「その目が気に入らない!」とパーティーから追放された一般魔術士〜【精霊視】が覚醒して最強になってから戻ってこいと言われてももう遅い!精霊が力を貸してくれるからソロでも全く問題ないので〜
「レイン、今日限りでお前をパーティーから除名する」
「……え? フィスト、お前本気で言ってるのか?」
いつも通り冒険者としての依頼をこなし、酒場で夕食を取ろうとしていた俺に告げられた突然の除名宣告。
珍しくフィストが話をしたいと一緒に酒場にきた理由がこれか……。
心当たりはない。
特別パーティーメンバーと仲が良いわけではないが、普段の行いが悪いわけではない。
戦闘時に特別足を引っ張っていた自覚はない。
逆にそれほど華々しい活躍をした事もないが……。
真っ白になりかかっている頭で必死に考えても理由が分からなかった。
「どうしてだ? 理由はなんだ⁉」
立ち上がってテーブルを叩いてフィストに詰め寄る。
問いただそうとしたその声は自分でも驚くくらい震えていた。
「……はぁ、そんな事も分からないのか? いや、俺たちが分かってないとでも思ってたのか?」
「フィストたちが? 何を?」
フィストの言葉の意味が分からない。
少しでもヒントを見つけようとフィストの顔をジッと見つめた。
その直後フィストが眉をひそめると、不機嫌そうに口を開いた。
「その目だよ、今お前が俺に向けてるその目が気に食わないんだよ!」
「……は?」
「ジーナもシュナも言ってるんだよ。お前の視線が気持ち悪いってよぉ!」
フィストから明かされた理由はほとんど言い掛かりに近い。
だが俺にはその言葉を否定しきる事ができなかった。
これまでに何度か言われてきた事だったから。
それでも今までは軽く嫌味を言われる程度の事だった。
まさかそれを理由にパーティー除名宣告までされるとは思ってもみなかった。
「男女混合のパーティーである以上、仲間にそんな下衆な視線を向ける奴をそのままにしておくわけには行かねえんだよ」
「……それは」
「それにお前は魔導士だ。直接前線に立って連携する俺やジーナと違って、お前の役割はある程度1人で完結してる。つまりは替えが効くんだ」
だからってそんな主観で決めていいのかよ、とは言える立場ではなかった。
所詮俺は突出した特徴のないCランクの一般魔導士。
SランクやAランク冒険者で組んだ上位パーティーならある程度相性が悪くても大した問題にはならない。
それは別の人材がいないからで、よほどの事がない限りパーティーから除名されたりしない。
だが近い実力の冒険者が何人もいる中堅パーティーにおいては相性という物が何よりも重要視されるのだ。
主観とはいえ、馬鹿馬鹿しい理由とはいえ1対3なら従うほかなかった。
「……わかったよ! お前らのパーティーからは抜ける。それでいいだろ!」
「助かったよ、これ以上抵抗する様ならお前がセクハラ野郎だって評判を流さないといけない所だった」
「その事ならもう遅いだろ……」
噂と情報の中心地とも言える酒場でこんな話をしてる時点で、明日にはこの話は全冒険者の耳に入るに違いない。
多分それもフィストの狙いなんだろうな。
席を立ちあがってそのまま店を出る。
今までご苦労だったな、というフィストの言葉はそのまま聞かなかった事にした。
フィストは見た目こそ粗暴に見えるが実際はかなり頭の回る方だ。
今日1人で言いに来たのは多分ジーナとシュナだと感情的になって大騒ぎになってしまうからだろう。
わざわざ酒場で話を切り出したのも、後々俺が悪評を広めたとしても反証できる様にするためかもしれない。
酒場の外に出るとすっかり陽が落ちて暗くなっていた。
「明日からどうしようかな……」
誰に問う訳でもなく呟いた。
望みは薄いだろうが、明日は冒険者ギルドでパーティー探しをしてみよう。
ダメなら今いる王都から出て地方で衛兵にでもなれば食べる物に困る事はないだろう。
どうせ俺は特別な才能があるわけでもない一般魔導士なのだから。
※ ※ ※
結局その後、俺を入れてくれるパーティーが見つかる事はなかった。
いくらでも替えのいる魔道士だ。
それだったら悪評の広まってない普通の魔導士をパーティーに入れる方がいいに決まってる。
いくらある程度役割が1人で完結してる魔導士とはいえど、1人で依頼をこなすのはリスクが高すぎる。
どうやら俺の冒険者生活はこの辺りが潮時の様だ。
「一応ツテならあるし……地方で衛兵として生きていくのも悪くない、か」
駆け出しの頃に世話になった冒険者の先輩が王都の東の方にあるフォレスティエという街で衛兵をやっていたはずだ。
幸いと言っていいのか衛兵は常に人手不足らしいから身元が確認されるなら拒否される事はないだろう。
そう決断してからの行動は早かった。
借り住まい暮らしの独り身の持ってる荷物等たかが知れている。
売れるものは売り払い、最低限必要な荷物をかき集めるのに時間はかからなかった。
冒険者を辞めると決めてから3日ほどでフォレスティエへ出立する準備が整った。
決意が変わらないうちに向かうのは王都の東。
フォレスティエ含めいくつかの都市から商人や旅人等が王都へ入ってくる影響もあり、かなりの賑わいを見せていた。
道を挟んで所狭しと露店が並び、馬車がひっきりなしに通っている。
目的地はその街の広場にある乗合馬車の受付所だ。
乗合馬車の護衛の依頼で何度か来た事もあるため迷う事はなかった。
「フォレスティエ行きの乗合馬車、もうすぐ出立しますよ~!」
「乗ります乗ります!」
運よく出立直前の馬車を捕まえる事ができた。
特に決まった時間に出立するわけではないため、それなりの時間を潰す必要があるかもしれないとしていた覚悟は杞憂に終わった様だ。
「先払いでしょ? いくら?」
「……銀貨12枚だ」
「いやおじさん、ちょっと高くないか?」
驚いて少し語気が強くなってしまった。
値段も値段だがそれ以上に気になる事もあった。
「この馬車は護衛付きかい?」
「……いや、俺一人だ」
「あんま強そうに見えないんだけど」
「人は見かけによらねえ……と言いたい所だがお兄さんの言う通りだ。素人に毛が生えたレベルの力しかねえよ」
思わずため息が漏れる。
フォレスティエは乗合馬車で向かう都市としては少し遠めの部類に入るがそれでも相場はいいとこ銀貨7、8枚だ。
それなりに腕の立つ冒険者が護衛についてようやく銀貨12枚が相場だ。
もっとも冒険者が護衛の依頼を受けるのは目的地へと向かう時のついでだから、護衛付きの乗合馬車なんてほとんどないのだが……。
どうやら事情を知らない人に向けたぼったくりの類だろう。
「悪いおじさん、撤回だ。さすがに銀貨12枚は欲張り過ぎだ」
「違うんだってお兄さん、この所フォレスティエ近辺で発生する魔物の数が多くて値段が上がってるんだよ! 今は俺みたいなフォレスティエを拠点にしてる商人以外乗合馬車を出してないから次がいつになるか分かんねえぞ!」
フォレスティエ近辺で魔物が増えてる?
そう言えばこの前噂で耳に挟んだ事があった様な……。
それが本当か確かめるべく、周囲の声に耳を傾けてみた。
……どうやらこのおじさんが言っている事は事実の様だ。
この馬車以外にフォレスティエに向かう予定の馬車はなかった。
割高でも、ぼったくられてるとしても長時間の待ち時間を回避できるのなら、ギリギリ銀貨12枚という値段は許容範囲だった。
「疑って悪かったよ、どうやら本当らしい」
「ならよかった、改めて銀貨12枚だ」
「なあおじさん、それなんだけど」
そこまで金にがめついわけではないが、新天地に着く前に余計な出費は避けたかった。
一応これでも冒険者の端くれだ。
多少力になる事はできるはずだった。
「おじさん、俺これでもCランク冒険者なんだよ。夜の見張りと魔物の討伐を引き受ける代わりに値引きしてくれないかい?」
「それはこっちとしてもありがてえ話だが……1人かい?」
「1人だから、だよ。他に人がいたら依頼を受けてるさ」
そう切り出すとおじさんは眉間に皺を寄せてブツクサと独り言をつぶやき始めた。
「割り引いて銀貨6枚ってところか」
「妥当だ、と言いたいけど他に誰もいませんよね? すると夜の見張りの負担もそれなりにキツい」
「分かった……銀貨4枚だ」
「引き受けました。私はレイン、改めてよろしくお願いします」
思ってる以上に状況が悪いのか、交渉はあっという間に纏まった。
※ ※ ※
「レインさん、そっち行ったぞ!」
「分かってます!《火炎球》」
炎の球が子供程の背丈をした異形の魔物、ゴブリンを焼き尽くした。
それが最後の一体である事を確認し、警戒を解いた。
「いや~助かったよレインさん。さすがに道を遮られたら戦うしかなかったからね」
「この程度であれば問題ないですよ」
王都を出て2日。
フォレスティエ近辺に魔物が増えているというのはどうやら事実だった様だ。
ひっきりなしにとは行かないまでも、ゆっくり気を休める程の余裕はなかった。
「えと…もう魔物はいなくなったのでその……」
「……この目は生まれつきなものなので」
「これは失礼しました……! レインさんに見られてると全て見透かされた様な気になってしまうんですよ」
「気のせいだと思いますよ、今も普通にしていただけですから」
襲ってくる魔物は今倒したゴブリンや豚に似た頭を持ったオークの様な駆け出しでも倒せる低位の魔物ばかりだった。
この他に狂暴で素早いフォレストウルフや、愚鈍だが強力な腕力を持つオーガに出会っていたら苦戦は免れなかっただろう。
そういった魔物に出くわさなかったのは幸運とも言えるが何度も襲われる、というのは心臓に悪い事に変わりはない。
「レインさん、見えてきました! フォレスティエです!」
「なんとかなったな……もう少し時間がかかる様なら危なかったよ」
見張りをこなしつつ、頻繁に襲ってくる魔物を相手にしていたせいで疲労が段々蓄積している。
フォレスティエについたら衛兵に志願する前に少し休む事にしよう。
検問を終えて街に入ると一気に疲れが襲ってきた。
御者のおじさんに早々に別れを告げると手近な宿で部屋を借り、そのまま休む事にした。
※ ※ ※ ※
フォレスティエに拠点を移してから数週間が経過した。
冒険者時代世話になったアギトさんの紹介もあり、無事衛兵として働く事ができている。
とは言っても今フォレスティエは増加した魔物の対処に苦戦しているらしく、腕に覚えさえあれば実質誰でも良いという状況ではあったが……。
朝起きて、巡回しつつ同じ街の近辺に現れた魔物を狩り、酒場で同僚と飲み交わし眠る。
忙しいながらも充実した生活を送っていた。
そんな生活に変化が起きたのは、ある晴れた風の強い日の事だった。
「レインには今日から別任務に当たってもらう」
「別任務……ですか?」
「そうだ、ちょっと面倒な事が起こってな」
そう言う上官は疲労が隠しきれてない様子だった。
対応に追われて休めていないのか目の下に隈ができている。
「どの様な事件でしょうか?」
「街の内部で何者かによる破壊活動が行われている、その事件の調査だ」
「破壊活動とは物騒ですね……」
「いやでも一件一件の被害は大した事がないんだ。露店の屋根が壊されたり、空樽から出火したり、とか小規模な……それこそ悪戯程度の被害しか出ていない」
どうも腑に落ちない。
その程度の悪戯に、わざわざ前線で活動してる衛兵を投入するものなのだろうか?
それとも何か大きな事件の前触れなのだろうか?
「そう警戒しないでくれ……とは言えないか。破壊活動には魔法が用いられているのは間違いないらしいのだが、近くで魔法を行使した様な人物を誰も目撃してないんだ。事件が日中、それも人通りの多い場所で発生してるのにも関わらず、だ」
「なるほど……たしかに不可解な事件ですね」
魔法を使う際にはイメージを補完するために使う呪文を詠唱したり、狙いをつけるために腕を振るったりするのが一般的だ。
衆目に晒されている中で誰にも悟られず、人的被害の及ばない様正確に魔法を使うためにはかなりの力量が必要となる。
無論、俺みたいな一般魔道士には到底真似できないレベルだ。
そんな力量のある魔道士が何故そんなコソコソと悪戯じみた事件を起こしているのか、さっぱり見当もつかなかった。
「そういうわけだから魔道士であるレインも繁華街を中心に警戒に当たってくれ。頼んだぞ」
「了解しました」
そういえばこの街に来てから日中の街中をあまり散策した経験がなかったな……。
俺の様な一般魔道士の手に負える事件では無さそうだし、観光ついでにあまり気を張らずに探ってみる事にしようか。
※ ※ ※
手に負える事件ではない、そう思っていたはずだった。
調査を開始する事数分、繁華街の一角。
俺の目の前にこの事件の犯人がいた。
いや犯人……という言葉は適切ではないか。
何故なら今まさに、俺の目の前で露天の商品を風で煽ったそいつは羽を揺らめかせながら宙を舞っているのだから。
羽がある事を除いた姿形は限りなく人間に近い存在、それだけでも十分に不思議で驚きに値する事だ。
だが何よりも驚くべき事は、誰一人としてその存在に気がついていない事だった。
「一体なんなんだあいつは……!」
妖精、或いは精霊…?
確かめようにも伝承とかでしか見聞きした事ない存在の正体を判別できるはずもない。
そんな考えを巡らせている間に、その精霊らしき何かはそこから飛び去ってしまった。
呆気に取られ、いつのまにか足が止まっていた。
いや、そんな事より声をかけそびれた。
あれは一体何をしていたんだ? そもそもあれはなんなんだ?
いや正体は後だ、とにかくあれを追いかけなくては!
正気に戻ると、一目散に駆け出した。
あの精霊らしき何かが飛び去った方へ。
行かなくてはならないという使命感に駆られて。
幸い精霊らしき何かが飛び去る速度は俺が全力疾走する速度と大差ない。
なんなら若干俺の方が早い。
人の合間を縫って、ただひたすらに走る。
気づけば街の端の大門まで来ていた。
門に控える衛兵の制止も聞かずに、走り抜ける。
「俺は衛兵のレインだ。訳あって街の外へ向かう! 急を要する事態のため報告は後ほど行う!」
ひとまず職務放棄ではない事だけを告げて街を出た。
目標はまだ見失っていない。
俺は導かれる様に森の中へと踏み込んだ。
※ ※ ※
どれくらい走っただろうか。
ついに息を切らし、手近な木にもたれかかる。
「ちくしょう、どこ行きやがった……」
鬱蒼とした森の中、ついに目標を見失ってしまった。
このまま戻るのは惜しい。
後少しだけ、視界の奥に映る木々の切れ目までは歩いて行こう。
それでダメなら街に戻って、上官に叱られよう。
息を整えて歩き出す。
これだけ深い森だというのに不思議と不気味さは感じなかった。
「そういえば、森に入ってから1回も魔物と出会ってないな……」
人の手の及ばない森は魔物にとって絶好の住処だ。
街道沿いならまだしも、森の奥地でここまで魔物の気配がしないのは妙だ。
ついに森の切れ目に出た。
暗い場所に長い間いたせいで、日差しの眩しさに耐えきれず目を細め下を向く。
目を慣らして目を上げた先に見えたのは、別世界だった。
「なんだ……ここ」
目に映るのは、この世のものとは思えぬほど澄んだ泉、所狭しと咲き乱れる花々。
死後の世界と見間違うかの様な絶景。
驚くのはそればかりではなかった。
その澄んだ泉の上を街で見たあの精霊らしき何かが、蝶の様に舞っていた。
それも街で見かけた一体だけではなく、少なくも数十体がそこにはいる。
呆然と立ち尽くす俺の前に、その中の一体が恐る恐る近づいてくる。
その様子を目を離す事なくジッと注視する。
「驚いた……あなた私たちが見えているのね?」
「え、ええ。もちろん見えています……」
街の人々の様子とこの言葉で確信した。
どうやら他の人には見えない存在らしい。
「あなたは…あなた達は一体……?」
「うわ、やっぱ本当に見えてる! えっと、私たちは人間が言う所の『精霊』という生き物……というより概念……みたいなものよ」
「なるほど……?」
精霊、確か人間の女性と似た姿をした魔力を司る存在だと記憶している。
伝承が正しければ、の話だが。
「まあ見えるものは見えるんだからしょうがないわね、あなた名前は?」
「……レイン」
「レインね、私はアルラ。それで……。どうやってここまで来たの?」
口調が心なしかさっきより強くなっている。
どうやら尋問されているらしい。
「えと、街で精霊を見かけて……それを追ってここまで来ました」
「あいつか……」
アルラの口元がぴくりと動く。
少なくも上機嫌には見えない、どうやら姿以外はあまり人間と変わらないらしい。
「レフィーア!! あんたいるんでしょ! 今すぐこっち来なさい!」
レフィーア、というのがその子の名前なのだろう。
そう呼ばれると間もなくレフィーアとかいう精霊が俺の目の前まで飛んでやってきた。
アルラと比べて幼い印象を受ける。
人間だと15歳前後、成人してるかどうかといった所だろう。
「レインが見たのってこの子?」
「間違いないです!」
街で見かけたのと同じ翡翠色の髪。
自信を持って断言した。
「ったくあんたまた勝手に……!」
「ごめんなさい、でもそのおかげでレインがここに来れた」
「結果的に【精霊視】、それも特別感度が良い人間を見つけられたのは褒めてやる。ただそれとこれとは別問題だよ!」
アルラに正面から顔面を掴まれたレフィーアがジタバタと暴れる。
ここまで人間らしいやり取りを見ていると、精霊に対して警戒心を向けるのもアホらしくなってくる。
気を緩めつつも、【精霊視】とかいう言葉は聞き逃していなかった。
「アルラさん、その【精霊視】というのは?」
「そのままの意味だよ。精霊を見る事ができる目の事だ。あんた位ハッキリと私たちを知覚できる人間なんぞ滅多にいないよ」
おそらく褒められているのだろうが、比較対象がいないため何がどうすごいのかはさっぱり理解できない。
「それでレイン、あんたこの森で何が起こっているのか知ってるか?」
「街の近辺に出てくる魔物が増えている事ですか…? もしかしてアルラさん達はその原因を知ってるんですか!?」
「そう、今この森では魔物が増えている。だがそれはあくまで今起きている問題の副産物でしかない」
「詳しくは私から話すわ」
横からレフィーアが真剣な表情で割り込んできた。
表情も、声色も深刻なのは間違いないのだが、さっきまでアルラに掴まれていた部分が赤くなっていてどうも緊迫感に欠ける。
「森の深部でスタンピードが発生してるの。もう間もないうちに溢れ返った魔物が街を目指して侵攻を始めるわ。
「それは間違いないのか!?」
「事実よ……私のお気に入りの花畑も既に魔物達の軍勢に押し潰されたわ……あの場所が無くなったらどこでサボればいいのよ!」
「レフィーア、後で話がある」
「うっ……口が滑った!」
非常に危険な事態なのは間違いない……はずなのだが、どうにも緊迫感が欠ける。
精霊という種族の特性なのか、レフィーアが単にマイペースなだけなのか。
「とにかく! 私はそれを人間に伝えるために街に行って危険を伝えようとしたの」
「なるほど、じゃあ魔法で露店の屋根を飛ばしたり色々悪戯じみた事をしてたのはそのためだったのか……」
「いや違うわ、それは皆私の事見えてないみたいでイライラしたからその腹いせよ」
「レフィーア、後でたっっっぷり話がある」
なんだろうこの気持ち。
どこからツッコミを入れたらいいのかもはや見当もつかない。
いや、そんなバカな事を考えている場合ではない。
「何にせよ情報感謝する。一刻も早く街に帰ってこの事を伝えるよ」
「ちょっと待ちな。今帰った所で結果は何も変わらないよ」
「だとしても逃げる時間くらいは確保できるはずだ!」
「スタンピード、何とかできるかもしれないよ」
一刻を争う事態とはいえ、そう言われては留まらざるを得なかった。
「あんた精霊についてどこまで知ってる?」
「魔力を司る存在……じゃないのか?」
「そう、より厳密に言うと私たち精霊はこの場所からあんたたちの世界に魔力を供給する役割を果たしてる。どこか欠ける場所がない様、均等にね」
「初めて知りました」
「人間に言ったのはおそらく初めてだからね」
何やらとんでもない事を知ってしまった様だ。
一介の魔道士の身に余る情報じゃないだろうか?
もし俺がこの事を漏らしたらこの場所は一躍観光名所となってしまう事間違いなしだ。
「それで、だ。その世界に供給するはずだった魔力の一部をお前にくれてやる。その魔力を使ってスタンピードを止めてくれ」
「いいんですか……? いやそれ以前に俺で大丈夫なんですか?」
「レフィーアを追ってとはいえ世界の狭間にある私たちの領域に辿り着いたんだ。そんな強力な【精霊視】持ってる奴はおそらくこの世界でお前が初めてだろうよ。お前なら精霊との契約も問題なく行えるはずだ」
「精霊との契約……?」
「早い話が精霊から直に魔力を供給するパイプを繋いでもらう事だよ」
詳しくは分からないが、悪い話ではないらしい。
魔力ならいくらあっても困る事はないだろう。
「こうやって話してる間にもスタンピードの脅威は近づいてきてるんだ。こことあんたの世界とじゃ時間の流れが違うからね! 問答無用で契約してもらうよ!」
「わ、分かりました!」
そう言うとアルラはレフィーアの頭を上からガッと掴んでニヤリと笑った。
レフィーアは一瞬呆気に取られたが、アルラの意図を察したらしくジタバタと暴れ始めた。
何が何やら分からない俺にもレフィーアが何かしらされるという事は見当がついた。
「契約は額と額をくっつけて行うんだよぉ!」
「ちょっと、アルラ! やめて! やめてってば!」
額と額をくっつけて……?
とすると今アルラに振り回されてるレフィーアはまさか……!?
「レイン! レフィーア! それじゃ頼んだよぉ!!」
アルラが何をしようとしたのか察した時にはレフィーアの顔が眼前に迫っていた。
これ、避けられないやつだ。
次の瞬間、頭に強い衝撃を受け、そのまま意識を手放した。
※ ※ ※
地響きを感じて目が覚めると、俺は鬱蒼とした森の中にいた。
「夢……だったのか?」
体を起こすと、視界の先に街道が見えた。
どうやらフォレスティエの近くで倒れていたらしい。
意識がハッキリするに連れて、朧げだった記憶が蘇ってくる。
「そうだ、スタンピード! 早く街に知らせに戻らないと」
手をついて立ち上がろうとすると、柔らかい感触。
「ぐえっっ」
カエルでも潰したかと思って、目を向けるとそこにはレフィーアが倒れていた。
どうやら腹の辺りを思いっきり押してしまったらしい。
「あんた……マジで何するのよ。もうちょっと優しく起こせないの?」
「なんでレフィーアがここにいるんだ」
「まだ寝ぼけてんの? 私より寝覚め悪いってよっぽどよ」
そうだ、思い出した。
俺は確かレフィーアと強引に契約させられたんだった。
「ほら、スタンピードはもうすぐそこまできてるわ。早く街に戻ってスタンピードを止める!」
「色々聞きたい事はあるけど話は後だ。急がないと」
今度こそ立ち上がって走り出す。
森を抜けると目の前には想像を絶する光景が広がっていた。
山の木々を薙ぎ倒しながら、大量の魔物が一つの塊の如く街に向かって来ている。
話を聞いていなければ失神していたかもしれない。
「説明の手間が省けたわ。あれが私の見たスタンピード。街に被害の出ないうちにさっさと片付けましょ」
「いやいやいや、さすがにあの数は無理だって。掃除感覚で言わないでくれよ」
「あんたさっき私と契約したじゃない。今のあんたならあのレベルのスタンピード余裕で止められるはずよ。それこそ掃除するより簡単にね」
「信じられないな……」
常識的に考えてあり得ないが、レフィーアがさも当たり前かの様にそう言い切る様子からして全くの嘘というわけではないのだろう。
「やるしかない、か」
今にも逃げ出したい気持ちを抑え付けて、フォレスティエに向けて走り出した。
※ ※ ※
「レイン!? 貴様どこに行っていた……!」
「世界の狭間……ですかね」
「平時なら今すぐぶん殴ってる所だが、今はそうも言っていられないか。状況は見ての通り、俺たちの役目は……時間稼ぎだ」
進行方向からしてスタンピードがフォレスティエを食い荒らした後に向かう先は恐らく王都だ。
それだけはなんとしても避けなければいけない事だった。
パッと見たところこちらの戦力は300人程度。
むしろよく300人も逃げずに立ち向かおうと思ったものだ。
精霊云々がなければ俺は間違いなく逃げてただろう。
それに対して、魔物の数は見当もつかない。
少なくとも数千は確実にいるだろう。
あれだけ一塊で統率の取れた進行をしてると言う事は、何らかの指揮系統が形成されているに違いない。
「ねえレイン、なんでお行儀よく待ってるの?」
「いやいや、ここからじゃ魔法が届かないって」
「だから、今のレインなら余裕って言ったでしょ? どうせ当たらないとか言う前に一発かましちゃいなよ」
「分かったよ……」
「全力でやるのよ! 全力で!」
確かに精霊と契約した事でどの程度強くなっているのかまだわからない。
牽制程度の威力を出せるようになってれば嬉しいんだけど……。
「《火炎球》!!!」
それは何度も使ってきたはずの魔法だった。
射程、目標までの到達速度、威力、その全てを把握しているはずだった。
だが今放たれた魔法は全くの別物だ。
俺はまだ夢の続きを見てるのだろうか?
そこにあったのは巨大な紅蓮。
小さな太陽かと見間違えたほどの紅蓮の塊が、その勢いを弱める事なくスタンピードの中央めがけて尾を引きながら進んでいく。
ものの1秒程度で到達すると、天まで届きそうなほど高く火柱が上がった。
「なんなんだよこれ……」
「いやいやレインがやった事じゃない。まぁ、超優秀な大精霊、レフィーア様が契約してあげたんだからこの程度当たり前なんだけどね」
誰もが石にでもなったかの様に固まっていた。
隣にいた上官に至っては泡を吹いて倒れている。
どうしよう、俺人間辞めちゃったみたい。
「レイン、何ボーッとしてんのよ! まだ魔物はたくさん残ってるわ、ちゃちゃっと片付けちゃいなさい」
「いや、今の攻撃見ても構わずに進んでくるのかよ……スタンピード怖すぎるだろ!」
「そのまま逃げても共食いで死んじゃうんだから向かってくるのは当たり前でしょ?」
そりゃ決死の覚悟で向かってくるわけだ。
気づけば我に帰った衛兵たちにまるで化け物を見るかの様な目を向けられている。
どう説明しようか……。
もう……どうにでもなってくれ。
全ての思考を放棄して、残りの魔物の殲滅に取り掛かる事にした。
※ ※ ※
レフィーアの言う通り、俺はなんの苦もなくスタンピードを退けた。
あまりの圧倒的な勝利に、決死の覚悟でスタンピードに立ち向かう覚悟をしていた衛兵たちは喜ぶでもなく、ホッと胸を撫で下ろすでもなく、ただただ無表情に宿舎へと帰って行った。
「なあレフィーア、精霊の力でこれだけ派手な魔法が使えるならお前1人でどうにかできたんじゃないのか?」
「そんな事出来たらとっくにやってたわよ! 精霊が世界に供給するたけの魔力を横領しない様にって、精霊は自前の魔力でしか魔法が使えないの」
「世知辛い話だな」
確かにこの力をレフィーアみたいなやつが持ったら危険かもしれないな。
ちょっとイライラしたから、とかそんな理由で国が滅ぼされかねない。
「じゃ、私帰るから」
「そっか、じゃあアルラにもよろしく」
「色々あったけど面白いもの見れたし楽しかったわ!」
そう言って微笑んだレフィーアは、思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。
色々残念な所があり過ぎて気がつかなかったが、黙っていればとても綺麗だ。
明日からはまた一般魔道士のレインに戻るのだろう。
それでいい。
身の丈にあった幸せをこれからは求めていこう。
晴れやかな気分で、夕陽に向かって飛ぶレフィーアを見送る事にした。
「ぐぇっっ」
直後、カエルが潰れた様な声を上げてレフィーアが墜落していく。
「どうして!? 何かに引っ張られてるみたいに……これ以上進めない! まさか……アルラ、あんた何をしたのよ〜!!!」
今にも泣き出しそうなレフィーアの声が、すっかり焼け焦げた山肌に木霊して響き渡る。
レフィーアとは長い付き合いになりそうだ、と俺は直感的に悟った。
※ ※ ※
フォレスティエでの活躍が王都に伝わると、半強制的に王都へと連行され、SSランク冒険者の地位が与えられた。
これまでの最高位だったSランクを超えるSSランクをわざわざ新設する、という破格の待遇だ。
王様との謁見だの、貴族との面会だの、煩わしいイベントから解放されて自由の身になるまでに2ヶ月もかかった。
そして今日、冒険者ギルドに顔を出せば晴れてしがらみから解放される。
俺はこの日を縋る思い出で待ち望んでいた。
「おい見ろよ、あれがSSランク冒険者、【精霊士】のレインさんだぜ」
「ふむ……立派な面構えをしておるわ」
「なんでもレインさんに睨まれた人間は、その日のうちに死ぬっていう噂だぜ」
噂話ならせめて本人の聞こえないところでやってほしいものだ。
それに尾ひれがつき過ぎて、正真正銘の化け物扱いされてしまっている。
「随分面白いことになってるみたいね」
「もう勘弁してくれよレフィーア……」
「仕方ないじゃない……私だって帰りたいけど契約で縛られてるんだから」
どうやらレフィーアは契約に縛られたせいで、俺から一定距離以上離れられなくなってしまったらしい。
アルラ……次会うことがあったらどうしてくれようか。
アルラという共通の敵を見つけた俺たちはかなり打ち解ける事ができた。
被害者同士、傷の舐め合いと言った方が正しいかもしれないが……。
それでも1人で嘆くよりはいくらかましだろう。
「レ、レイン久しぶりだな」
「フィスト……」
遠巻きに伺い見る連中の中から、1番最初に声をかけてきたのはフィストだった。
以前は自信に満ち溢れていたはずだが、今はどうにもやつれていた。
「その……レイン、やっぱうちのパーティーに戻ってこねえか? ほら、あの視線がどうとかはさ、俺たちの勘違いだったみたいだし」
「今更言われても……もう遅いんだよなぁ。悪いが俺は多分誰ともパーティーを組まない。他を当たってくれ」
「そうか……」
正しくは魔法に味方を巻き込めそうでパーティーを組めない、というのが実情なのだがそれをわざわざフィストに説明してやる義理はなかった。
ダメで元々という気持ちだったのだろう。
フィストがそれ以上食い下がってくる事はなかった。
おそらく俺をパーティーから除名した見る目のない奴ら、という烙印を押されてしまっている事だろう。
それこそ俺みたいなあぶれ者としか今後組めなくなるに違いない。
多少同情の余地はあるが、言ってしまえば自業自得だ。
悪いが今他人を気遣う余裕がない。
そう、俺達の戦いはまだ始まったばかりなのだから。
※続きません。
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ぐえっっ