。どうぞ、お受け取り下さいませ。」
薬入りのワインを差し出す今の気分はまるで白雪姫の魔女みたいだ。
口にしたら恋という名の甘い夢に堕ちる。ずーっと、永遠に。
その悠久の夢をあたしは望んでるんだ。
だから──
だから───
だから殿下、堕ちて。
「...。」
殿下がグラスを凝視する。薬物混入がバレてないか緊張で肝が冷える通り越して凍り付く。
現実では二、三秒しか経っていないのだろう。
だけどそのたった二、三秒がひどく長く感じられてしまうのだ。
──胸が早鐘を撞く。
表情筋を1mmも歪ませてはならない。心内を瞳に映してはならない。
この瞬間、少したりとの変化すら怪しさに直結するのだから。
止まった時は殿下のふん、という鼻息をトリガーに再び動き出す。
「ありがたく頂こう。」
白い手袋がグラスを受け取る。
───勝った。
勝った、という表現は少し間違いかもしれないけれど、あたしは殿下に勝った。
これで後は甘き恋情に堕ちて堕ちて沈むだけ。
殿下の疑心という最後の砦が壊されたんだ、リュンネは確実に受け取るんだから完全勝利と言っても過言じゃない。
「感謝致しますわ、殿下。」
「という事で失礼致します。お二方も良い舞踏会を。」
「ふん。」
「お前達もな。魔法嬢とその守人サン。」
「...馬鹿を仰る。」
後ろで重く低い声で呟くネロ。
彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
まぁ、気になったって顔を覗くなんて勇気も無礼もあたしにゃ無いんだけどさ。
さーてリュンネを待たせてんだ、早うこと向かわなきゃな。
リュンネ、リュンネ...っと。
...あ、いた。大人しく待ってら。
早く早くとうずうずはしてるみたいだけど。
「!!!」
あ、目合った。
「エーリィー!!」
「ちょっとあのご令嬢、こちらへ走って...」
待て走るなステイ、ステイだリュンネ。
ぶつかろうもんならお盆がガシャンする...!!
走るなおち...
「危ない!!」
キュキュキュキュッ!!!
ぶつかる手前で急停止。
こ、事無きを得た...。車じゃないんだからさ~...。
「エリー!!待っ......誰?」
「それはこっちのセリフだろうが...。ちょっと待て、エリーって何だエリーって。」
「ありがとうネロ。流石私の完璧な執事ですわ。」
「あ!エリーの声だ!」
「エリーってもしやエレーナの事かよ!」
「リュンネ、私を見つけるなり走り出すのはお辞めなさい。事故の元ですよ。」
「あはは、ごめーん」
本当に反省しとるんかね...。
「...お嬢様、こちらの方は...?」
「あぁ、紹介していませんでしたね。この方はリュンネ。今日出会いましたの。」
「リュンネ・ハーファスです!よろしくね~!」
本来ならこれでネロ√が解放されたりすんのかね。
まぁ無理矢理フラムルンド殿下√直行してもらいますけど。
「は、はぁ...。ネロ・クローレと申します。エレーナお嬢様の執事を務めさせて頂いている者です。」
怪訝そうな顔で見るネロ。
それも当たり前だよなぁ...自分が仕える主人が知らん人間、しかも危うく事故を起こすかもしれなかった人と仲良くするなんて。
まぁ取り巻きちゃんが増える度に最初こんな感じだったし大丈夫っしょ。どっちにしろどうせもう会わんし。
「執事!!エリー執事いるんだ!!お姫様じゃーん!」
「お姫様なんてそんな大層な身分ではありませんわ。それよりも数刻前にお話ししたこと、覚えておいでで?」
「うん!献上品のワインでかんぱーいってするんでしょ?それでそのワインが...!」
「どうぞこちらですわ」
こちら白ワイン~魔改造版増強薬と妖媚薬を添えて~となっております。
「わ~!生まれて初めてのワインだぁ~!早く飲みたいなぁ~!」
「心行くまでご堪能下さい。...国王陛下の乾杯後にですが。」
「今飲んじゃだめなんだぁ...ちぇ~...」
「そんな口を尖らせないの。最高のワインの肴もご用意していますので、ね?」
「へ~!どんなの?」
「言ってしまったら楽しみも半減というものでしょう?」
「なんそれ~!そんなこと言われたら楽しみになっちゃうじゃん!」
「是非楽しみにしていて下さいませ。」
きゃっきゃとリュンネが手を叩く。
良く言えば無邪気、悪く言えば幼稚ですな。
あ~、関われば関わる程皐月の影がチラつく...。
いや皐月は生きてるし、全くリュンネと関係ないってのはわかってんのよ?
でもなんか...どうしても重ね合わせちゃうんだよな...。
マジでなんか縁でもあるんじゃないのかね...?
「では私たちはここで。行きますよ、ネロ。」
「はっ。」
「また後でね~!!」
...よっしゃ。もうミッションは7割方コンプリートしてるようなもん。
あとは魔法を掛けて後処理を済ますのみよ。
エレーナ本来の使命はあっちの取り巻きちゃん達に渡したら国王様への一直線コースでOK。
てか取り巻きちゃん達、見た所エレーナから受け取るが為にわざとワインを受け取ってないな?もうそれはそれはエレーナ強火オタクじゃん?
まぁそれを見越して五本残してたんだけどさ。
さーて皆様御待望の魔法嬢直渡しワインですよーってんんんんんん???????????
ちょっとライルさん??何しれっとうちのクロエの隣にいるんです??
自然すぎて一瞬見落としかけたわ。
あーた...うちのクロエに何したよ...。そんな親密度上がるようなことしたんか...。
...後で貞操が破れてないかそこはかとなく聞いとこ....。
あーあー、ワインを渡そうとしたらこんなイチャコラ見せられるとは思わなんだよ。
アメリアとノエルも完全諦めムードだし...これはどうしようもないってワケね。
はぁぁ~...早う渡そ。ライル殿は...ワイン...じゃないな。
ガルム人用の白葡萄ジュースだわ。
まぁワインだろうがジュースだろうが、とにかくちゃんと飲み物持ってるんだから良いでしょう。
ほ~れ、改めて愛しのお嬢様からのワインの支給よ~。
「お嬢様からの手渡しのワイン...!!これぞ幸甚の至りというもの...!!あぁ...!!嬉しすぎて...私どうしたらいいのでしょう...!!そうです!このワインを小瓶に入れて飾りましょう!そうすればずっと眺めていられますわ!!」
「腐るくね?それ」
「いえ!!お嬢様が渡してくださったワインですもの!!腐るどころか雑菌なぞ近寄りませんわ!!」
「なーに言ってんだか。これはうち達に乾杯して飲んで貰うために渡したんだから、普通に美味しく飲んだ方がお嬢は喜ぶとノエルちゃんは思うぜ?」
「うっ...。そう、ですわね...。わかりました...。」
「白ワイン...!お父さんがお祝いの日に飲むお酒...!!」
「んま、あんがとね。お嬢。アメリア程じゃないけどうちもめっちゃ嬉しいからさ。」
「ライルさん、これきっとすっごく美味しいんだよね...!」
「えぇ、きっとそうですとも。...私はダルシムの名の下飲酒するに能いませんがね。」
「ライル殿が言わずとも美味なのは当たり前ですわ!何故なら、お嬢様が渡してくださったのですから!至高のお味に決まっています!」
こいつさてはエレーナが授けた物=最上のすげーものって考えてるな...?
もしただのボロ切れを渡しても「これはこの世のどの布よりも素晴らしい布ですわ!!」って言うんじゃねーの...?
「その理論はおかしいけど超美味いってのは確かだよ、これ。だって香りからして高級品の類じゃん。しかも国王陛下に振舞うもんなんだからさ、それはそれはスィーヴハー候が選びに選んだ一品っしょ。」
「ノエル様の仰る通り、こちらは二十五年熟成のモンタヌムでございます。」
「モンタヌムぅ?!はー、あのデュルガータの...。流石ワイン通のスィーヴハー候らしいっていうか何というか...。」
「...よくわかんないけど...、とっても良いワインなんだろうなぁ...。」
「それよりもお嬢、乾杯後のアレ。楽しみにしてっからね?アメリアとかほぼそれ目当てなんだからさ。」
「そんなに期待していらっしゃるのなら...そのご期待を上回るのがシャーグロッテ家の流儀というもの。」
「ひゅぅ、言うねぇ。んじゃ、がんば~。」
「お嬢様の雄姿、この目にしかと目に焼き付けますわ!」
「いってらっしゃいエレーナ様!」
「『紫の魔女』と我が国でもその名が立つシャーグロッテ侯爵令嬢殿のお手並み、拝見させていただきます。」
お?煽りか?もしやあたしこのクソ怪しい糸目優男野郎に舐められてます...?
...
......
.........はぁ~~~~????
なんだこの野郎、魔法嬢とシャーグロッテ侯爵令嬢の名に懸けて目にもの見せてやるわ!!
まぁ流儀云々抜きにしてもエレーナ的にゃあそれがいっちゃんのお楽しみなんだから準備は万全よ。
さて、奴の腰を抜かす為にも国王陛下のとこへ行こう。
心の中で褐色糸目クソ野郎に観音菩薩の如く中指を立て、親指で首を掻っ切りながら使用人へ準備が整ったと声を掛ける。
使用人は一つ頷き、拡声魔法にて乾杯を挙げることを宣言した。
「これより国王陛下の乾杯を執り行う!!」
「まず初めにスィーヴハー候令嬢エレーナ・シャーグロッテより献上品の拝献を。エレーナ侯爵令嬢、どうぞ陛下の御前に。」
「はい。」
ワインとグラスが入ったバスケットを抱えたネロを引き連れて、国王陛下、王妃陛下の前へ赴く。
ザンギエフ王国国王「賢人王」バルトロメ=ザンギエフ。王妃フランソワーズ=ザンギエフ。
両陛下の威厳を前にして心が引き締まる。
ドレスの問題で跪くことこそ出来ないが、畏敬の念を込めて敬礼を一つ。
「国王陛下並びに王妃陛下。此度は宮廷舞踏会をご開催なされた事、誠に有難く存じます。今宵は諸事情により欠席を余儀なくされた我が父母の代理として、感謝と忠誠の証を表した献上品を捧げに参りました。この度献上致しますのは二十五年物のモンタヌムでございます。二十五年前...二〇〇三年は陛下が御即位された年。我らが『賢人王』が治める国の更なる発展と安寧を願い、ここに捧げます。」
「エレーナ侯爵令嬢、我が未来の娘。忠義と誠意の籠った献上品を持ってきたことを心より感謝する。ロマン卿は...いつもの事だ、このワインを選定した彼へ思いを馳せることのみに留めるとしよう。」
「光栄に存じますわ。それでは、ワインをお注ぎ致します。」
ネロがバスケットからワインボトルを取り出しあたしに渡す。
そして玉座の両陛下の目の前へ行き、グラスを手渡した。
段から降りる彼の顔は、息を詰めたそれはそれは固い顔だった。
「ではお嬢様。」
「えぇ。」
交代する様にボトルを抱いて段を上がる。
まず王妃陛下。
軽く一礼して、差し出されたグラスへとくとくと注ぐ。
「見ない内にまた美人さんになったわね。」
「恐縮です。ですが陛下には敵いそうにもありませんわ。」
「冗談も上手になっちゃって...ふふ。」
次に国王陛下。
金で装飾された透明なグラスを淡黄色のワインが染め上げる。
グラスを二、三回回し、その香りを聞いている。
良い香りだ、と陛下が微笑んだ。
パッパ~~~!!!やったね~~!!
高評価も頂いたことだし、この場を離れよう。
そうそう、一礼も忘れずに。
段を降り、使用人に目配せを送る。あたしたちの出番は一旦これで終わり。
預けていたグラスを使用人から手渡され、群集の中へ戻る。
「それでは陛下、祝杯のお言葉を。」
立ち上がった陛下がホール中を見渡す。
一つ頷きの末、陛下の低いが良く通る声が会場内に響き渡った。
「皆の者、今宵は我が宮廷舞踏会によくぞ集まってくれた。その中には我が愛すべきザンギエフ国民だけでなく、遠国からはるばる訪れた者もいることだろう。どうか存分にこの一時を楽しむとよい。さて、父である前国王から王位を受け継ぎ早二十五年、ザンギエフは魔法に於いて最も優れた国であると共に平和を讃える王国であり続けた。そしてこの先もそうであろうと願っている。ここに集った者達よ、我がザンギエフの栄光と平穏を願い、ここに祝杯を挙げる。」
「Santé!!」
「「「Santé!!!」」」
サンテー!
はー!やっぱ乾杯後の一口は格別っすわぁ...。
でも残念ながらゆっくり楽しむのはまた後で。
バッグから杖と水銀が入ったガラス管を取り出してグラスとバッグをネロに預ける。
「言って参ります。」
「ご武運を。」
そしてまた群集の目の前へ立つ。
数百、いや数千もの視線が一気に降り注ぐ。
あぁ──楽しくなってきた。
「皆様方、御注目感謝致します。国王陛下より乾杯が執り行われ、そのお手には美酒...皆様の御心はさぞ高揚しているかと存じますわ。しかし悲しき事にその熱は刻が経てば冷めてしまうもの。そこで私、エレーナ・シャーグロッテが『魔法嬢』の名に懸け、我がザンギエフの麗しき魔法にてその熱を幾千夜亘れど忘れられぬものと致しましょう!」
歓声がホールを包む。
ちょいと性急過ぎん?まだ始まってないんだが?
「皆様───どうかご静粛に。」
右手を掲げぎゅっと握る。
すると歓声は瞬時に静まり返った。
「今宵の公演名はかの名高きフリューゲルより『ヴィヴィアンの夜』、リゼットのヴァリアシオンとヴィヴィアの群舞。こちらの水銀を用いた、液体金属操作、並行思考、思考反映そして偽装魔法による投影を応用した魔法と相成ります。ここで一つご注意を。公演中火気は厳禁でございます。また、踊り子にはお手を触れないように───。」
コルク栓を外したガラス管から床へ水銀を垂れ流す。
エレーナの周りが銀色へ染まっていく。
「─────────」
蝶の羽音の様な微かな声でいくつもの呪文を唱える。普段なら確実に失敗をしないという絶対的な自信が無い限り絶対にしない様な高速詠唱。
あたしが目覚めるまでずっと、ずーっとエレーナはこの時の為に練習してたんだ。全てはこの一時の為に、その先のカタルシスの為に。
深く息を吐き、瞳を閉じ、脳を集中させる。
さあ、舞台の幕開けでございます───。
ここまで見て下さりありがとうございます。若柚子です。
いやー、年内にはできましたね!若柚子がちゃんと有言実行できる事が証明されてしまいました。
また次話も年内...最低でもお正月辺りに出せたら御の字ですね。
次話にて未来の魔女、魔法嬢としてのエレーナの部分が少し垣間見える感じになります。そして!ヒロイン(?)リュンネとフラムルンド殿下は結ばれるのでしょうか?その結末をお楽しみ下さい!
あともう一話で一旦舞踏会篇は終わります。その後がざっとしか決まってないよ!やったね柚子ちゃん!失踪期間ができるよ!...流石にお紅からのアッパーカットは怖すぎますので半年が最大になりそうですけど。