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『もし』の話はこれでおしまい  作者: 凪沙ミハル
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2.最下段の親友

「まさか成瀬がホモだったとはねー。太一は知ってた?」

「知ってるわけねえだろ」


 佐々木に問われ、太一は吐き捨てる。


「あいつのこと見損なったわ。生徒とヤるとかサイテーじゃん」

「そうか? 俺はちょっと成瀬のこと見直したけどな。そんなことする度胸があるとは思わなかったから」


 太一は顔をしかめた。生徒に手を出して、何が『度胸』だ。


 成瀬は二十八歳。四角張った顔をしていて、太い眉、短く切った髪はいつもパサついていた。小太りで、いつもシワのついたシャツ姿でオシャレの欠片もない。どこか抜けた性格をしていて、よくミスをする。それを指摘されると、ふにゃりとした笑顔で「すまんすまん」と頼りなく謝る。だが優しい人で、生徒に手を出すような人ではないと思っていたのに、裏切られた気分だ。


「お前、テレビで言ってたこととちげーじゃん」


 テレビの取材を受けた佐々木は『こんなことをするような人じゃないのに、まだ信じられません』とありきたりな答えを返していた。


「いやー、だってテレビだし? 変なこと言って炎上したら怖いじゃん」

「別に炎上してもいいだろ。あんな奴、死ねばいいとか言ってやれば良かったんだ」


 成瀬は警察の調べに『性欲が抑えきれなかった』と供述しているらしい。犯行場所は桐山の自宅。毎月、桐山と会いにいくうちに一方的な好意を抱いたのだという。大人とは思えない自己中心的な答えにひどく苛ついた。


「……なんか太一、成瀬に対して厳しくね?」

「どこが? かばう方がおかしいだろ。いっそのこと死刑に――」

「ああ、もう止め止め!」


 佐々木は手を振って会話を打ち切る。


「お前、この話題になるとヒートアップするから止めとくわ。他の話をしようぜ」

「別にヒートアップしてるわけじゃ……」

「成瀬と仲良かったのはわかるけどよ」

「良くねえよ! 誰があんなデブ!」

「成瀬ってテニス部の顧問なんだし、保健委員会の担当だろ? 太一だってよく話してたじゃん」

「別に好きで話してたわけじゃねえし。顧問つっても成瀬はただのお飾りだったしな。というかスポーツ自体したことないくせに顧問しやがって、ずっと俺に頼りきりだったんだぜ」


 それでも教本を買って勉強し、夏の大会の時は声が枯れるほど応援してくれた。そこは評価してやってもいい。


「でも、それとこれとは関係ないだろ。アイツはずっと下心を隠して俺たちに接してたってことだろ。人のこと、エロい目で見てたかもしれないんだぜ。ああ、気持ちわりぃ」

「ああ、わかったわかった。話を振った俺が悪かった」


 付き合いきれないと言いたげに佐々木は教室を出て行く。


「ったく」


 怒りが収まらず、机の上で足を組んでスマホをいじる。


 この一週間は大変だった。校門の外には取材のテレビクルーや記者が待機し、クラスメイトを見つけるとカメラとマイクを向けた。太一も何度もインタビューを受けたものの、その発言がテレビで流れることはなかった。


 教室では急に泣き出す生徒や、体調不良で欠席も増えた。成瀬は信用されていた。それを裏切った相手に憤って何が悪い。考えているだけでまたイラついてくる。


 だが話し相手がいないと鬱憤をはらしようがない。佐々木を呼び戻そうとメッセージアプリを起動する。すると画面に連絡先の一覧が並ぶ。


「……」


 ふと思いついて画面を下へスクロールさせる。そこに桐山佳依の名前があった。


 佳依は雪みたいな奴だった。

 この地域では新学期が始まる頃に桜が満開を迎える。初めて会った時、佳依は木の下に立ち、満開の桜を見上げていた。はらりと落ちる桜を白い手で受け止めていた。その姿は絵画の一部のように綺麗だったのを覚えている。太一の視線に気づくと、恥ずかしそうに人なつっこい笑顔を見せた。


 佳依は物静かで教室でも本を読んでいることが多く、初めはクラスになじめなかった。

 そんな佳依に太一はよく話しかけた。いつも一緒で、親友だったと思う。


 けれどある出来事があって、話さなくなり、佳依は不登校になった。

 学校に通っていたのは二ヶ月ほどだ。


 過去の佳依とのやりとりを見ると、男子特有の短いやりとりが残っていた。仲が良かった頃のやりとりに懐かしさを感じたが、メッセージの入力欄を見て、はっとした。「この前はごめん」と入力途中のメッセージが残っている。


 薄れていた記憶を思いだし、かっと顔が熱くなる。消そうとしたが焦って送信ボタンに指が触れた。


「あっ」


 メッセージが送信される。慌てて消そうとしたが手が滑って床に落ちる。無理な体勢で拾おうとして椅子から転げ落ちる。


「いって……」


 なんとかスマホを手に取ると画面には既読を示すアイコンが出ていた。


 やばい。


 慌ててメッセージを消して画面をじっと見つめる。ブロックされていると思ったのに。

 一分が過ぎても反応がなく、太一は安堵の息をはく。無意識に息を止めていた。

 スマホをポケットに戻し、帰ってきた佐々木に太一は唇をとがらす。


「おっせーよ。シコってたのかよ」

「そんなソーローじゃねえよ」


 冗談を言い、笑っていると携帯が震えた。画面を見ると、『今さら?』と短い返事が表示されている。


 名前を見て背筋がすっと冷えた。佳依からの返事だった。

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