長い長い階段
長い長い階段があった。もう随分と前に忘れられたように苔むして日の当たらない木々の中に隠された階段だった。その先に何があるかなんて私は知らない。それでも、気にすることなく私は足を動かした。
どうしてこんなことをしているのと自分の中の誰かが私に問いかける。そっと私はそれに答える。寂しいからと。どうして寂しいのと違う誰かが遠くで呟くように言う。それには答えずに足元に視線を落とす。
もう随分と、歩いた。空は黒々とした木々に覆われ、いまがいつなのかも分からない。一秒も経ってないような気もした。百年がたっているような気もした。
いつでも満たされずに生きている。何かをしても楽しくない。でも、何かをしないと楽しくない。そんなことの繰り返し。長く生きることに意味はないけど短く生きたいわけじゃない。どうしようもなく泣きそうになる時が時々あった。
気づけば涙が瞳から溢れる。振り返っても元来た場所が見えない。前を見ても先は見えない。そして、鏡がなければ自分も分からない。何もなかった。何でもあった。
生きることは生きること。それ自体には何もない。私、みたいな私が、そこかしこにあふれて、でもどれも自分じゃないと叫びたかった。
流されるように生きて、流されないように生きて、いつでもその場しのぎで、自分のしたいこともない。
道の途中には大きな空洞があって、のぞき込んでもそこは見えなかった。まるで私みたい。からっぽで、でもみんなそれを知らない。みんなわからない。どうして生きているのだろう。どうして生きたいと思ったのだろう。今はこんなに死にたいのに。
夜空が見たかった。でも今は、それは見えない。綺麗なものを愛したかった。でも私にはその資格はなかった。いつでもそこにいて、でも今は、そこにはいない。狂おしいほどいとおしい。でも、とてつもなく嫌いだった。
時々叫びたくなった。でも、叫びたい言葉が分からなかった。紡ぎだそうにもどこにもそんなものはない。生きてさえいなければよかったのに。好きなものもなく心穏やかだったのに。
いや、そうじゃない。大切なものが見つからないのが悲しい。つかんでもいつかは失くしてしまう。大切なものはいつか大切じゃなくなる。
私はどうしたかったんだろう。どうしたくもなかったのだろう。音が聞こえる。色が見える。何も聞こえない。
生きたいとそう叫ぼうかとも思った。死にたい、そう叫ぼうかとも思った。けれど、それでも全然足らない。
私には、言葉が必要だった。
動かなくてはならなかった。止まっては死んでしまうと思っていた。幻想の中に自分はいた。まるで綺麗な絵画のように、周りが止まっているように見えた。私にとっては景色だった。一つ一つは分からなかった。いつだって一人だった。どこにも行きたくなくて、でもどこにも行けないとたまらなく不安で、そんなふうにいつも歩いていた。
人を妬ましいと思ったことはない、なんてことはもちろんなくて、あこがれもするし、ああなりたいとも思う。でもとても軽蔑する。死ねと思ってしまう。嫌いなんだと心の底では分かっている。
まるで別人みたいに、どうしてそんなに笑っていられるのと意地悪く私がほほ笑む。気持ち悪いと上から見下してくる。それが分かっていて、私はいつも目を閉じる。
暗闇で、火をつけて、揺らめいていた。いつでも綺麗なものは近くにある。ただ自分が汚いだけだ。世界を私が拒絶してるのじゃない。私が世界から拒絶されているんだ。
誰かに認められたい。そう願うのは認められないからじゃない。認められても一人は寂しい。あなた、本当に周りの人と心を分かち合えるとなんか思っているの。
どこに生きているのかさえ曖昧だった。早く消えてなくなりたかったし、どうしてこうなんだろうと、夜空に書いた。安心なんて一瞬の気の迷い。不安が安心。
死にたいと思えば死ねばいいじゃない。
どこにも行けないことに気がついて誰も愛せないことに気がついて、とてつもなく自分が嫌いで、みんな殺してやりたかった。