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ディーが家に帰ると、玄関には両親が待っていた。
「ただいま帰りました。」
「ディー!」
母が駆け寄り、ディーを力いっぱい抱きしめた。父も傍に寄りディーに「おかえり」と声を掛ける。
「国王さま直々の願いと聞いた。・・・よく決断した。」
「・・・父上。」
「このようなことは言うべきではなのかもしれないが・・・お前を行かせることが、心苦しい。」
「・・・」
「・・・生きて、戻って来て欲しい。」
ディーは息をするのも忘れて父を見つめた。そのように言葉をかけてくれたのは、生まれてから初めてのことのように感じる。
普段、どんなに優秀な成績を修めようとも、他人からどのように評価されようとも、決して意見を言わなかった父がそのように思ってくれていたことを、ディーはたった今はじめて知った。しかし父親はそれ以上は何も言わず、くるりと背を向けて歩いて行ってしまったので、彼はそれ以上何も聞くことが出来なかった。
そんな二人の姿を、母親は何も言わずそっと見守っていた。
ディーの父親は英雄だ。なぜならば、180年も続いた戦争に終止符を打ち、国にとって有利な条件で条約を結んだからだ。
「褒章を」という声も多かったが、本人が「一軍人だから」という理由で辞退したのも人気に拍車をかけた。
現在は後輩の育成に力を注ぐ忙しい父だが、小さなころからできるだけ自分と過ごしてくれた日々をディーはしっかりと覚えている。
しかし、大きくなるにつれ気づく「英雄」と「英雄の子」という周りの目・・・父を誰よりも尊敬し、愛しているが、その気持ちが大きくなれば大きくなるほど、その言葉が重荷になり自分を蝕んでいくように感じる。その頃から、彼は勉強に打ち込んだ。何かを犠牲にするかのように、ひたすら勉強する姿を彼の父親はそっと見守っていた。仕事では優秀な部下を何人も育てることが出来るのに、重圧に苦しむ自分の息子にかける言葉を見つけられない自分自身に、彼もまた苦しんでいた。
リビングでお茶を飲むと、ディーは「荷物をまとめたいから」と言って自分の部屋に戻った。
知らず知らずのうちに緊張していたのだろうか、自分の部屋に入ってドアを閉めると、深く息を吐いた。
見慣れている部屋は、決して荷物は多くない。教科書や本棚に入った本、服・・・必要なものだけ持っていくとしたら、小さなバックひとつで収まるだろう。他に持っていきたいと思えるものがなかった。
荷物が少ないのは、自分自身が身軽なのではなく他に何もないような気がして、ほんの少し寂しく思った。