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『もし』の話はこれでおしまい  作者: 凪沙ミハル
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8.すごいプレゼント

 自転車を放りだし、店に入って早足で奥へと進む。太一の姿を見た佳依は怪訝な表情を見せた。


「なんで汗だく?」


 アパートからここまでノンストップで自転車をとばしてきた。何度か車にひかれそうにそうになったが、一刻も早くと必死だった。


「これ、部屋にあった」


 呼吸も整わないまま、ポケットから指輪を包んだハンカチを差しだす。


「なにこれ? 汚いハンカチ――」

「いいから開いてみろ」


 押しつけるように渡すと、テーブルに置いてハンカチを広げる。指輪が姿を現すと、佳依は息を飲んだ。


「天井灯の傘の中にあった。多分、急いで隠したんだと思う」


 手のひらに乗せた指輪に佳依は指を滑らせる。


「つけてみろよ」

「え? けど……」

「いいから」


 悩みながらも佳依は左手の薬指を選び、指輪を入れる。サイズはぴったりだった。ふっと太一の体から力が抜け、落ちるようにソファに座る。やはり、成瀬の佳依への気持ちは本物だった。


「……僕、来月が誕生日なんだ」


 佳依の声は震えていた。


「俊介さん、すごいプレゼント用意するって張り切ってた。……だからって、どれだけ早く買ってるんだよ。バカなんだから」


 笑いながらも、目には涙が溜まる。


「……俊介さん」


 指輪をつけた手に手を重ね、額に押しつける。一筋、頬に涙が流れると、佳依は声を上げて泣いた。


「……ごめんなさい。僕が我慢できなかったから」


 成瀬に謝り、何度もしゃくりあげ、涙で顔がぐしゃぐしゃになっても泣き続ける。太一がハンカチを差し出すと何度も涙を拭う。


 再会した時からずっと不思議だった。事件の当事者のはずなのに、佳依は超然とし、事件を他人事のように話していた。


 好きな人と愛し合っただけで引き離されるなんて、社会的に許されないことでも、本人たちにすれば理不尽でしかない。なのに佳依は悲しむどころか、悔しさをにじませもしなかった。


 けど、本当は我慢していたんだ。周りに味方は誰もいない。そんな状況を耐える為に、事件と自分を切り離していた。


 しばらくして、目を真っ赤にした佳依はハンカチを顔から話した。気持ちを落ち着けようと、濡れたハンカチを丁寧にたたむ。


「ごめん。これ洗って返すよ」

「ああ」


 泣いてすっきりしたのか、佳依の声は明るい。もう大丈夫そうだ。


「それじゃ、帰るわ」


 目の前で泣かれた気まずさもあり、太一は立ち上がり部屋を出ようとする。


「太一」


 肩を掴まれ、振り返らされると、太一の胸に佳依は飛びこむ。


「なっ……!」

「ありがとう、太一。君は親友だ」


 苦しいほど強く抱きしめられ、太一は慌てる。


「や、止めろよ。汗かいてんだから離れろ」


 佳依を引き剥がす。


「べ、別に俺は大したことしてねえ。お礼なら上手い場所に指輪を隠した成瀬に言えよ」

「うん」

「じゃ、ホントに帰るからな」


 太一は返事を聞かずに部屋を出る。ひどく熱くなった顔を見られたくない。今度、指輪を入れる箱を持ってこよう。あのままじゃ傷がつく。


「佳依、落ち着いたかい?」


 急な訪問をしたことを謝ると、五十嵐はカウンター席にジュースを置く。太一はそれを一気に飲み干した。


「見てたんですか?」

「飲み物を持って行こうとしたら、ね。あんな風に泣く佳依を見たのは初めてだよ」

「俺だって初めてです」


 嘘だった。佳依の涙を見たのは二度目だ。


「誰にも心を開かないと思っていたのに。やっぱり友達は特別なんだね」


 五十嵐の声は少し悔しそうだった。


「……そんなことありません。俺は佳依の友達じゃありませんから」

「そうなのかい? 確かに、ここに初めて来た時、変な雰囲気だとは思った。友達に会ったはずなのに互いに緊張してた。けど、今は友達なんだろ?」

「佳依は……そう思っているかもしれません。けど、俺はそう思いません。俺は佳依の友達になる資格がないんです」

「複雑なんだね」


 肩をすくめ、それで話を終わらせようとする。


「俺たちの間に何があったか、気にならないんですか?」


 その態度に違和感を持ち、太一は尋ねた。五十嵐も初めて会った時から、事件から一歩引いた立場を貫いていた。初めは詮索しないことがありがたかった。


 だが、太一と佳依の関係に違和感を持ちながら、今まで探ろうともしなかったのは、あまりにも無関心だ。


「一応、気にはなるよ。けど私が聞いても教えてくれないだろう? こういうのは本人たちの気持ちが大事だからね。話す気になるまで私は待つよ」


 五十嵐は優しい笑顔を見せる。けれど、太一の気持ちはすっと冷めていく。それは見守っているんじゃなくて、ただの放置だ。


 この人はこういう人なんだ。表面的には心配して見せるけれど、本心では余計なことに首を突っこみたくないと思っている。


 佳依がここの料理を嫌うわけだ。いくら味がよくても、信用できない相手の料理は旨くない。それなら機械的に作られたジャンクフードのほうがマシだ。


「俺、五十嵐さんのこと、結構好きでした」

「告白かい? 困っちゃうな」

「けど、今はあまり好きじゃないです」

「言うねぇ。傷つくな」


 五十嵐はちっとも傷ついていないのかヘラヘラと笑う。ちょっと殴りたくなったが拳を握って耐える。


「まあ太一くんが好きじゃなくてもいいよ。けど、店に来てもらえなくなるのはちょっと困るかな。佳依の話し相手がいなくなってしまう」

「俺も店に来れなくなるのは困ります」

「なら良かった。交渉成立だね」


 これ見よがしに握手を求めてきたが、拒否した。もう胡散臭さを隠そうとしない。


「今まで通り、協力関係でいよう。けど、私にできることはあまりないからね。佳依を外に連れ出したいなんて御法度だ」


 実家から金をもらっている以上、軟禁に協力するつもりなのだろう。


「じゃあ一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「成瀬先生と会う方法はありませんか?」

「それは無理だよ」

「無理なのはわかってるんです。それでも会いたいんです。大人なんですから、知恵くらい出してください」


 今まで太一は成瀬の気持ちに疑問を持っていた。いくら佳依が成瀬を愛していると言っても、あくまで主観で、騙されている可能性があったからだ。


 けれどあの指輪で成瀬の気持ちもハッキリした。

 だからこそ、会いたかった。どうして嘘をつき続けるのか、その理由を知りたい。


 五十嵐に成瀬がアパートを引き払ったことを伝えると、五十嵐は腕を組み考えこむ。もちろんカギのことは話さず、太一が一人で会いにいったと説明した。


「そうだな。今、成瀬さんは裁判を受けるために拘留か保釈されているかのどちらかだ。けど、契約解除の委任状を書けるのなら、保釈されている可能性が高い。そして身元引受人、一番多いのは両親、と一緒にいるはずだ」

「じゃあ、先生の実家を探せば会えるんですね」

「けど、問題が二つあるね。実家をどうやって探すかってことと、そもそも、先生は風早くんと会いたくないってことだ」


「どうして?」

「そんなの当然だろ? あんな事件を起こしておいて、どんな顔して生徒に会うんだい? もし普通に会える奴がいたら人間じゃないね」

「それは……そうですけど、それでも会わなくちゃいけないんです」


 太一はこの事件を調べるうちに、同じように未成年の生徒と教師が肉体関係になり、逮捕された事件を見つけた。そこでは二人に恋愛関係があったと認められ、教師は無罪となった。


 二人は愛し合い、一方的な関係ではなかった。なら成瀬はなぜそう主張しないんだ。もし知らなければ教えなければいけない。成瀬が重く裁かれれば、佳依が悲しむ。


「これから先生はどうなるんですか?」

「強制的に起訴されているはずだから示談はないかな。裁判を受けることになるよ」


 ドラマで見たことがあった。三つに並んだ席の手前に被告人が立つ。その後ろの傍聴席には記者や親族――。


「そうだ。裁判って誰でも見れるんですよね? 先生と同じ部屋に入れますよね?」

「あ、ああ。公開裁判になると思うけど……まさか、本気かい?」

「ええ。会いに行きます」


 五十嵐は目を丸くする。


「どうして君がそこまでする必要があるんだい? だって佳依とは友達でもないんだろう? 関係ないじゃないか」

「関係あります」


 確かに佳依と成瀬の問題だ。けれど、もう太一自身の問題でもあった。


「先生は生徒と接触を禁じられているはずだ。もし会えば裁判で不利になる可能性だってあるんだぞ」

「そんなの知りません。俺が勝手に会いに行くだけですから」


 先生は禁止されていても太一は禁止されていない。もし怒られたら知りませんでしたととぼけてやる。


 家に帰ってから太一は裁判について詳しく調べた。裁判は誰でも傍聴することができる。目論見通り、年齢制限はない。だが裁判所のホームページにはなぜか公判の日程が載っていない。太一はニュースサイトを片っ端から巡り、初公判の日付と時間を探しだした。


 初公判は三日後。


 ようやく会える。そう思うと、体が小さく震えた。


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