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妹を溺愛する父親の気持ちを知りました(仮)

作者: 棚田もち

テンプレど真ん中。シリアス寄りです。

『ふ、ええーん、うえーん…………』


 ――幼い頃の私の泣き声だ。


『どうしたの』


 ――彼が現れた。


『妹が私の物、取っちゃうの』


『返してもらったら?』


『だってお父様が貸してあげなさいって』


 ――ああ、これはまだ婚約する前の……


『じゃあ……×××××××××』


 ――あの時彼はなんて言ったんだっけ。


 それは遠い日のあたたかな記憶――――。












「お姉様! 素敵な髪飾りですね。私に貸してくださらない?」


 居間で父と二人、ひと月後の結婚式について話していると、一つ年下の妹のピリカがやって来て開口一番そう言った。

 彼女はいつも大きな緑の目を輝かせて私のものに興味を示す。


「これはシキ様にいただいた物なのよ。私が着けないと意味がないわ」

 婚礼の打ち合わせにも兼ねた、婚約者であるシキ様とのデートに合わせて着けたのだ。

 貸したくない。


「やあだお姉様ったら。シキ様はお優しいもの、きっと私に貸すように言ってくださるわ。意地悪なさるお姉様は嫌われてしまうわよ」

「ユメ。少しくらい良いだろう。ピリカに貸してあげなさい」

 父は常に妹の味方をする。


 ピリカを出産した後、母は産褥で亡くなった。母を知らぬ妹を憐んだ父は、彼女に甘い。――私はその時一歳で母の記憶は無い。

 妹には現在でも会えば優しく甘やかしてくれる乳母がいるが、私の乳母はもういない。小さな私よりも更に小さく手がかかる存在に、皆の意識は奪われていたのだろう。少し成長した頃に、親戚や使用人達の会話から知った。


 目を覆うフィルターが取れる気配のない父は、常識で考えればあり得ない要求でも認めてしまう。元々ピリカは引くことを知らない上に二対一では分が悪い。それに、もう婚約者が来てしまう。いがみ合っている姿を見せたくない。

 思わず罵りそうになるのをグッと堪えた。


「返してくれるなら」

「まあ! 人聞きの悪い事仰らないで。品が無くてよ。ねえ父様」

「ああ、そうだね。快く貸してあげる方が、皆気分良くいられるよ」


 この妹に貸した物が返ってくる事はまず無い。催促しても『もう少し貸して』と言ってそのままになってしまうのだ。


 誕生日にもらったふわふわのクマのぬいぐるみに、リボンのついた可愛い靴、素敵な騎士とお姫様の出てくる本。お別れする友人からもらった栞も、母の形見のドレスに、大人になって身につけるのを楽しみにしていたブルートパーズ のパリュールも。

 手元にあるのは一瞬で、全て妹に貸し出されていく。


 稀に返ってくる場合もあった。それは壊れたり、汚れたりした時だ。

 使っているのを見たことがない物たちは……何処かには存在していると信じたい。


 以前は私も渡したくないと頑張っていたのだ。しかし父から可愛い妹だろうと窘められる。

 可愛くないと答えれば物を奪われた上に食事を抜かれ、詩の暗唱をさせられる。そんな日々が続き、次第に諦めていった。


 私からすると詐欺師にも思える妹の周囲の評判は悪く無い。とても気前が良いからだ。

 気前良くなんでもあげてしまう、私の物を。


 デビュタントの際に造ってもらったお気に入りのネックレスを、どうしてもとねだられ、父親にも言われて貸したことがあった。


 中々返ってこないそれを、ある夜会で共通の友人がしているのを見つけた。聞けば妹に貰ったというではないか。

 訳を話して返してもらい、妹に詰め寄ると、『友人に貸しただけだ』という。

 抗議すれば、聞き咎めた父からは『戻って来たのだからいいじゃないか。過ぎた事をいつまでも言うんじゃない』と何故か私が叱られた。


 見知らぬ他人が身に着けている場合もあった。基本的に一点物なので判るのだ。

 知り合いでも無いのに上手く説明出来る気もしないし、似た物は存在するので迂闊な事をすれば言い掛かりになってしまう。

 家の恥を晒すよりはと諦めるしか無かった。


 “妹に譲る”以外の長女としての役割を果たす為に婚約が決まったのは一年前のことだ。

 幼い頃から交流のある彼は、細身の貴族的な容貌を持つおっとりとした次男坊で、我が家に婿入りする予定になっている。


 大事な物は尽く奪われる毎日の中で、婚約者の存在は慰めとなった。

 彼からの贈り物は、私の為にと考えてくれたことが一目で分かる物だった。

 私の髪や瞳に合わせた小物。私の好きな花。好きなモチーフの可愛らしいカード。

 どれも美しく輝いて見えた。――例えその後妹の物になったとしても。


 優しく礼儀正しい彼は、妹にも父にも丁寧に接するが、私への気遣いを決して忘れない。

 彼となら、温かい家庭を築ける、そう思うのだ。




 髪を整え終わった頃、先触れが有りシキ様が部屋へ案内されてきた。

 私を見て柔らかな笑みを浮かべる。笑みを返すこんな時、二人の穏やかな未来が頭を過ぎる――穏やかに過ごせるのは妹が嫁いだ後の話だろうが……。


「こんにちは。今日は……あれ? その髪飾り……」

 私宛の贈り物は既に妹の頭にある。

「こんにちはシキ様!」

 父よりも姉よりも先に声を上げるが、問いかけられたとも取れるので仕方がない、のだろうか。


「どうです似合ってます? お姉様が私に快く貸してくださったんです」

 確かに父はそうした方が良いと言っていたが、実際は強奪されただけだ。

「う〜ん、確かに似合ってるね」

 妹と私の髪は、ほぼ同じ色をしている。

「やっぱり! 皆も私の方が似合うと言っていたんですの!」

 誰もそうは言ってないが、紳士な彼は否定はしなかった。

「じゃあもっと似合うのをユメに贈らないといけないね」

「まあ! ではコレは私の物ね! もっと素敵な物を頂けるなんて、お姉様が羨ましいわ」

 どうせソレもお前の物になるんだろう。これまでに彼から贈られたアクセサリーや小物は、全て妹の元にある。今日と同じ様な経緯で彼女の物となった。名目上の貸し出しですらない。

 父はニコニコと微笑むだけで何も言わない。


 いつものことだが、妹が入ると三人の世界を自分一人だけが外から見ている様な疎外感に包まれる。それをそっとついた溜息で押しやった。


 一通り挨拶を済ませ席に着く。三人掛けのソファの真ん中に座ったシキ様の隣に当たり前の様にピリカが腰を下ろす。

 勿論他にもソファはある。婚約者は少し驚いた様に彼女の顔を見たが、そのまま前を向いた。

 流石にこれは見過ごせない。


「ピリカ。あなたはこっちよ」自分の隣を示す。

「私はこちらがいいですわ」

 眉間に皺が寄ったのが分かった。

「はしたないわよ」

「いやだお姉様ったら。もうすぐお兄様になる方なのよ。なのにそんな見方をするなんて、ご自身が何かはしたない事を考えてるのではなくて。ねえ、シキ様もそう思うでしょう?」


 そう言って彼女は彼の手に自分の手を重ね、甘えた仕草で身を寄せた。


 世界が止まった。次いで怒りが込み上げ、頭に血が上っていく。物だけでなく彼も奪う気か!


「私の婚約者なのよ!! その手を離しなさい! 彼に近付かないで!!」

 彼らの元に足早に向かい、ピリカの手を掴もうとするがそれよりも早く彼女がシキ様に縋り付く。

「怖いわ! やめて!! シキ様助けて」

 彼の手が妹の肩に回った。まるで守るかのように。目の前が暗くなった気がした。


「何をやっているんだ!!」

 置物の様だった父が声を荒げ、私を突き飛ばす。無様に転がった私の姿に、皆が押し黙った。

 少しの沈黙の後、父が口を開こうとするのを妹が遮った。

「ねえ、もしかしてシキ様とお姉様って相性が良くないんじゃないかしら?」


「――私とシキ様は上手くいっていると思うわ」


「だってねえ、いつも冷たいくらいに取り澄ました態度のお姉様が、シキ様が絡んだ途端にこんなみっともない真似をするのよ? 相性が悪いとしか思えないわ」


 どう考えても私達姉妹の相性の方が悪い。あんまりな言い分に、立ち上がるのも忘れてワナワナと震えていると、シキ様が助け起こしてくれた。


「まあ! こんな事をしでかしたお姉様に手を差し伸べるなんて、やっぱりシキ様はお優しいわ!」

 そうだわ、と嬉しそうに父を見た。

「お父様! 優しいシキ様とお姉様が合わないのなら、結婚相手を私に変えるのはどうかしら!」

 素晴らしい解決策を思い付いたというように、満面の笑みで父にねだりだす。


 彼は次男だからこそ、長女の私に婿入りするのだ。そんな望みを叶える筈はない、そう理性は訴える。

 しかし心は父がピリカの願いを聞き入れるのではと警告を鳴らす。


「――そうだな、その方が良いかもしれないな。ユメ、お前には別の嫁ぎ先を探してやろう。シキ君もそれで良いかな?」


 見放された。跡継ぎですら無くなった。反論する気力など、もうどこにも無かった。


「え? お断りしても良いですか?」

 頭の上から呑気な声が聞こえた。


「……何故だね? ユメは君が相手だと感情的になり過ぎる様だ。当主としては不安が残る。家は君に任せるので、明るいピリカと夫婦になるのもいいんじゃないかね」

「いや〜私はユメさんが良いですね。ピリカ嬢には友人を紹介しましょうか? 良い奴が居るのですが」

 私の手を取り、甲にそっと口付ける。


 ジワジワと喜びが満ちてくる。


「良いご友人は後日紹介してもらうとして、結婚は私との方が良いですよね? 私の方が若いですし、陰気でもないですし」

 何一つ譲る気の無い妹は、紹介もさせるらしい。


「そうだな! ユメの醜聞を気遣わずとも良いのです。何とでもなるでしょう」

 きっと何ともならない。でも今も握られたままの手は、彼の体温を伝えてくれている。大丈夫。シキ様はきっと私を――


「では、残念ですが入り婿の話は無かったことに」


 彼の言葉に身体が強張った。まさかこのタイミングで裏切られるとは。堪えきれず視界が歪む。


「ユメ」

 シキ様が私の濡れた両頬に手をやり、そっと拭う。


「私と市井に降りてくれるかい?」


 耳を疑った。視線を合わせると、彼は飄々としながらも真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「家を出る事は考えた事なかったでしょ? 直ぐは決められないだろうけど、選択肢に入れてみない? 慣れない環境にはなるけど、それは結婚する者なら誰でも一緒じゃないかな。君となら支え合えると思うんだ。それなりに稼いでいるからメイドも雇える。苦労はかけないよ」と言った後、少し考えて付け加えた。「……ちょっとしか」


 正直な一言を聞いて頬が緩むと同時に、涙が一粒零れた。


「待ってくれ! ちょっと待ってくれ、それは困る!」

「お父様……」

「いや〜。今凄くいい所だったんだけどなあ」

「君には是非ピリカを娶ってもらいたい!」

「な?!」

「ええ〜? もうお友達を紹介していただいた方が良い気がするんだけど」

 既に妹は乗り気では無いようだ。

 いつもとは違い対象が人だったので、我儘が通じるか試してみただけなのかもしれない。


「いえ、ピリカ嬢には私よりももっと相応しい人が見つかりますよ」

 私の手を優しく握り直し、父の申し出を断ってくれる。これほど彼を頼もしく感じた事はない。


「困るんだよ! こんな子を他所にやれる訳がないだろう!!」

 血の気が引いていくのが分かった――――私は実の父親から、そこまで蔑まれるような人間なのだろうか。


「ピリカを外に出したら問題があるのがバレてしまう!」


「え……」


 呆気に取られる私達を他所に、堰を切ったように父は話し出した。


「この子は愛敬もあるし外面も良い! だが人の物を欲しがるし、手に入らなければひと月だって文句を言い続ける。ある意味根性はあるが、興味のないものには一切手を付けない。他人には優しいが、その分身内からは貪欲に優しさを要求する。幼い頃は癇癪が酷かった。今はやり過ごしているからこそ、これで済んでいるんだ。他家に嫁げば問題を起こすに決まっている!」


 妹はポカンと口を開けたまま動かず、シキ様はうんうんと頷いている。

 急な父の変心ともいうべき事態に、全く理解は追いつかないが、疑問を呈してみた。


「でも、お父様はピリカを嫁がせるおつもりでしたのでしょう?」

「そ、そうですわ! きっと私は嫁ぎ先でも愛されるはずです」

 私の言葉で妹が勢いを取り戻す。


「ああ、私の力で抑えられるような奴か、目一杯年上で若い娘の我儘に付き合える奴を探していた」


 妹が再び固まる。面倒が無くて良い。


「そう思われているのでしたら、何故ピリカを甘やかされましたの?」

「あの子が我儘を言い出した頃、私の抜け毛が大幅に増えた」

 視線が頭部に向かう。

「大幅に、だ」

 普通にある。が、重大さは伝わった。

 父が私の大切なもの達と引き換えに守った大事なものなのだろう……。なんだか貶められた気分だ。


「それにバカな子程可愛い!」

 言い切る父がバカに見えた。


「まあ、少し甘やかし過ぎたと反省はしている。他家で別の価値観を学んでくれればと願っていたが、シキ君がもらってくれるなら話は別だ。仕事は出来るしピリカの扱いも上手い。長女だからとユメを家におこうとしたが、お前なら余所に出しても安心だ。余程変な家に嫁がない限り、幸せに暮らしていけるだろう」


 意外に私の評価は高かったらしい。そして少しは愛されていたのだろうか。


 シキ様が首を傾げて言った。

「そこに私の幸せが見当たらないのですが……」


 それから話し合いは平行線を辿り、後日に持ち越しとなった。

 妹は不貞腐れてブツクサと文句を言ったりフラフラ出歩くようにはなったが、私の物を欲しがる事は大分少なくなった。なにか思う所があったらしい。


 日を改めた話し合いの結果は――――――







「久しぶりだね、ユメ」


 カフェのテラス席で紅茶を飲んでいると、シキ様に声を掛けられた。


「まあシキ様! 本当にお久しぶり。時間はあるの? 良かったらこちらに座らない?」

 向かいの空いてる席を勧める。

「ありがとう。じゃ少しだけ」


 直ぐにやってきた給仕に茶を頼む。

 一息ついた所で聞いてみた。

「どう? 奥様とは上手くいってるの?」

 彼が少し照れたように答えた。

「君の紹介だけあって素敵な人だね。お陰様で毎日が充実してるよ。お互いを大事にしあえていると思う」

「ふふふ。ご馳走様」

「君の方どうなの?」

 私は真顔になった。

「あれ? 上手くいってない?」

「控え目に言っても愛されてるわね。いやもう本当にこんな幸せでいいのかって心配になるのよ。例えば昨日もね…………」


 あの後何度も気持ちを確認しあったが、私は家を継ぐ気が無くなってしまっていた。シキ様は私を望んでくれたが、私と一緒になっては貴族では無くなってしまう。

 優秀な人なので他に良縁も得られるだろうにそれは惜しい。私も市井でやって行けるか今ひとつ自信がない。

 環境が少し改善され、落ち着いたことで私は気付いてしまった。


 シキ様って、あんまり頼りにはならないのでは――と。


 確かに私に優しくしてくれたし妹にも靡く事はなかった。しかし取られた物を返すように言ってくれた事はなかったし、彼女を拒絶する事もなかった。

 相手の家族にも優しいのは大変な美点だが、時には私の絶対的な味方になって欲しかった。贅沢だとも思うが、それが正直な気持ちだ。


 もっと自分を大事にしたいし、大事にされたい。


 時折シキ様も交えながら膝を突き合わせ、真剣に想いを訴え続ければ「すまなかった」と父は言ってくれた。聞けば父は長男で、弟妹にお下がりを渡す感覚に近かったそうだ。ちょっと多いなとは思っていたようだが……私の過ごした日々は、絶対にそんな可愛い話ではない。


「お父様の眼よりも節穴の方がまだモノが見えるわ」つい口を滑らせハッと見ると、父が顔を真っ赤にして拳を震わせていた。

 話し合いに参加していたシキ様が慌てて取り成してくれたので助かったが、その時ヒラリと髪が一本落ちて行ったのが印象に残った。


 そうして蟠りは残しつつも一応和解をみた父から、嫁ぎ先を探してもらう事になったのだ。


 紹介されたのは、妹の婚約者候補に挙がっていた十五歳年上の男性だった。






「………………という訳でね、経験値というか尽きない包容力というか、もう結婚して二年も経つのに蕩けるような眼で見つめてくれるし、そうされると操られるみたいに勝手に身体が近付いて行ってしまうのよ。思い通りに動けないなんて、私、神経の病気なのかしら」

「あーーーー、その病気、知ってるかもしれない」

「え、本当にあるの!? 聞いてみるものね!」


 でも彼の方が病気なのではないだろうか。なんだか話している間に急激に生気が薄れたようだ。


 フッとテーブルに影が差した。

「堂々と浮気かい、奥さん」

 そこには口髭を蓄えた、壮年の色気に溢れる洒脱な紳士が、山高帽を手に立っていた。

「カリ!」

 立ち上がってハグをすると、片手で抱き寄せてくれた。顔のあちこちにキスが贈られる。

「ふふ、お帰りなさい。お仕事はお済みになったの?」

「ああ、上手くいったよ」

 唇を触れ合わせたまま話すものだから、髭が擦れる。

「そこで喋らないで」

「でも君は、」

「んんっ!」

 咳払いが聞こえたのでそちらを見ると、シキ様が気まずげに立っていた。

「ああ、失礼致しました。先日の会食以来ですね」

「ご無沙汰しております、フクイ卿」

 にこやかに握手を交わし合う。二人は仕事上でも付き合いがあるのだ。


 雑談する二人を眺め、ゆったりとした時間を過ごす。とても幸せだ。

 あの家にいたら、この幸せを味わう事は無かったと思う。


 妹は現在も実家にいる。

 二度結婚して二度離婚した。早い。それだけに三度目は流石に難しい。

 家を継いでいたら、変わらぬ人間関係にきっと神経をすり減らしていただろう。

 二度目の離婚の後、妊娠していたことがわかった。先日無事男の子が生まれ、親権を巡り係争中だ。

 子供を家の跡取りにすべく父が奮闘して、あれ程大事にしていた髪の毛を散らしている。

 気にせず堂々していれば格好良いのに、と思っても伝える事はしない。その姿を見ると胸のすく思いで自然と笑顔になれから。

 性格が悪いと自分でも思う。


 穏やかな老後には程遠いようだが、ピリカもいる。

 散々奪って行った妹には父の世話も譲ってあげよう。

 なんて事だ! 完璧じゃないか!


 ただいずれは彼らと、真の和解を迎えられる気がしている。

 カリのお陰だ。

 彼が私に我儘も、時には言い合う事も愛し合う事も教えてくれた。

 ひび割れた器が少しずつ満たされていく。


 まだ駄目だけど。まだまだ駄目だけど、もっともっと、懐かしいと思えるくらいに時間が経ったなら…………。



 シキ様と別れてカリと二人、街を歩く。


 青い空の下。人々の喧騒と続く石畳。隣にいる夫が支えてくれるから、どんな道でも歩いて行ける。私は彼をジッと見詰めた。


「ん? どうしたんだい」

 笑い皺も素敵だ。

「いいえ、何でもないの。歩き方を覚えたら、私が貴方を支えるわね」――だから今はたくさん愛を注いでね。

「? まあ君が楽しいなら何でも良いよ」

 ただでさえ近くにいるのに、さらにピッタリと身体を寄せくる。そして耳元に口付けるように囁かれた。


「今日も沢山の愛を注いであげよう」





 世界は愛で満ちている。














〜幼い頃の会話の内容〜


「じゃあ、妹さんの物と交換すればいいんじゃない?」


全く役に立たないので記憶に残らず、慰められたという事だけ覚えていました。

父親の名前もフルネームで決まっていたのですが、出す場所がありませんでした。需要は無いと思いますが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 髪は長い友達とか… 俺たち一生友達だよな! とか思っていたら、いつの間にか去って行った 『あぁ、そう言えば 友達だと、熱く語ったのは自分だけだった』 と、気づいた時には… バーコードは、在…
[一言] 小学校の教師にバーコードがいて、片側の髪を反対側に流してバーコード状態にしていたので、風が吹くとそよ~と靡いて、一所懸命撫で付けていたのを思い出しました。 男のほうが髪は命ですよね。
[一言] お教えいただきありがとうございますm(_ _)m やはり親権なんですね! タグでは微ざまあとありますし、妹にはもっと反省してほしかったのですが、親権をとられるのはかなり恐ろしいざまあですね(…
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