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開陽丸会見①

◇◇


 榎本武揚――。

 およそ五年間のオランダ留学を経て、幕府の海軍総指揮官に命じられた経歴を持つ、旧幕府最後のエリートだ。

 頭脳明晰で情にあつく、何よりも武士たちの未来を守り抜くことに、並々ならぬ熱意を持っているらしい。

 そんなたいそうな人物に対して、新政府に従うように説得しなくてはいけないのだから、心の中は曇っていったのは当たり前と言えよう。

 

 

「はあ……。重いなぁ……」



 俺、坂本龍馬は、勝海舟とともに仙台の町に入った。

 無論、榎本との会見に臨むためだ。仲介は勝さんがしてくれていたため、門前払いはないだろう。

 その勝さんが俺の肩をばしっと叩いた。

 


「なあに、榎本も人の子よ。とって食われることはあるめえ! あはは!!」


「……しかし会談がこじれて、刀でぶすり……は、あるでしょうに! だから西郷さんを頼ったのに!」


「まあまあ、こうなっちまった以上は、何を言っても状況は変わらねえよ! とにかく当たって砕けろだ!」


「本当に砕けたら、どう責任とってくれるんですか!?」


「あははは!! 砕けちまったら、責任の取りようはないな! あの世で頭の一つでも下げてやらあ!」



 どこまでも軽い調子の勝さんに、眉をひそめていると、数人の士族が俺たちの横を駆け抜けていった。

 

 

――もう我慢ならねえ! 殿が新政府に尻尾を振るなら、俺は榎本殿のもとへ走る!

――俺もだ! 榎本殿なら新政府にひと泡吹かせてくれるに違いない!


 そんな会話があちこちから聞こえてくる城下町は、ものものしい雰囲気に包まれていた。

 

 

「今日明日にでも、仙台のお殿様は新政府に降伏するって噂だ。納得いかねえ奴らは、みんな榎本を頼って港の方に向かってるってことだな」



 勝さんの言う通りに、港は多くの士族でごった返していた。

 みな目が血走り、今にも爆発しそうな雰囲気だ。

 季節はようやく夏の一番暑い時期を通りすぎたというのに、ここらはまるで蒸し風呂のようだ。

 そんな中、勝さんだけは涼しい顔をしていた。

 

 

「ちょいとどいておくれ」



 武士たちをかき分けて進んでいく勝さんの背中を、俺は黙って追いかけていった。

 そして榎本の待つ、開陽丸かいようまるという大型の軍艦にたどり着いたのだった。

 

 

………

……


 明治元年(一八六八年)九月五日の昼。

 大きなテーブルに数脚の椅子が並べられた部屋で、俺と榎本武揚の会見が執り行われることになった。

 


「よう! 榎本! ちょっと見ないうちに、ずいぶんと日に焼けたじゃねえか!」



 仙台城下よりもさらに張り詰めた空気の中、勝さんの快活な声が響き渡った。

 彼の視線の先には、精悍な顔つきの青年が口を真一文字に結び、俺と向かい合って腰かけている。

 

 その青年こそが榎本武揚だ。

 

 思っていたよりもずいぶんと若い、というのが第一印象だった。

 後になって知ったことだが、まだ三十二歳らしい。

 この若さで集まる士族およそ三千人を束ね、北海道に『蝦夷共和国』なる国を作ってしまうのだから、その人物の大きさは推し測るまでもあるまい。

 

 

「貴殿が坂本龍馬殿か?」



 勝さんの挨拶を無視するように、榎本が重い口を開いた。

 低い声が、ずんと腹に響く。

 何も考えていなかったら、全身が冷や汗まみれになってしまうほど、すさまじい威圧感に襲われていた。

 

 だが……。

 

 ここまで来てしまったからには、腹をくくるしかない。

 俺はぐっと腹に力をこめて答えた。

 

 

「はじめまして。俺が坂本龍馬だ」


「うむ。榎本武揚だ。……して、話とはなんだ?」



 あっさりと本題に切り込ませてきたところからも、回りくどいことが嫌いな性格であるのがよく分かる。

 ならばこちらも、一歩踏み込むだけだ。

 

 

「西郷吉之助殿より書状をたまわりましてな」


「ほう、薩賊さつぞくの西郷からか」



 薩賊……その言葉からして新政府はおろか、薩摩に対しても強い憎しみを覚えているのは確かであり、最初から聞く耳を持たない気でいるのがよく分かる。

 だが、俺は淡々と続けた。

 

 

「榎本殿の説得を、坂本龍馬に任せると。さらに、半年以内に決着をつけねば、新政府は榎本殿に軍勢を向けるそうだ」



 榎本の口元がかすかに緩んだ。

 しかし目は笑うどころか、ますます鋭く光っていく。

 

 

「……して、坂本殿は俺に何を説得するつもりなのだ?」


「言うまでもない。馬鹿な真似はよせ、と説得するつもりだ」


「馬鹿な真似……。はて? 天下を上様からかすめ取っただけでなく、全国各地で悪逆の限りを尽くす真似は、馬鹿ではない、と申すか?」


「今は誰かさんの悪口を聞いている暇はない。勝利の望みなく、全滅の未来しかない抵抗を、馬鹿と言わずしてなんと言おうか」



 カチャッ!

 

 俺の言葉と同時に、榎本の背後にいた無表情の男が刀に手をかけた。

 どこかで見たことがあると思っていたが、かつて会津で一度だけすれ違ったことがある男だ。

 

 その名も、土方歳三――。

 

 言わずと知れた新撰組の副長で、鬼と畏れられた者だ。

 やはり史実の通り、会津の仕置きの後は榎本と行動をともにしているってことか。

 気付けば土方の他にも数名の男がいつでも抜刀できるように構えている。

 

 まさに四面楚歌の状況だった。

 自然と懐に隠してある拳銃の重みを確かめる。

 わずかに表情を引きつらせた俺のことを、榎本は変わらぬ冷たい表情で見つめていた。

 

 そんな最悪な空気の中。

 

 

「あははははは!! そんなに真面目くさった顔してんじゃねえよ!」



 勝さんの大きな笑い声が響き渡った。

 俺が目を丸くする一方で、まったく表情を動かさない榎本。しかし視線だけは俺から勝さんへ移していた。

 

 

「小難しい話はよぉ。『こいつ』と一緒にするのが一番だぜ」



 そう言ってテーブルの上にドンとおいたのは、なんと酒瓶だったのだ。

 あまりに予想外の展開に、土方でさえも眉間にしわを寄せている。

 部屋の中がにわかにざわつきはじめる中、勝さんは大声を上げた。

 

 

「盃を持てえい! これから御大将の酒盛りである!!」





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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

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