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『もし』の話はこれでおしまい  作者: 凪沙ミハル
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4.『しばらく』か『一生』か

 次の日も太一は佳依に会いに行った。


 部活後になったせいで夕食時になり、店が混んでいれば帰ろうと思った。だが席は半分ほどしか埋まっておらず、個室すら利用されていない。五十嵐も余裕があるのか「夕食、もちろん食べていくよね?」とウインクをされた。部活後のお腹は、パスタを炒める音には勝てなかった。


 たっぷりとチーズが振りかけられたミートパスタ(大盛り)を佳依と食べ、ほぼ同時に終わって手を合わせる。


「ごちそうさま。あー食ったー」

「太一ってホント美味しそうに食べるよね」


 なぜか佳依は嬉しそうに言う。食べる姿を見られていたと気づくと急に気恥ずかしくなる。


「人が食べてるトコ見て何が楽しいんだよ」

「誰かと一緒に食事するなんて久しぶりだから。つい見ちゃった」


 小さく舌を出し、おどけられても反応に困る。太一は咳払いをして誤魔化し、鞄からレンタル店の袋を取り出した。


「ほら、例のアニメ。ブルーレイがなかったからDVDになったけど」

「うわ、ありがとう!」


 太一はまた頼まれごとをされていた。あるロボットアニメをレンタルして欲しいというものだ。太一が生まれる前にテレビで放送していたもので、長く続いたシリーズらしい。「見つからなくて何件も回ったんだからな」


 あまりにも見つからなくて、店員さんに近くの店舗の在庫を確認してもらったほどだ。


「助かるよ。このアニメって権利が複雑でネット配信もしてなくてさ」

「けど、どうしてロボットアニメ? しかも最終巻だけって」


 佳依は本をよく読んでいたが、文学ものがほとんどだ。こんな子供向けのものを見ているなんて意外だ。


「俊介さんが好きで、一緒に見てたんだ」


 成瀬がロボットアニメを見るなんて知らなかった。学校じゃ見せたことのない顔だ。


「不登校になって、すぐだったかな。俊介さん、初めは話がしたいってウチに来たんだ。僕が部屋に入れないでいると、扉越しに話をしだしたんだ。けどすぐに話題が無くなった。自分のこと話すの苦手な人だから」

「だろうな。アイツ、自己評価低いし」

「そしたら見てるアニメの話をし始めたんだ。そんなこと話してどうするんだろうって思ったよ。けど、不思議だよね。そんなの興味なかったのに、楽しそうな俊介さんの声を聞いてると気になって、見たら結構面白かったんだ」


 時間はいくらでもあったから、と佳依は自嘲する。


「それでさ。ちょっと話を合わせたら、すごく嬉しそうな声を出すんだ。何しに来てるか忘れてませんか? って注意したら『すまんすまん』だよ。別に謝ってほしいんじゃないのに」


 佳依の部屋の扉に向かい、背を丸めて謝る姿が浮かぶ。


「週に二回、アニメの話をして帰っていく。それだけで一ヶ月くらい過ぎたあと、聞いたんだ。学校に来いって誘わなくていいんですか? そしたら『佳依と話してると楽しくて忘れてたよ』だって」


 その時のことを思い出したのか、佳依は笑う。


「もう呆れちゃって。部屋に入れてあげたんだ。そしたらなんて言ったと思う? 気まずそうに『久しぶりだな』だって。ずっと会ってたのに今さらって感じだよ」


 成瀬らしいなと思う。気の利いたことを言えない不器用な人だ。


「そしたら一緒に見ようって古いロボットアニメを持ってきたんだ。ここが見所なんだとか、細かく解説してきた。けどさ、話が王道すぎて先が読めちゃうんだよね。正直、つまんなかった。……けどさ。夢中になって話す俊介さん。かわいかった」

「知らねえよ」


 いきなりノロケ話に変わり、太一は甘ったるい空気を手であおいで遠ざける。


「いよいよラスボス登場って所で時間になっちゃって。気になってたんだ」

「お前、王道すぎとか、先が読めるとか言ってるくせにハマってんじゃねえか」

「王道だからこそ楽しめるものがあるんだよ」


 そう反論する佳依の口調は成瀬に似ていた。完全にうけおりだ。


「けど……一人で見ていいのか?」


 それは二人で見てこそ意味のあるものに思える。


「仕方ないよ。会えないんだから」


 佳依の言葉には省略された部分があった。それが『一生』なのか『しばらく』なのかはわからない。ただ好きな人と引き離され、相手が裁かれようとしているのに、佳依は嘆いているようには見えない。そこが不思議でたまらなかった。


 スマホが震え、親から早く帰ってこいと催促が届く。いつの間にか九時を回っていた。ここにいると時間を忘れる。


「わりぃ、そろそろ帰るわ」


 鞄を担ぐ太一に佳依は声をかける。


「太一、頼みがあるんだけど」

「またかよ。引きこもってないで自分でいけよ」


 仕方なく言うことを聞いていたが三度目となると面倒臭くなってくる。


「できるならそうしているよ。僕はここから出られないんだ」

「どうして?」

「僕、ここに軟禁されているから。店の前に黒い車があったでしょ」

「いや、気づかなかった」

「それじゃ帰りに探してみて。入り口と裏口に一台ずつ、車が停まってるはずだから」


 軟禁なんて、有名な政治家がされるものだと思っていた。


「佳依って何者?」

「それはまた今度話すよ。とにかく、僕の代わりに実家にある物を取りに行って欲しいんだ」

「なんで俺が……」

「お願い。太一にしか頼めないんだ」


 両手を合わせて頭を下げられる。こうなると断れない。

 佳依が不登校になったのは、太一のせいだ。不登校だったから成瀬が家を訪ねるようになり、事件が起きた。つまり今度の事件には太一にも責任がある。


「仕方ねえな。わかったよ」

「ありがとう。やっぱり太一は頼りになるね」

「……」

「どうかした?」


 不思議そうに佳依は首をかしげる。無意識に口から出た言葉は、関係が壊れる前に何度も交わしたやりとりだった。


「なんでもない」


 裏口から店を出て道路を見回すと、佳依の言った通り車が停まっていた。運転席には誰もいないが、後部座席はスモークフィルムで隠されている。そこから視線を感じて薄ら寒くなる。


 自転車に乗って正面に回ると店を挟んだ反対側にも車を見つけた。こちらは運転席に男がいたが、もう日が落ちているのに車内ランプすらつけていない。明らかに怪しい。


 じっと見ていると男と目が合いそうになり、慌てて顔をそらした。


 家に帰ると、太一はポストから夕刊を取り、自室に持ちこんだ。


 床に広げて隅々まで事件に関する記事がないか探す。毎日これを続けていたが、半月が立つと地方版にも事件は載らなくなっていた。ネットのニュースサイトを調べても、一報しか記事はなく、古くなったとして一報すら消されたサイトが多い。


「あった」


 スマホで隠れるほどの小さな記事を見つけ、写真を撮って保存する。そこでも成瀬は体が目的だったと一貫した供述を続けていた。


 成瀬と佳依、二人の話はまるで噛み合わない。


 佳依が騙されている可能性だってもちろんある。だが太一の知る成瀬は、性欲に負けて手を出すような人では無い。佳依の話を聞けば聞くほど、本当に恋愛関係にあったように思えた。


 どちらが真実なのだろう。答えを知るには佳依に協力し続けるしかなかった。


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