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『もし』の話はこれでおしまい  作者: 凪沙ミハル
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5.机の裏にあるものは

 自宅の最寄り駅から電車に乗り、学校とは反対方向に数駅進んだ駅で降りる。周囲は閑静な住宅地が広がっていた。どの家にも広い庭があり、塀や垣根で囲われている。


 住んでる人、みんな金持ちなんだろうな。ぼんやりと考えながら道を進んでいくと、ひときわ高い壁に囲まれた建物にたどり着いた。


 白い塀が一区画をぐるりと囲み、塀の上にはセンサーが等間隔で設置されている。塀にそって歩き、角を二回曲がると、車がすれ違えるほど幅広なシャッターがついたコンクリートの門が現れる。


 その横には通用口と呼び鈴、『桐山』の表札がある。ここで間違いないようだ。だが、扉は鉄製でその上部には監視カメラ。警戒をアピールするように小さな緑ランプが点滅している。


「冗談キツいわ……」


 門だけで客を選別しようという意図が伝わる。太一は間違いなく拒否される側だ。


 なにか変だと思ったんだ。佳依に頼まれた時、『ちょっと入りにくいかもしれない』とか『お手伝いさんには連絡しておくから』と不可解な前置きをしてきた。それはこういう意味だったのか。


 だがこれくらいで怯むわけにはいかない。真実を知るには行動あるのみだ。意を決してチャイムを押そうとすると、直前にブザー音が響く。金属がこすれる音を響かせて、シャッターがゆっくりと上がり出す。


 やがてサイドカーのついた赤いバイクが現れた。大きなライトに前輪を支えるフレームが露出したアメリカンで、サイドカーも同じく赤。運転手は胸元を開けた白シャツにジーンズとかなりラフな格好だ。


 運転手は太一を見て、ふかしていたアクセルから手を離す。


「風早くん? こんなところで何やってるんだい?」


 銀色のゴーグルを外すと、太一は驚いた。


「五十嵐さん? どうしてここに?」

「それは僕のセリフだよ。ここは僕の実家なんだから」

「あ……そうでした」


 五十嵐は佳依の父の兄だった。


 門の中に入ると、広い敷地に二つの建物があった。手前にコンクリート造りの三階建ての住宅、もう一つは古い日本住宅だ。余った庭には芝生が敷かれ、植木が点在している。電線すら視界に入らない敷地には、自分が住むマンションが丸ごと入るのではないだろうか。格差を実感せずにはいられない。


 ともかく事情を説明し、一緒に手前の家の中へ入る。

 キョロキョロと落ち着きなく、室内を見渡す太一に五十嵐は笑った。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。この時間はお手伝いさんしかいないから」

「なんか、全部が広くて落ち着かないんです」


 確かに佳依の親と会ったらどうしようという不安はあるけれど、それ以上にこの家は異次元だった。

 この家は、太一の想像する金持ちの家とは違っていた。大理石の床や、装飾過多な足を持つチェアやソファ、カーブを描く階段とその上で輝くシャンデリアはない。

 代わりに全てのサイズに余裕があった。玄関だけでも太一の住むマンションの四倍はあり、廊下ですら幅広い。そのせいで中央を歩いていると違和感があり、つい体が壁によってしまう。


 佳依の部屋は三階の一番奥にあった。


「ここが佳依の部屋。えっと、僕はここで待ってた方がいいかな?」

「え、ええ。そうしてもらえるとありがたいです」


 太一はスマホを取り出して、メッセージアプリを起動する。


『部屋に入るぞ』

『わかった』


 待機していたのか、すぐに返事がくる。佳依のスマホは捜査のために証拠品として提出され、返却されたが親に押収されていた。そのため五十嵐のパソコンを借りて連絡を取っている。


『お邪魔します』

『いらっしゃいませー』


 広さは一二畳ほど。まず目についたのは大きなテレビだった。両手を広げたほど画面は大きく、それを支えるテレビ台にはゲーム機がいくつも並んでいる。その前に置かれたガラステーブルはU字型のソファに囲われ、横になってゲームができる。しかも小型の冷蔵庫まであって至れり尽くせりだ。


『広すぎだろ』

『エージェント太一、よそ見は厳禁だ。そのまま勉強机に向かえ』

『アイアイサー』


 奥にある勉強机は、意外なことに太一も使っている学習机だった。


『大佐、ターゲットの前に到着した』

『よし、では二番目の引き出しを開きたまえ』


 引き出しの中には筆記用具やノートが整理されてしまわれていた。特に変わった物はない。


『その裏をさぐれ、あるものが貼りつけてある』


 指示通り手で探ると、何かに触れた。ガムテープごと剥がすと、ビニール袋に入ったカギだった。家のカギらしきものと、シンプルな小さなカギの二つ。


 スマホが鳴る。


『どうした? まさか何もなかったのか?』


 口調は演技じみているが、その言葉には焦りが感じられた。このカギはそんなに大切なものなのだろうか。


『カギ二つがあった』

『それだ! よくやった!』


 焦りを誤魔化すように親指を立てるスタンプが表示される。


『よし、これにて任務完了だ』

『もう終わり?』

『ああ、直ちに帰投せよ』


 太一はスマホに向かって首をかしげる。

 これだけなら五十嵐に頼めばいいのに、どうして太一に頼んだのだろう。


『ほら、さっさと部屋から出て。それ以上はプライバシーの侵害だよ』


 どうやら本当に終わりらしい。不思議に思いながらも部屋を出ようとしたが、ベッドが目に入り足が止まる。


 ここであの二人がしたんだ。女とも男ともセックスの経験のない太一には上手く想像できない。だが、そこに裸の二人を思い浮かべてしまう。頬がじわりと熱くなる。


「って何考えてんだ」


 頭を強く降り、頬を強く叩いて妄想を追いはらう。こんなこと考えてなんの意味があるんだ。


「もういいのかい?」

「はい」

「佳依も変な子だね。用事があるなら私に頼めばいいのに」


 五十嵐も太一と同じ疑問を口にする。


「まあ事件の内容が内容だ。親戚に入られたくない気持ちもわかるけどね」

「え? けど……」

「どうしかしたのかい?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 同居しているのに、五十嵐は佳依から話を聞いていないのだろうか。だがすぐに合点がいった。成瀬との関係を話せば、ゲイだと明かさなくてはいけない。五十嵐は良い人に思えるが、カミングアウトできるかは別の話だ。


「まあ友達にしか頼めないこともあるか」


 一人で納得して五十嵐は先に階段を降りる。追いかけようとすると、奥にシャワー室があるのに気づく。トイレの横にあり、最近取り付けられたのか妙に真新しい。


「あれ? 風早くーん? 迷子かーい?」


 階下から五十嵐の声が聞こえ、慌てて階段を降りた。


 門まで戻ると、太一は振り返り、奥にある日本家屋を見る。かなり古いものだ。あちらに佳依の祖父が住んでいるのだろうか。二世帯住宅、というには違和感があるけれど。


「そういえば佳依の親って何の仕事をしてるんですか? ここ、すごい大きいですけど……」

「ん? ああ、佳依から聞いていないんだね。議員だよ。市議会議員」

「シギカイギイン?」


 聞き慣れない言葉に、漢字が咄嗟に浮かばなかった。


「そうそう。あれさ」

 開いたシャッターの向かいの塀を指さす。そこにはスーツ姿の男の写真と、その横に『桐山高人』と『教育改革』という文字が太いフォントで印刷されたポスターが並んでいた。


「ちなみに佳依のおじいさんも、ひいじいさんも議員だったよ。地元の名士って奴だ」


 いわゆる政治家一家という奴だろうか。ドラマでは見かけるが、実際にいると言われてもなんだか現実感がない。


「五十嵐さんはそういうのとは無縁っぽいですよね」

「まあね。私は縛られるのが嫌いで逃げたから」

「不良中年ってわけですね」


 五十嵐は大きな声で笑い、ヘルメットを太一に放る。


「風早くん、なかなか言うね。気に入った」


 そしてサイドカーを親指で指さす。


「乗りなさい。店まで送るよ」



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