5:馬鹿力と好物と
「あっ…」
セアの目線の先には、木があった。
木からぶら下がっているのは龍クルミだ。
龍クルミは、セアの大好物だ。昔、森で野営の訓練をしているときに、見つけて何度か食べ、すっかりはまってしまった。
この龍クルミ、普通の人はなかなか口にできない。
殻が異様に硬いからだ。
中身を取り出すには、大人の男が鉄のハンマーを何度も叩きつける必要がある。そうしてなんとか取り出した時には、殻の破片とつぶれた中身が混じり、非常に食べづらい。
もうひとつ、土に植えておくと芽が殻を割るので、このタイミングで食べる方法がある。これは単純に時間がかかるうえに、発芽によって栄養がとられるのか、なんというかおいしくなくなる。
そんなわけで、普通の人は手間をかけて龍クルミを口にしようとはしない。しかし、アーシルとセアは簡単にこれを食べることができた。
「アーシル…お願い…」
セアはアーシルに集めた龍クルミを渡す。
アーシルは受け取った龍クルミの殻を、パキッとゆで卵の殻でも剥くように、事も無げに割ってしまう。
「はい、どうぞ」
「…相変わらず、凄い力ね…」
セアは大好物を受け取り、機嫌良く、ふふっと笑いながらアーシルの肩をぽんぽんと叩く。
「ちょっと力が強いだけだよ」
アーシルはそんなふうに答えるが、鍛えに鍛えた大人の男でも、素手で龍クルミを割るなんて、少なくともコルグの街でセアは聞いたことがなかった。
あの孤児院のシスターでさえ、その様子に目を丸くしていたのだから。
セアは思う。アーシルには異様に強い力と、頑丈さがある。これに加えて魔法が使えるようになれば、超一流の傭兵になれるのではないかと。同時に、アーシルが皆に認められれば嬉しいなと。
「セアは…きっとアーシルが魔法を使えるようにしてあげるからね…」
セアは龍クルミを頬張りながら、ぽそりと呟いた。
セアが北に向かいたいと言い出したのには、雪を見ること以外にもうひとつ理由があった。
南の方に棲息するモンスターは、魔法に強いが、物理攻撃に弱い。逆に、北の方に棲息するモンスターは、魔法でないと倒し辛い傾向がある。このため、魔法が得意な傭兵は、北に仕事を求め、肉体派の傭兵は南に仕事を求める。
つまり、北に向かえば、優秀な魔法使いに会える可能性があるのだ。
セアはアーシルよりお姉さんなんだから、アーシルの悩みをちゃんと解決してあげるよ…と、セアは心の中で呟いた。
「セア、龍クルミを口に詰めこみすぎだよ」
セアはアーシルに言われてはっとする。考え事をしてたらついつい食べ過ぎた。
アーシルは、セアのぱんぱんに膨らんだ頬を見て、プッと吹き出した。
「セアはいつまでも子供っぽいよね」
セアは、先ほどまでお姉さんぶっていた気分を否定された気がして、顔を真っ赤にし、涙目になりながら無言でアーシルの足を蹴った。