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「ただいま。」
「おかえり~。」
玄関のドアを開けると、壁に寄り掛かるようにして腕を組んだ母親がいて、ジェイは驚いた。
母親は「ふふ」といたずらっぽく笑うと「父さんはリビングにいるわよ」と言って行ってしまった。
リビングに行くとソファに座って本を読んでいた父親がゆっくりと顔を上げた。
「ジェイ、おかえり。母さんが言った通り、今日は仕事に行かなくてよかったなぁ。」
「ただいま。・・・父さんは、いつ知ってたの?」
「連絡がきたのは30分前だったかな。ただ、母さんはジェイが出ていくだろうって3年前には言ってたぞ。」
「・・・さすがだね、母さん。」
「反抗期で家を飛び出すと思ってたらしい。」
「ふうん。・・・じゃあ、そうならなくて良かったのかな。」
「・・・かもしれんな。」
小さなころから浮世離れした感じの、のんびりとした父親がにこにこしてジェイを見た。
「今だったら母さんに何か言えば、いいものがもらえるかもしれない。」
父親は、声を潜めてそんなことまで言ってくる。
ジェイも思わず吹き出して「じゃあ、母さんに何か貰ってこようかな」と言ってリビングを後にした。
ジェイの母は腕利きの占い師だ。今は企業のコンサルタントをしたり、気まぐれで「修行」と称して一般の人を相手に占いをしている。本人曰はく、常に占いをして準備しておかないと勘が鈍ってしまうそうだ。
「占い師」という職業のせいなのか、見た目も若々しくて母親に見えないひとだった。家事だって完璧にこなしているというにはほど遠いのに、不思議と憎めない、そんなひとだ。母親に惚れ込んだ父も、なかなか個性的な人だが、なんだかんだでうまく回っている家族が好きな自分もまた変わっているのだろう。
変わり者の母親の部屋には、どうやって使うのかわからない道具がたくさんあってとても面白い。小さなころからたくさんの道具をおもちゃ代わりに遊んでいたジェイでも、未だにどう使うのかわからないモノもある。小さな子供におもちゃ代わりにされて迷惑だったろうに、何も言わなかった母親は本当に変わっていると思う。
そんな環境にいたジェイが占いに興味を持つのも自然なことだったのだろう。母親は、ジェイの様子を見ていて「一番向いているのは占星術、次にカード占いの相性がいい」と言った。「あなたの髪の色と占星術の腕は私譲りね」と母が笑うくらい、二人は似ていた。
彼女はよく「あれこれ手を出すよりも、一つのことを徹底的に極めたほうがいいわよ」と言うくせに、占いの道具はやたらと持っていて子供のころは納得がいかなかった。
「対価がなければ占わない」と言うのが口癖で、家族さえ進んで占おうとしないのに、今回のことをなぜ知っていたのか大いに疑問だが、そんなことに驚かないマイペースな父もさすがだなと妙に感心してしまった。
バックの中に真っ先に入れたのは、カードと占星術をするための本だ。使うかどうかわからないが、ノートとペンも入れておく。あとタブレットさえあればほとんどの役割は果たしてくれるだろう。
そんなことを考えながら準備していた時、ドアが開いていて母親が見ていることに気づいた。
「何?ノックぐらいしてよ。」
「ごめんね~。何か餞別でも渡そうかと思ったんだけど、いらないかなと思って。」
「・・・じゃあ、勝手にドアを開けたお詫びに何かちょうだい。」
母親はじっとジェイを見つめると、ポケットの中に入っていたものをジェイに渡した。
「これ、何?」
「めったに手に入らないくらい良質な水晶と、塩よ。うまく使いなさい。」
じゃあね~と、彼女は手をひらひらさせて立ち去った。
「・・・水晶と、塩・・・」
ジェイは手のひらのふたつの小瓶を、しばらくの間じっと眺めていた。