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帰っても地獄。帰らなくても地獄

◇◇


 明治元年(一八六八年)八月二十日。密林商会 会津支店。


 カタカタカタ……。

 電信の機械が動き出した。



「おお! 動いたぁ!!」



 そう目を輝かせたのは、しずくだ。

 彼女は商人である父親が会津に出張してきたのについてきたらしい。

 俺の横で明るく振舞う彼女だが、ちょっと見ないうちに、だいぶ大人っぽくなっていた。

 横顔などは少女というよりも、立派なレディだ。

 

 

「ん? 龍馬さまぁ? どうしたのです? 雫のほっぺに何かついてますかぁ?」



 思わず見とれていた俺の視線に気付いた彼女が目を丸くして問いかけてきた。

 俺は慌てて目を離すと、「な、なんでもない」と手を振る。

 しかし顔が赤くなった俺を見て、雫は何かに気付いたように、いたずらっぽいえくぼを作った。

 

 

「龍馬さまぁ。雫もお嫁にいける年頃となりました。そろそろ一緒に……」

「ああー! 電信が終わったようだぞ! さあ、何が書かれてるのかなー!」


 俺はごまかすように大声を張り上げると、電信の機械から紙を取りだした。

 するとそこには……。

 

――ハコダテハ カイセイナリ ヨタロウ


 というメッセージが記されていたのである。

 

 

「おおお!! すごい!」



 俺と雫だけでなく、他の密林商会の面々も大興奮に包まれた。

 元いた時代では当たり前だった「メール」も、この時代では革新的なものなのだ。

 今さらながら、そのギャップに驚かされる。

 だが、その驚きも裏を返せば俺の強みと言える。

 つまり、俺は未来のテクノロジーを知っているのだ。

 もちろん詳しい仕組みなんて分からない。

 しかし、未来に存在するものだけなら列挙することはできる。

 もしこの時代にないもので、未来に存在するものが実現できたら、それこそ大きな革新を起こすことだって夢ではないのだ。

 そう考えるとなんだかワクワクしてきた。

 

 

「ふふ、龍馬さま、とっても嬉しそう!」



 雫がきらきらした瞳で俺を見つめている。

 俺は目を細めると、大きくうなずいた。

 

 

「とても嬉しいさ! これで俺たち密林商会と会津の距離がぐっと縮まったんだからな!」


「ふふ、だったら雫も嬉しい!」


 ムギュッ!

 

 雫が腕に抱きついてくる。

 そこでも彼女が大人になりつつあるのを示すように、女性らしい柔らかな感触が、俺の胸の奥を刺激した。

 

 

「ふふ、雫は龍馬さまとの距離をぐっと縮めたいなぁ」



 彼女の顔が俺の顔に近付く。

 近距離で見つめ合うかっこうになった。

 油断すれば吸い込まれてしまいそうな大きな瞳だ。

 すると彼女はゆっくり目をつむり、口をわずかに突き出してきたのだった。

 

 こ、これは……。

 キスか!?

 

 戸惑う俺をよそに、徐々に彼女は顔を寄せてくる。

 そしてついに鼻と鼻がくっつきそうになる距離まできた。

 ……と、その時だった。

 

 カタカタカタ……。

 

 と電信が動き出したのだ。

 俺が与太郎に指示をしたのは、一度きりだ。

 その他は「緊急時のみ電信を使うように」と固く命じてある。

 ……となると、緊急事態が箱館で起こったということか!?

 

 俺は急いで送られてきた紙を覗いた。

 すると送られてきたメッセージに、俺は顔を真っ青にしたのだった……。

 

 

――シズクト イチャイチャシタナ コロス オリョウ


「げっ……」


 カタカタカタ……。

 再び動き出す電信。

 

――ハコダテニ カエッテキタラ シナイデ オシオキダ サナコ


 カタカタカタ……。

 

――ハヤク ハコダテニ カエッテコナカッタラ コロス オリョウ



「……」



 気付けば雫も他の面々も部屋からいなくなっており、夏なのに凍えるような空気の中、ぽつんと機械の前で立ちつくしていた。

 

 

「帰っても地獄。帰らなくても地獄……。ゲームオーバーの選択肢しか残されていないってのは、反則だぜよ……」



 だがこれはまだ地獄の入り口にすぎなかったんだ。

 この後、俺をさらなる絶望においやる報せが届けられることになろうとは……。

 

 バンッ!

 

 勢いよく部屋のドアを開けて入ってきたのは、長岡謙吉だった。

 

 

「た、大変だぁ! 龍馬!!」


「落ち着け! 謙吉!! まずは水を飲め!」



 俺は冷静に対処し、謙吉に水の入ったコップを手渡した。

 彼はそれをぐいっと飲み干し、呼吸を整えた。

 

「よし! 男子たるもの、そうやすやすと気を動転させたらいかんぜよ。でんと構えていないとな! でんと! あはは!」


「龍馬! これを見ろ!!」



 俺の言葉を無視して彼が差し出してきたのは一通の書状。

 送り主は西郷隆盛だった。

 

――新政府は榎本殿を説得する御役目を坂本殿に一任することにした。半年以内に決着がつかなければ、容赦なく榎本殿に軍勢を向けるとのこと。これ以上は何もできなくて、申し訳ない。坂本殿、気張れ! チェスト! 西郷隆盛


「チェスト……と、言われてもなあああ!! ど、ど、ど、どうしたらいいんだよ!」



 くそっ!

 西郷隆盛が本気になれば、新政府と榎本武揚の両者を簡単に動かせるはずだと、たかを括っていたのが大間違いだった。

 これでは振りだしに戻っただけではないか……。

 しかし、不幸はそれだけじゃなかった。

 

 ハラリ……。

 

 西郷の書状から一枚のメモが落ちた。

 それを手にした瞬間に、目の前が真っ白になってしまった。

 

 

――大久保がわれを疑うちゅう。ちっくとでも怪しけりゃ、榎本と一緒に排除するつもりやろう。気をつけろ 後藤象二郎


「ぎゃああ!! ど、ど、ど、どうしたらいい!? このままだと俺は榎本たちと一緒に殺されてしまう!!」


「お、落ち着け、龍馬!! 男子たるもの、そうやすやすと気を動転させたらいかん!!」


「そんなこと言われてもぉ!!」



 これはまずいことになった……。

 

 俺、坂本龍馬は旧幕府と長州が戦った際に、長州へ武器を手配していた。

 その事実を榎本たちが知らないはずもない。

 事実、坂本龍馬を暗殺したのは、旧幕府の手の者とも言われている。

 つまり、旧幕府にとって、俺は『敵』というわけだ。

 そのうえで、あろうことか新政府の中心人物である大久保利通からも『敵』と疑われている……。

 

 

「右見ても、左見ても、敵、敵、敵! もう詰んだも同然じゃないかあああ!!」



 頭を抱える俺。

 謙吉もどうしたらよいか分からずに、ただ書状に目をこらしている。

 

 だが、その時だった。救世主とも言える人物がやってきたのである。

 

 

「よお、坂本! ずいぶんと面白いことになってきたじゃねえか!」



 まるで近所で買い物する時のような軽い足取りで部屋に入ってきたのは……。

 

 勝海舟であった――。

 

 


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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

【書籍化作品】念願の戦国時代へタイムスリップしたら、なんと豊臣秀頼だった!この先どうなっちゃうの!?
太閤を継ぐ者 逆境からはじまる豊臣秀頼への転生ライフ
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